第三十話
ゼウとディアーナ様の激突は、一撃毎に凄まじい衝撃と熱狂を巻き起こした。
ディアーナ様の薙ぎ払いを、ゼウはインパクトの瞬間を軸にした回転で回避し続け、その反動を利用したカウンターは、さらにそれを先読みしたフラガラッハ様の剣閃が阻んだ。
二人の攻防はさらに威力と速度を増し、ついに私や観衆の目視では負いきれなくなった。おそらくそれを視認できているのは、バルトガを筆頭とするレオ師団の実力者たちと、腕組みをしながら前方を見つめるヒナくらいだろう。
いや、それと後もう一人。
「すごい……」
イリアは両手を口に添えたまま、ゼウとディアーナ様の試合を追い続けていた。
ディアーナ様の聖魔神器の扱いは、私が嫉妬してしまうほど理想的なものだった。思考がフラガラッハ様と完璧にリンクし、互いの魔力の出力を血液のように循環させることで飛躍的に高めている。
「互角ですか?」
「いや」とヒナは首を横に振った。
「ディアーナ姉ちゃんはスロースターターなんだ。多分、そろそろ……」
一際大きな歓声が上がった。
「どらあァッ!」
一呼吸で、おそらくは五連以上の突きのラッシュ!
ズッ! ドドドッ! と、およそ剣撃とは思えない衝撃が、ゼウの肩、脇、太ももを激しく切り裂いた。
なるほど、ソードの切先による「点」の攻撃は、あの速度と威力で打ち込まれればゼウにとって致命的な有効打になる。
「く……!」
ゼウの動きが止まる。
それを見逃すディアーナ様ではない。
「はあぁアァァッ!」
ディアーナ様が踏み込んだ右足が広場を揺らした。
剣聖の渾身の薙ぎ払いは、ゼウの右腕の肘関節を直撃した。
だが——。
「ふ……!」
ゼウは右の掌打を大地に向かって突き出した。
ドンッ!
先ほどのディアーナ様の踏み込みよりも、さらに重い振動がゼウの直下だけで発生する。
「ッ⁉︎」
魔力とは異なる技術体系が、肉に食い込んだフラガラッハ様の刃をゼウの体の外側へと弾き飛ばした。
「陽式……鋼」
「にゃろう……!」
さらに続くディアーナ様の矢継ぎ早の斬撃を、腰を落としたゼウの掌底がことごとく迎撃し、軌道を押し戻していく。
「攻撃を攻撃で潰す。師匠の流派の真骨頂だよ」
言いながら、しかしヒナは浮かない顔をしていた。
「ゼウさんが押してます……!」
アルトが興奮気味に叫んだ。
手数ではゼウの方が上だ。喉元と腹部、二発の打撃がディアーナ様にクリーンヒットする。
「ごッ! は……!」
呼吸を奪われる。
今度はゼウがディアーナ様の懐へ踏み込む番だった。
「ありゃワシが吹っ飛ばされた技か!」
ゼウがピタリと密着させた背中に、ディアーナ様の体内魔力が体ごと吸い寄せられていく。
「フラガラッハ! 頼む!」
ディアーナ様は強引にフラガラッハ様の剣身を自身とゼウの間に割り込ませた。
直後——。
「破ぁッ!」
不可視のエネルギーが小爆発を起こした。
「きゃあッ!」
「うわッ!」
爆裂したゼウの技が広場の観客たちを後退させる。
それでも。
「ぢいィッ!」
ディアーナ様は数メートル後方へ吹き飛んだところで踏み止まる。
が、口元からは大量の血が滴っていた。
「ゼウッ!」
「……ッ!」
睨み合う二人の瞳孔が開いた。
体勢を立て直したゼウとディアーナ様は同時に地面を蹴った。
「はあァッ!」
ゼウの突貫を上回る速度で放たれたその横薙ぎは、ディアーナ様の本気だったのだろう。
不可解な事態はその時発生した。
肩口目掛けて打ち込まれた斬撃を、ゼウは回避しなかった。避けるどころか、自ら自分の側頭部を近づけたのである。
「なに——……⁉︎」
ディアーナ様の打ち込みがわずかに緩んだ。
それが仇となり、ゼウの鋭い掌底がディアーナ様の胸部を捉えた。
「が! ぁッ……!」
ディアーナ様の長身が広場の端まで吹き飛ぶ。慌てて退避した観衆が道を開き、ディアーナ様は土煙を上げて壁に激突した。
「剣聖が吹っ飛ばされた……!」
「なんなんだあの男ッ⁉︎」
ヒナだけが、ゼウに厳しい視線を投げかけていた。
「やっぱり……」
息を切らして、ゼウが立ち尽くす。
歓声はすぐにピタリと止んだ。立ち上がったディアーナ様が、鬼のような形相でゼウに歩み寄ったからだ。
「お前ぇッ!」
ディアーナ様はゼウの胸ぐらを掴んだ。
「まだこんな戦い方してんか、お前は!」
「ぐ……!」
「ふざけるな! 自分の命を雑に扱いやがって……!」
ゼウはディアーナを睨むだけで、抵抗しなかった。
「フィリア! イリア!」
「は、はい!」
私とイリアはディアーナ様とゼウの側まで駆け寄った。
「手当てしてやってくれ」
「え?」
ディアーナ様が手を離すと、ゼウはその場に崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……」
「ゼウさん!」
ディアーナ様は口元の血を拭いながらゼウを見下ろした。だが、その瞳に先ほどまでの激昂の色はなかった。
「生身であたしの技を受け続けたんだ。意識があるこいつの方がどうかしてる」
ディアーナ様は踵を返した。
「お前の勝ちだ。あたしに膝をつかせたことは賞賛に値するよ。強くなったな、ゼウ」
「俺は……まだ……」
「だめです、ゼウさん!」
立ち上がろうとしたゼウを、イリアが涙目で制した。
試合の本当の勝者がどちらだったのかは、誰の目にも明らかだった。