第三十一話
支援連隊にアンダーソン兄妹が協力している間、フィリアとイリアは談話室でディアーナと情報交換をしていた。
「くそ……痛みが全然引かん」
一年間会っていなかったらしい、積もる話の後、ディアーナは悪態をついた。
ゼウの打撃は重いからな。
「貴公、まだ全力ではなかっただろう?」
最近の定位置である、イリアの腰から私は訊いた。
「そりゃあゼウの奴もおんなじだろう。お互い殺すつもりではやってないからな」
「だが、ゼウがあそこまで消耗するのは初めて見た」
「そりゃよかった。正直、あたしは冷や汗かいたよ。あいつがもし魔力を扱えたら、倒れて動けなくなっていたのはあたしの方だったはずだからな」
自分の弱さを素直に認める。やはり手強い。
「すまんな、イリア」
「へ?」
「ゼウのやつ、お前の男なんだろ? アツくなって、けっこう痛めつけちまった」
「えぇ⁉︎ 私の男だなんて、そんな……」
照れるイリアに、ディアーナは拍子抜けしたような顔を向けた。
「なんだ、まだ寝てないのか。さっさとヤッちまえばいいのに」
ぼんっ! と、イリアの頭から赤い湯気が立ち昇る。
「でぃ、ディアーナ様っ⁉︎」
「いいもんだぞ、惚れた相手から心と体の両方で求められるってのは」
「イリアはまだ生娘なのです。からかうのはそのあたりで」
まぁ、頭の中では毎晩ゼウと凄いことになっているがな。
「ゼウのこと、よろしく頼むな、イリア。危ういんだ、あいつ」
「ディアーナ様はこれから戻られるのですか?」
「今晩立つよ。宮仕えの辛いところだ。お前たちからもらった情報を持ち帰って、周辺諸国とも共有しなけりゃな」
「ダリア騎士団長のジュデという男は、どうされるのです?」
「国王から委任状を受け取っている。エステリアへの護送後は、拷問が待っている。その後は……まぁ、実験台だろうな。魔物と融合した後、人間に戻った例は少ない。貴重なサンプルになる」
「そんな……」
「全壊は免れたとはいえ、王都が焼かれ、複数の死傷者が出ている。国を裏切るというのはそういうことだ。覚悟していなかったとは言わせん」
気をつけろよ、とディアーナは付け加えた。
「わかってると思うが、ウィザードの連中の当面の狙いはフィリアだろう。二人を守ってやってくれ、フラガラッハ」
フィリアの運転で帰路に着いた時、時刻は夕暮れに差し掛かっていた。
地平線の向こうに陽が沈み始める中、舗装されていない畦道をウッド・モビールは進んでいく。
「ゼウさん……?」
後部座席でイリアは体を硬くした。彼女の肩に、ゼウがもたれかかったからだ。
「寝ているようだな」
この寡黙な男が人前で隙を見せるとは、珍しいこともある。
「すごく、体が熱いみたい」
「それも師匠の技なんだ。寝てる時に新陳代謝を上げて、傷の治りを早くするんだって。あたしには無理だけど」
ヒナが助手席から振り返った。
「寝かせといてあげてよ。イリアさんのこと、信頼してるんだと思うから」
「それはいいんだけど……」
イリアは、ゼウが座席の下で自分の手を握りしめながら眠っていることを言わなかった。やはり彼女たちが引っ越してきてからというもの、ゼウのイリアへの距離感は以前よりも近いようだ。
「ゼウさんは、いつもあんな戦い方なの?」
あぁ……と、ヒナ。
「最後、フラちゃんにわざと頭ぶつけにいってたもんね」
「ディアーナを怯ませるための策だろう」
「それもあるとは思うけど」
「ディアーナ様が、気になること言ってたの。ゼウさんは危ういから、頼んだぞって」
ヒナは前を向いて、しばらく黙っていた。
「……ゼウにぃはさ、自分のせいでパパとママが死んだと思ってるんだ」
「え……?」
「ゼウにぃ、ほんとはたくさん喋る人なんだよ。子供の頃は、開拓団に入って大陸中を冒険するんだってよく言ってた」
二人の両親の話を聞くのは私も始めてだった。
「些細なことだったんだと思う。一度だけ、ジュニアハイスクールの頃に、ゼウにぃが『自分にも魔力があればよかったのに』って、泣いて帰ってきたことがあって。多分、喧嘩でもして負けたんだろうね。うちの親は二人とも仕事で魔道具の開発に携わってたから、なんとかしてあげたいって話してて。そのすぐ後に、仕事でハルメリアまで二人で行くって出かけていって……その途中の事故で、魔物に襲われて、死んじゃったんだ」
フィリアとイリアが同時に息を呑むのがわかった。
「ハルメリア……ですか?」
「うん。あ、でも、子供の頃の話だから。ハルメリアって魔道具の先進国だったでしょ? だから、ゼウにぃは自分があんなことを言ったから、二人が事故に遭ったんだって思ってるんだよ」
「そんな……! そんなこと、ないのに……」
「あたしもそう思うよ。でも、それからはほとんど喋らなくなっちゃって。心が死んでるっていうか、無気力っていうか。なんかさ、あたしが学校卒業して一人で生活できるようになったら、ゼウにぃふっといなくなっちゃうんじゃないかって……なんか、怖いんだ」
夕陽が落ちる。
黄昏時が別れを告げた。
「イリアさんのことだけなんだ。ゼウにぃが自分から話しかけにいったり、お店に通ったりしたのって。イリアさんといることで、ゼウにぃの気持ちが前を向けるんなら……だから、あたしからもお願いしたいんだ、お兄ちゃんのこと」
もう一度振り返ったヒナの表情は、いつもより幼く見えた。
「……うんっ」
イリアはゼウの手をきゅっと握りしめた。