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魔剣は口を挟みたい  作者: 楠アキ
第ニ章 同棲編
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第四十三話

「お嬢は戦争でも始めるつもりなのかい、旦那?」

 ハンチング帽を被った少年が、両手を頭の上で組みながら言った。

 ヒナよりもさらに若い。歳の頃は十歳前後だろう。背は低いが、商売人らしく物言いはしっかりしていた。

 ゼウと小僧の視線の先で、ヒナは新しく仕入れた銃の試射をしていた。

 乾いた発砲音が三発。木にぶら下げた板の中心に穴が空く。

「相変わらず、いい腕してるな」

 ヒナの隣で、小僧とお揃いのハンチング帽を被った親父が口笛を鳴らす。恰幅がいいのでよく響くが、ヒナの射撃精度を見るに、お世辞を口にしたのではないらしい。

 ヒナが試射したのはいつも携行しているマグナムと同系統のリボルバーだったが、サイズは一回り小さいようだ。威力は低く、代わりに連射速度が高い。

「いいね。気にいった」

「随分羽振りがいいんだな。こっちとしてはありがたいが、こんな大金どこで手に入れたんだね?」

「うーん、慈善事業っていうか……恩赦ってやつ?」

 ゼウの後方には、トラックタイプの大型ウッド・モビールが二台並んで停車していた。コンテナの中には、ヒナが購入した機械兵器が大量に積載されている。

 アンダーソン邸裏庭のさらに奥、南方の港町からここまで運んでくるのはさぞ骨が折れたことだろう。

「大変だったんだぜ、一台はおいらが運転してさ。やっぱり苦手だよ、エーテルってやつ。こっちは蒸気も電力も使わないんだもんな。チップくらいくれよ、お嬢」

 小僧が口に手を当てて叫んだ。

 この父子は、ヒナが懇意にしているレイリアの武器商人だった。不定期に海の向こうから、機械兵器の売り付けにきている。

「がめついなぁ。今からそんなんじゃあ、彼女できないよ?」

「お嬢だっていい相手いないんだろ?」

「おだまり! もうすぐできるわ!」

「前もおんなじこと言ってたよね、お嬢?」

「……チップは俺が出そう」

「え、ホント? まいど!」

 ゼウはため息と共にチップを小僧に手渡した。


「ねぇねぇ、イリアさん。もうゼウにぃとはしたんだよね?」

「え? な、なにを?」

「決まってんじゃん、チューだよ、チュー」

「えぇ⁉︎」

「あんだけ毎日仲良さそうにしといて、手つないでるだけなんて言われたって信じないよ、あたしは」

「そりゃ、まぁ。少しくらいは、ねぇ……」

「『少し』という言葉は主観的すぎます。具体的な回数で教えてください」

「……ないしょ」

「朝と寝る前に一回ずつはしてるみたいだよ」

「! なんで知ってるの⁉︎」

「おぉ、カマかけたら当たっちまったぜ」

「がーん!」

 格子窓の向こうから湯煙と共に流れてくるピンク色の会話に、独闘を繰り返していたゼウの口が波打った。双眸は鋭く架空の敵を睨みつけたままだ。器用なことをする。

 中庭を照らす月明かりは、今夜も淡く美しかった。

「お、お姉ちゃんはどうなのよ⁉︎ フラガラッハさんにプレゼントもらっちゃってさ」

 む……と、今度は私が動揺する番だった。

「それ、あたしも気になってた」

「フラガラッハ様は……きっと気まぐれでくださっただけに違いありません。特に変わりはありませんよ」

「でも、フィリアさんめちゃくちゃ乙女の顔になってるよ」

「最近なんだか、フラガラッハ様を見ると、胸の奥が苦しくなるのです」

「すごい。お姉ちゃん……恋してるんだね」

 トレーニングを終えたゼウは、私が立て掛けられている木製ベンチに腰を下ろした。

 湯立つ体温と汗がシャドーファイトの激しさを物語る。

 ドリンクを喉に流し込むゼウの左手首にドラウプニルの腕輪がないことを確かめてから、私はポツポツと語り始めた。

「長く人間を見てきたが、私には愛というものがわからない」

 ゼウに聞こえていないことは百も承知だった。ただ、声に出して整理しておきたかったのかもしれない。

 私にも『心』というものがあるというわけだ。

「私はお前やイリアが羨ましいと思う。感情と肉体を同時に結びつけられるのは、人間だけが持つ特権だろう。だが、紛い物の心しかない私やフィリアにも、愛を持つことは許されるのだろうか? せめてフィリアに……あの哀れな娘にだけは、人間らしく振る舞うことを許してやれないものだろうか?」

 未だ再会していない聖魔神器は数多い。

「同族にこんな感情を抱いたのは初めてなのだ。彼女をどう扱ってやればいいのだろう?」

「そっか……。フラガラッハも、恋してんだな」

 巨大なハンマーで柄を思いきり殴られたような衝撃が走った。

「は……?」

 まさか……。

「聞こえているのか、私の声が?」

「うん。まぁ……」

「な……」

「最近、フィリアさんの態度がおかしいなとは思ってたんだけど……。知らなかったよ、フラガラッハがそんなに情熱的な奴だったなんて」

「ななナナナッ! なにいいィィィーッ⁉︎」

 私は叫ばずにはいられなかった。

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