第四十九話
◯
「よく持ち堪えたな、フィリア」
私はゼウの左腕に装着されたフィリアの本体に言った。
「いえ。皆さんの善戦のおかげです」
「後方に控えているのはヘルティモたちだ。ゼウ、イリア、ここは速攻で片付けるぞ」
「誰に速攻するってぇッ⁉︎」
地面から発生した岩柱を、ゼウとイリアはそれぞれ両サイドへ回避した。
「キャハハッ!」
「う……!」
アニィーと呼ばれた幼女タイプのウィザードは、身の丈大の棍棒でイリアを強襲した。
切り出した岩石をもう一体の魔法で強化しているらしい、斬量をあげた私の一太刀にもまったく怯まない。訓練を積んだとはいえ、まだまだ未熟なイリアの太刀筋ではどんどん後方へ押し込まれてしまう。
私のエッジは細身のミドルソードに落ち着いていた。平時のイリアであれば、状況に応じて片手と両手を使い分けられるこの形態が最適だといえた。
「スマァー! ドラウプニルの本体は男の方だ! さっさと殺しちゃいなよ!」
「そうだねぇ! 速攻でねぇッ!」
スマァーは奇声を発しながらゼウへ飛びかかった。あまりに無防備なその行動に、しかしゼウは迎撃体勢をとりながらバックステップで回避する。
「ギャハッ!」
ゼウを襲い損ねたスマァーが地面に両手を叩きつけた。
「ズン!」と重たい音を響かせた後、スマァーが触れている大地が硬質化した。雑草と粘土質の地面が鋼鉄色に変色し、有機物としての動きを停止している。
「ブハッ! よく気づいたねぇッ!」
ゼウが放った音速の掌打はスマァーの顎先を的確に捉えたが、鈍い金属の感触に阻まれ、破壊の術式はその内側へは通らなかった。
そればかりか、スマァーはその場から微動だにすらしていないのだ。
「お兄ちゃん、僕たち相性ぴったりみたいだねぇ。ギャハ!」
「ゼウさん!」
「よそ見できる腕前かよ!」
イリアの四方から攻撃がくる。
「くぅ……!」
アニィーの棒術を、それでもイリアは懸命に凌いでいく。
「ひとつ訊くが……」
「なになにぃ〜? 命乞いぃ〜⁉︎」
「その術ができるのは両手だけか?」
「そうだけどぉ……」
スマァーの両腕がボコリと音を立てて膨らんだ。腕だけが不自然に発達したその姿は、私にコボルトを連想させた。
「それがどうしたっていうんだよぉ! ギャハ!」
再びスマァーがゼウへ飛びかかった。先ほどより角度もスピードも段違いに鋭く速い。
「……痛み入る」
ゼウの構えが変化した。
ストライクからグラップルへ——組みつくために、ゼウがスマァーの懐へ入り込む。
「……ッ⁉︎」
二人が交錯した。
直後。
スマァーの巨腕は、左右共にだらりと力なく垂れ下がっていた。
「は……?」
関節を外したのだ。あの一瞬で。
こと攻撃に関して、ゼウほど多彩なカードを持つ人間もいまい。
「興味深いな」
振り向きざま、ゼウはスマァーに強烈な下段蹴りを放った。足払いと呼ぶにはあまりに苛烈なその一撃は、スマァーの足元を中空へさらい、受け身をとらせることなくスマァーの背中を地面へ叩きつけた。
「げぇッ!」
「それほどの力を持ちながら、人間のカタチを模すことに執着する」
身をよじろうとしたスマァーの腹部へゼウが真下に放った掌底が突き刺さり、スマァーはその場に釘付けになった。
「く……! 効かないって言ってんの、わかんないかなぁ!」
「ズン!」と大地を揺らしながら、二度目の掌打は正確にスマァーの正中線を捉えた。
「! ま、待て!」
三度目の打ちおろし。
「ピシリ」と、極限まで硬質化されたスマァーの腹部から何かが裂けるような音が生まれた。
四度目。
ゼウの拳の威力はさらに加速していく。
「がはッ! ま、待ってくれ!」
「……………」
ゼウは無表情のまま拳を振り絞った。
「ひ……!」
「ゼウさん!」
イリアがゼウの側面に飛び込む。
真横から薙ぎ払った刃が、アニィーの突撃をすんでのところで停止させた。
「ちぃ! 小娘が!」
「よく凌いだ、イリア」
「防いでねぇーよ! キャハ!」
「イリアさん」
「きゃあ⁉︎」
ゼウはイリアの腰を抱き寄せると、スライディングの要領で前方へ滑り込んだ。直後、二人がいた空間に左右から迫っていた岩石が激突した。直撃していれば、少なくとも生身のゼウは大ダメージを喰らっているところだった。
「はぁァァッ!」
姿勢を持ち直したイリアが深い踏み込みから斬りつけるが、手応えがおかしい。
アニィーは岩の塊となって崩れ落ちた。横たわっていたはずのスマァーも、すでに岩人形とすり替わっている。
「地中に逃れたようです」
「土属性の魔法は厄介だな」
「どこ見てんのさぁ!」
声の出所を探る暇もなく、ゼウとイリアは上空を見上げた。
二人の頭上を覆う影。直径十メートルはある巨大な岩盤が空を覆い隠していた。
「うっそ! ここんなの、どうするんですか、フラガラッハさん⁉︎」
「そっちは任せる、フラガラッハ」
ゼウは片膝をついて右手を地面に押し当てた。
「え! えぇ⁉︎」
「やるぞ、イリア」
「斬れるもんかよ、そんな小娘に! スマァーの硬質化魔法がさぁ!」
この言いようでは、このギガント・ロックも魔法で強化されているとみて間違い。
「斬撃を走らせろ」
「で、でも!」
「バルトガの技を思い出せ。魔力を乗せれば、お前の剣は鋼鉄をも砕く」
「お願いします、イリアさん」
ゼウは限りなくやさしい眼差しでイリアを見つめた。
それはイリアにしか見せない、ゼウの特別な表情だった。
「イリアさんならできます」
イリアの頬が「ぽっ」と赤く染まった。
「はい!」
イリアは中段に構えたまま目を閉じた。
リンクした私とイリアの魔力が刃に注ぎ込まれていく。
「エレメント……ぶっ潰れろぉッ!」
巨岩はイリアとゼウを中心に据えたまま高速で落下を始めた。
「イリアさん」
ゼウが右手をイリアの腰に添えた。
「……!」
不可思議なことが起こった。
イリアの体の内側を流れる「生命力」のような何かが見える。
イリアだけではない。血管のように無数に広がるその脈は、ゼウや進軍する魔物たち、上空から目前に迫る巨大な岩の塊にも走っている。
魔力の流れとも異なるそれは、おそらくゼウが視るという「龍脈」に相違なかった。
「あ……!」
ゼウが触れた場所から、イリアの奥に秘められた魔力が爆発した。
ゼウはただ手を添えただけにすぎない。だが、それがイリアにとっては重要な精神のスイッチなのだ。
何百年も鎮火していた火山が突如噴火するように、瞬間的に爆裂するイリアの魔力値は歴代の勇者に匹敵する。
「なんだ!」
「なんスか、これ⁉︎」
イリアが解放したエーテルに呑まれて、戦場の動きが一瞬静止した。
「いくぞ、イリア」
「はい!」
龍脈が刃を導く。
ギカント・ロックが我々に接触する、その直前。
ザンッ!
と、イリアの剣閃が鮮やかに煌めいた。
斬量を全開にしたふたつの剣閃。
十字に斬り裂かれた巨大な岩の塊は、切り分けられた果実のようにイリアとゼウを中心に残して地面に落下した。
「噴……!」
地震のように大地が揺れる中、ゼウが掌打を直下の地面に打ち込んでいるのが見えた。
ゼウから放射状に広がったその衝撃は、地中に潜んでいた双子のウィザードを炙り出す。
「ギャッ!」
という短い悲鳴と共に、アニィーとスマァーは地面の下から強制的に地上へ向かって射出された。それは王都のパレードで見る噴水を思わせた。
出現ポイントは、東西へそれぞれ二メートル。
「フラガラッハ!」
「まかせろ!」
落下を待たずに、ゼウはスマァーへ、私とイリアはアニィーへ突貫した。
「……!」
だが、我々のオフェンスが双子のウィザードに到達することはなかった。スマァーとアニィーの腹部を、それぞれ別のウィザードの拳が背後から貫いたからだ。
「か……!」
「は……!」
「雑魚が、足止めにもなりゃしねぇ」
「く、そ……ジャスパー」
スマァーは屈辱とも諦めともとれる表情でジャスパーを振り返った。
「だが、おかげでアンダーソンの弱点がわかったぜ。こいつは俺がぶち殺しておいてやるよ」
スマァーの全身はアメーバのようにどろりと崩れた。頭部だけがデスマスクのように瞬間留まった後、その肉体はジャスパーの腕部に吸収された。
それはアニィーも同様だった。声を上げる暇もなく、アニィーを取り込んだヘルティモの魔力値が著しく上昇する。
「同族殺しも躊躇なしか」
「んん〜? 君たちの価値観で計らないでもらいたいね。生まれた個体を集約し続け、やがて僕たちは始祖アングルへ回帰するのさ」
子孫を増やすことで自身の分身を繁殖させる有機生物とは真逆の本能を持つ。
この存在理由はどこから発生した?
「さぁ! 殺し合おうぜ!」
ゼウとジャスパーが徒手空拳で激突した。
互いの打突が激しく交錯した後、ゼウの中段蹴りがジャスパーの脇腹に突き刺さった。
「……!」
ジャスパーは微動だにしなかった。体が硬質化させるこの術は、吸収したスマァーのものだ。
つまり、ゼウの術式は通っていない。
「はっはぁーッ!」
「いけません、ゼウ様。相手は炎を操ります。距離をとってください」
「遅いぜ!」
ジャスパーのパンチにあわせて、ゼウが後ろへ飛び退く。だが、ジャスパーの拳の先が赤く歪むと、ゼウは遥か後方へ吹き飛ばされた。
「く……!」
ゼウとジャスパーが魔物の群れの向こうへ消えていく。一対一でやり合おうというのだ。
「ゼウさん!」
「マズい! イリア!」
「!」
ヘルティモが放った不可視の圧縮魔法を、イリアはすんでのところで回避した。何もないはずの空間が目の前でいびつに歪んで消える。
「君たちの遊び相手は僕だよ?」
うまく分断されたな。
「ゼウさんが!」
「ゼウはいい。お前は自分のことだけを考えろ。ヘルティモの攻撃は即死魔法だ。一撃喰らったら終わりだと思え」
「さすが、その小娘と違って、冷静じゃないか」
不敵な笑みを浮かべたヘルティモの周囲に岩石で形成された無数の矢尻が浮かび上がる。
当然だな。ジャスパーがスマァーの硬質化魔法を取り込んだのなら、ヘルティモもアニィーの魔法特性を取得していると考えるべきだ。
イリアにとって不利な事態はさらに続いた。
「イリア!」
ヘルティモの脇から影が躍り出た。
鋭い突きの一撃を、イリアは下方からのかち上げでなんとかいなした。「ギャリン!」と鈍い金属音に、イリアの両足がたたらを踏む。
この太刀筋は覚えがある。
「よく対応する」
「アシュトンお兄様!」
「クリス、お前が魔剣の主とはな」
さらにアシュトンの追撃が迫る。
「はぁッ!」
イリアは落ち着いた体捌きを見せた。動きがいい。ダメージはない。
「ほぅ……」
この男、やはりウィザードとつながりがあったか。
「はぁ……はぁ……」
アシュトンが前衛、ヘルティモが後衛の二対一。数の差は言わずもがな、イリアにとって一番の問題はゼウと引き離されたことだった。
「さぁ、フラガラッハ。王都での続きを始めようか」
アシュトンとヘルティモは同時に笑みを浮かべた。
「後退しながら応戦する。やれるか、イリア?」
「やってみせます」
構えるイリアの手が汗ばむ。
戦場の動きは目まぐるしい。
イリアは持ち堪えられるだろうか?




