第二十八話
「……事情は了解した」
フィリアを中心にヒアリングを終えた後、ディアーナは腕組みをしながら小さく鼻を鳴らした。
「アシェッドとウィザードの連中は『アンジャカ』に匿われている可能性が高い」
「アンジャカ……氷鉄の戦争屋か」
ラグナ大陸の歴史は、現存する国家の名前を見るとわかりやすい。
ダリア・エステリア・ハルメリア……。末尾に「ア」のつく国々は、かつてはひとつの超大国だった。激しい内戦から無数の小国家へと分離した後、長い年月を経て国交は回復し、今では交易や人の輸送ルートが整備されている。
そんな「アの国」の連合から外れた国々は、ダリア大陸の北西部に集まっていた。険しいダブラ山脈は北から西にかけて大陸の三分の一を分断し、その向こう側にはブルーカーテンと呼ばれる凍てついた大地が広がっている。
「アンジャカ」は、秀でて大きい領土を持たない代わりに、ブルーカーテンからさらに北西に広がる極寒の島国と周辺諸国への傭兵派遣で財を成しているならず者国家だった。
「ブルーカーテンにはアの国々への反発意識が強い国も多い。過酷な環境下では魔物が少なく、エーテルの恩恵を受けにくいからな。ウィザードの連中が膨大な魔力の提供を条件に同盟を結んでいてもおかしくはない」
イリアを拉致し、ゼウを襲撃したアサシンたちのことを私は思い浮かべていた。
「鍵はフィリアの白魔法と、奴らの始祖アングルか……」
ふむ、とディアーナは顎に指を当てた。
しばらく思案に耽った後、ディアーナはゼウとヒナの方を見た。
「アングルの遺骨が大陸各地の遺跡から姿を消してるって話な。あれはあたしからプコットへの依頼だったんだ」
「師匠に?」
退屈そうにしていたヒナが片眉を吊り上げる。
「現世に遺体が残る魔物など、けっきょくは呪物に近い代物だろ? 過去にハルメリアでウィザードの連中と一戦交えた後、各地の遺跡周辺でわずかだが不穏な動きがあった。まさかアングル自身の復活が目的とは思わなかったが、放浪ついでに人知れない場所へ移動するようプコットに頼んでおいたんだよ」
「あたしたちが師匠と武者修行してた時ってこと?」
「そうだ。エステリア内にも政治的な派閥があってね。誰が信用できて誰が信用できないのか、迂闊に軍を動かすわけにもいかなかった。単独の隠密行動が可能、かつ、スタンドアローンで一個師団に匹敵する実力を持った人物に一任するのが最もストレスが少ない。適任だろ?」
「自由人というところを除けば……適任です」
ゼウの一言に、ディアーナは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「お前の言う通りだ。あのバカ、遺骨の移動先をこっちに報告してないんだよ。妙な暗号だけよこしやがって、数年間解けないままになってる」
「あぁ、なんか……師匠らしいや」
「今回の件がなけりゃほったらかしでもよかったんだが、事情が変わった。後で支援連隊に来させるから、その暗号を見てくれないか。何かヒントがあるかもしれん」
「条件があるよ」
ヒナは、なぜか横目でイリアに視線をやってから言った。
「聞こう」
「ディアーナさん、伝説の勇者の子孫なんでしょ? 試しにフラちゃん使ってさ、ゼウにぃと立ち合ってみてよ。どっちが強いか、興味あるなぁ、あたし」
「ほぅ……」
面白い——と、ディアーナは口角を上げた。
意地の悪い笑みを浮かべるヒナの横で、ゼウがげんなりした顔でため息をついていた。