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魔剣は口を挟みたい  作者: 楠アキ
第ニ章 同棲編
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第二十九話

 王宮前の広場には人だかりができていた。

 一般市民よりもむしろ、エステリアからの使節団とレオ師団の人間が大半を占めている。

 野次馬の目的はひとつだ。

 剣聖ディアーナの剣技を目撃できる。

「大した人気だな」

「ありがたいことだが、どこへ行っても自由がなくて困る。立ち合いひとつでここまで大事になるんだぞ」

 大きな円を描く人垣の中心で、ディアーナは私の刀身を確かめていた。

 甲冑とマントを脱ぎ、装備はこの魔剣・フラガラッハのみである。

「軽装でよかったのか? ゼウの打撃を甘くみない方がいいぞ」

「なめてなどいない。あいつの流派の格闘術は装甲ごと貫通するだろう? ここはスピードをとるべきだ」

 ディアーナの視線の先では、ゼウがストレッチによるウォームアップをしていた。

 こと戦闘においては、常住座臥、常に気を張り巡らせるゼウが入念な準備をするとは、奴もまたディアーナを格上の相手として見ているということだろう。

「さて、始めるか」

 ディアーナは私をひと振りすると、魔力を同期させた。

 ディアーナの髪が浮き上がり、爆風のような衝撃が放射状に広がる。

 観客の間にどよめきが走った。

 本来ならドラゴンスレイヤーレベルの大剣に変化するところを、シンプルなロングソードの形態に抑え込んでいる。ただし、そのブレイドには超高密度の魔力が圧縮されていた。並の魔物なら触れただけで消し炭になるレベルだ。

「バケモノだな」

「それはこっちのセリフだ。フラガラッハ、お前まだ余力があるだろう?」

 ディアーナはニヤリと苦笑した。

「どうだ、勇者アークと比べて、あたしのポテンシャルは?」

「たまらん素質だが、アークには及ばん」

 勇者アーク。

 あの逸材は千年はない。

「そうか」

「うれしそうだな?」

「上がいるってのはいいことだ。そこに向かって登ればいい。ゼウのやつもな、最近は歯ごたえのある相手がいなくて退屈していたところだ。稽古に利用させてもらう」

 このポジティブさ。間違いなくアークの子孫だった。

 イリアたち三人はゼウの近くに陣取っていた。だが、イリアの視線はゼウではなくディアーナに注がれていた。

 魔力と私の使い方を、つぶさに観察している。

 そうだ、イリア。お前は目がいい。大陸一の剣技を知ることは、お前に多大な恩恵をもたらす。

「では、時間ですので両者前へっス」

 広場の中央へディアーナとゼウは歩み出た。

「僭越ながら、審判はこのジーナ・フランクフルトが務めさせていただきます。ルールは単純っス。首から上に一発もらった方の負け。フラガラッハさんは相手を斬らないようにできるって聞いてますけど、大丈夫っスか?」

「当然だ」

「おい、ゼウ」

 ディアーナはゼウを挑発するように言った。

「鉄甲を付けろと言ったはずだぞ。得物を使う分、こちらの方が有利なんだ。たとえ斬れなくても、あたしならお前の手足を粉砕できる」

「いりません。スピードが落ちる。なくても負けません」

「相変わらず生意気だな、お前は」

「……師匠に一回も勝ったことないくせに」

 ピキ……とディアーナの額に血管が走った。

「ほほぅ……」

 面白い。古い知り合いの前だと、ゼウは子供っぽくなるようだ。

「絶対吠え面かかせてやる」

「剣聖の言葉とは思えんな」

「なんか因縁がありそうっスけど……ディアーナ様もゼウさんも、よろしいっスか?」

 ディアーナは中段に構え、ゼウはいつものようにその場で小さくステップを踏み始めた。

「では……はじめ!」

 開始の合図と同時に、パァンッ! と空気が割れる音が広場に響いた。ディアーナの懐に飛び込んだゼウが上段蹴りを叩き込んだのだ。

 ディアーナは刀身を盾にしてその一撃を防いだが、衝撃が彼女と私の内側を突き抜けていく。

 ——重い……!

 捻転に織り交ぜられた鞭のような蹴撃が、あらゆる角度からディアーナに襲いかかる。

 だが、ディアーナはその全てを防ぎ、あるいはいなしてやり過ごした。打撃音こそあるが、ディアーナはその場から動かない。

「さらに腕を上げたな、ゼウ!」

 至近距離での連撃。ここはゼウの距離にもかかわらず、ディアーナが放った斜め下からの斬撃はゼウに防御を選択させた。

 バックステップによる打撃吸収で、ゼウの体が二メートルほど後方へ吹き飛んでいく。

「すげぇ!」

 広場全体から歓声が上がる。

 この時、私と観衆は全く真逆のことを感じていた。

 私の驚嘆は、ディアーナの反応速度と魔力・肉体の鮮やかな連動にあった。手数では劣るものの、重量のある剣を扱いながら、ゼウのスピードと渡り合う。尋常ではない。剣聖の名は伊達ではないということだ。

 だが、観衆の驚愕はそこではなかった。

「あの男、何者なんだ?」

「ディアーナ様と互角にやり合ってるぞ!」

 イリアとヒナが腕組みをしながら鼻を高くしているのが見えた。

「陽式……(やわら)

 ゼウは再び距離を詰めた。

 だが、今度はディアーナの打ち込みの方が速く、ゼウはディアーナの懐へ入り込めない。

 豪速の乱撃を、ゼウは紙一重で回避していく。巻き起こる突風が広場を揺らしていた。

「どうした! そんなものか、お前の実力は!」

 剣速が伸びた直後、ディアーナはフェイントを交えて剣の軌道をさらに変化させた。

「……!」

「チェスト……!」

 ゼウの反応がコンマ数秒遅れる。その側頭部目掛けて、ディアーナの横殴りの一閃が牙を剥いた。

 直撃の直前、ゼウの全身が真横に高速で一回転した。そのため、ディアーナの一撃はゼウの頭部ではなく肩口にヒットし、それがゼウの回転をさらに手助けする。

「ッ!」

 地面へ深く着地したゼウに対して、剣を振り切ったディアーナの顔から胴にかけてがガラ空きになった。

「うまい……!」

 ゼウの飛び込みざまの掌底と、ディアーナの驚異的なスピードによる振り上げは同じタイミングだった。故に、ふたつの炸裂音も同時に広場へ響き渡る。

 ワッ! と歓声が上がった。

 上空へ垂直に打ち上げられたゼウに対して、ディアーナは地面と並行に後方へ吹き飛んでいく。

 野次馬に突っ込む直前で、ディアーナは姿勢を整え停止した。両脚のブーツの跡がラインを引き、革が焦げたような臭いを残す。

 ズンッ! と音を立ててゼウは地面に着弾した。立ち込める土煙の向こうに、四つん這いでディアーナを睨みつけるゼウの姿があった。

「すげぇ……!」

「なんだ、この試合!」

「これは……引き、分け? でいいっスか?」

「いや……」

 私はジーナに待ったをかけた。

「おもしれぇ。これで終わるかよ」

 ディアーナとゼウは同時に口元の血を拭った。

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