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魔剣は口を挟みたい  作者: 楠アキ
第ニ章 同棲編
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第四十話

 国王と共にゼウとイリアが王宮のバルコニーから顔を見せた瞬間、王宮広場を埋め尽くす民衆から「ワッ!」と大きな歓声が上がった。

 国王が、国を守った英雄としてゼウとイリアに同伴を求めたのである。

 そこには、国の盟主が健在であるというアピールと共に、先日の王都内の騒乱をヒロイックなプロパガンダとして利用したいという政治的な思惑がある。

「ダリア騎士団長ジュデ・ブラックウッドは名誉の戦死をされた! だが、彼の死は無駄ではない! 誇り高きダリア騎士団のおかげで、私は一命を取り留めることができたのだから!」

 ダリア騎士団もまた、謀反ではなく国を守って壊滅したことにするようだ。国民の士気を下げないためには有効な筋書きだろう。

「ご不満ですか?」

 フィリアは私の顔を見上げながら言った。

 私はまた、アフマウの体を借りていた。フィリアと二人、群衆からは離れ、広場の入口付近から国王の演説を傍聴している。

「いや、名誉というものには関心がない。ただ、王宮のバルコニーからの眺めを堪能できないのが残念ではある」

「群衆を見下ろす……帝王学ですね」

「それも興味がないな。今日は快晴だ。北部平原の向こう側、地平線に向かう青空の先を想像することの方がずっと有意義だと思わないか?」

「フラガラッハ様のその感性は素敵です」

 うっとりした表情でフィリアがほほえむ。

 どうも彼女といると調子が狂う。

「ゼウ・アンダーソンとイリア・ラーチェル。この勇敢な二人の若者がいなければ、王都の被害はさらに甚大なものになっていたであろう。彼らこそが、この国を救った真の勇者である!」

 観衆のボルテージは最高潮に達していた。

 ゼウはぶっきらぼうな顔つきでジリジリと後ろに下がろうとしていたが、イリアはそのゼウの腕に両手をがっちり絡ませながら、眼下の民衆に笑顔で手を振っていた。

 ゼウとイリアが表舞台に出たのは、私とフィリアの存在を公にしないためだった。ウィザードにその存在を感知された以上、もはやイリアが身分を隠す必要はない。むしろ公に姿を晒すことで、フィリアの存在から世間の目を逸らすことも可能だろう。

 だが、フィリアのあの満面の笑顔は、ゼウの彼女は自分だということをアピールするのが楽しくて仕方がないといった様子に見える。

 つまり、相変わらずあの娘は、ゼウのことしか頭にないのだ。

「……さて」

 私とフィリアは王宮の広場からさらに離れた。そして、同時に通りの方を振り返った。

「出てきてもらおうか?」

 物陰からフードを目深に被った長身の男が一人、私たちの前に立ちはだかった。

 ローブの下からは胸当てが覗いている。腰にはロングソード。

 剣士のようだが。

 なんだ、この気配は……?

「残念、バレていたか」

「何者だ? ヘルティモの使いか?」

「ふふ……さぁ、どうかな」

 男はフードを外して素顔を晒した。

 痩せた切れ長の双眸。薄く微笑む口元に残忍さの影が見えた。

「お兄様……!」

 フィリアは両手で口を覆った。

「兄?」

 どういうことだ。

 ハルメリアはフィリアとイリアの二人を除いて国家ごと消滅したのではなかったのか?

「久しいな、アイシャ。クリスも元気そうだ」

 フィリアはアイシャ、イリアはクリスティーナがハルメリアでの本当の名だった。

「生きていたなんて……」

「擬体だな。まるで人間のような仕草をする。ドラウプニル、やはりお前こそが最高傑作だ」

 フィリアの肩に手を回して、抱き寄せる。

 私は本能的な苛立ちを覚えた。

「フラガラッハ様」

「名はなんという?」

「アシュトン……。名乗らせていただこう、私の名はアシュトン・エム・シュバルツだ」

 アシュトンは膝を軽く曲げ、貴族式のお辞儀をした。

「お会いできて光栄だ、魔剣フラガラッハ。古文書に名高い天然の聖魔神器」

「ふたつ、要望がある」

「聞こう」

「ひとつ、彼女をアイシャと呼ぶのはご遠慮願おう。今の彼女にはフィリアという名がある」

「低俗な町娘のような名前だな」

 私はわずかに重心を下げた。

 さて。

 このアフマウの擬体でどこまで立ち回れるか。

「ふたつ、さっきから垂れ流しになっているその殺気を引っ込めてもらおうか」

「ふたつとも無理な相談だ!」

 私とアシュトンは同じタイミングでソードグリップに手をかけた。

 抜剣から、真正面で激突する。

 ——黄金色の剣だと⁉︎

 果たして、後方へ押し込まれたのは私の方だった。

 疾い!

 現状打ち出せる最大速度で押し負けるとは。

「く……!」

「フラガラッハ様!」

「だらしない。弱くないか?」

 アシュトンの肘から先が蜃気楼のように歪んだ後、ノーモーションで横殴りの閃が走った。

 刃渡りでかちあげる。

 凌いだ。重たい感触が頭上を抜けていく。

 私はグリップを翻すと、即座に撃ち下ろした。

 だが、やはりアシュトンの方が速い。私の刃が届くよりも先に、アシュトンの放った袈裟斬りが私の胸を斜めに斬り裂いた。

「がはッ!」

 私はたたらを踏んで後退した。

「素敵だ。致命傷の予定だったが、うまくいなしたな」

 こいつ、まったく全力ではないのか。

「では、これはどうだ?」

 アシュトンは腕を引き絞って突撃の構えを見せた。

 奴の体が深く沈み込む。

 これは、マズい。避ける余力がない。

「口ほどにもない。伝説など、尾ひれがついてこんなものだ。さようなら、フラガラッハ」

 アシュトンの切先が爆発的な速度で私に向かって伸びる。

「やめて!」

 その一撃を、間に割って入ったフィリアの白魔法が阻んだ。

 弾けた突風がフィリアの銀髪を激しく乱す。

 白銀の防御シールド。アシュトンの刺突はそのシールドにわずかに食い込んだところで停止した。

「素晴らしい……素晴らしいぞ、我が妹よ! その力が見たかった! やはり我らこそが至高の存在だ!」

 その物言いで、私は確信した。

「お前も聖魔神器だな?」

「え……?」フィリアが私を振り返る。

「フィリア、お前と同じだ。こいつからは人間の気配を感じない。ウィザードでもない。だが、その剣からは禍々しい魔力と命の鼓動を感じる。剣が自らの使い手を人の形に具現化していると考えるのが妥当なところだろう」

 アシュトンは剣を引くと、姿勢を正して鞘へ納めた。

「ご名答。人剣一体が私の正体だ」

「私と同じ、人工の聖魔神器……?」

 混乱を押し込むように、フィリアはアシュトンを睨みつけた。

「生きていたのなら、なぜこんなことを? 何が目的なのです?」

「私の目的はただひとつ。アイシャ、お前を連れ戻すことだ。あるべき正しい場所へな」

「クリスティーナもですか?」

「お飾りの木偶人形になんの使い道がある? 血のつながりもないあの娘に、まさか情でも移ったのではあるまいな?」

「その選民思想が……!」

 フィリアが叫んだところで、前方に展開していた白魔法のシールドにひびが入った。

「そんな、まさか……!」

「完全に砕けなかったことをこそ誇るがいい。強度は見えた。次は破壊する」

 騒ぎを聞きつけて、通りに人が集まり始めた。

「時間切れだな。まぁ、手合わせできただけでも良しとしよう」

「待て」

 私は再び中段に構えた。

 イリアの感情の爆発を思い出す。

 面白い。

 まだまだ学ぶべきことは多いな。

「なんだ? ロートルの見栄っ張りはみっともないぞ?」

 アシュトンが初めて眼を見開いた。

 ひと呼吸よりも前に、私が懐に入り込んだからだ。

「なに⁉︎」

 ギャリッ! と刃が交わり、火花が散る。後方へ弾けたのは、今度はアシュトンの方だった。

「我が主を愚弄することは許さん」

 アシュトンのプレートアーマーには、真一文字に斬撃の跡が走っていた。

「クリスか。あの出来損ないを主に選ばざるをえないとは、やはり古い聖魔神器は不憫極まりない」

「もうひとつ。アイシャと呼ぶなと言った」

「……⁉︎」

 十字斬り。

 アシュトンの胸元に、縦のラインは遅れて浮かび上がった。

「見えないだと……!」

「思い上がるな、小僧」

「訂正しよう、フラガラッハ。次に会った時、私は全身全霊でお前を叩き潰す。我が剣の名はバルムンク。魔剣バルムンクだ。覚えておくがいい」

 激しく私を睨みつけた後、アシュトンは剣を地面に向かって突き立てた。

「うわッ!」

「なんだ⁉︎」

 噴水のような土煙が立ち昇った後、アシュトンはもうその場所にはいなかった。

「ふぅ……」

 力が抜ける。擬体ではこのあたりが限界らしい。

 膝をつきそうになった私を、フィリアが肩から腕を通して支えてくれた。

「大丈夫ですか、フラガラッハ様⁉︎」

「問題ない。私の本体にダメージがあるわけではないからな」

「無茶しないでください」

「まぁ、なんだ……。負けっぱなしは性に合わん」

「まぁ」

 フィリアはクスリと笑顔を見せた。

 騒ぎを聞きつけて人だかりが出来始める。

 人混みに紛れて、私たちは王宮広場の脇まで移動した。

「兄と言っていたな」

「はい。詳しくはわかりませんが、あれは死んだはずの兄に間違いありません」

「ゼウたちにも知らせる必要がある」

 王宮に戻ろうとした私の服の袖を、フィリアが指でつまんで引っ張った。

「ん?」

「あの……。で……」

 俯いていて、フィリアの表情は見えない。

「デート……妹とゼウ様が来るまで、デートしていただけるって、おっしゃってました……」

「おぉ」と私は手を叩いた。

 そういえば、フィリアの買い出しに付き合う約束をしていたのだった。

「すまない、忘れていた。付き合おう」

「は、はいっ!」

 弾かれたようにフィリアが顔を上げる。

 私に向けるその笑顔は、少女のようにあどけなかった。わ

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