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【三題小説】「旅」「影」「約束」

戦争が終わりました。

工場の女たちもみな思い思いに、

故郷を目指して去っていきます。


私もまた、恋人に会いに行く旅の途中、不思議な人に出会いました。

焚き火の側で横になり眠気に襲われていると、どこかで聞いたような女性の声が聞こえたのです。


「こんばんは、火にあたらせて貰って良いですか」


見れば焚き火の先に、長い影がかかっていました。


「いいですよ。貴女は故郷へ?」


「それも、決めかねているのです。母はずっと前にいなくなりました。一人ぼっちの家です。貴女はどこへ行くのでしょうか」


「そうですか、私もです。私の仲間にも故郷をなくした者が多くいます。だから私は将来を誓った人の元へ行くのです。サユーリン大佐。勇敢な、国の英雄です」


焚き火がゆらりと長く伸びた影を揺らしました。


「それは素晴らしい。彼を新聞で見ない日はありません。でも彼は、多くの人に囲まれて幸せそうです。貴女を覚えてくれているのでしょうか」


いやな事を言うものだと、私は少し苛立ちながら、毛布を深く被った。


「戦争で貴女も知ったでしょう。正義は突然に裏返ります。でも、人と人が、約束を果たす事。これだけは善悪を超えるのです」


「でも彼氏は貴女を、忘れているかも知れませんよ」


「そんな事はありません。私は彼を信じています」


もう寝てしまおう、と目を閉じます。


「信じる事と、期待は違うのですよ」


その言葉はやけに近くで、聞こえた気がしました。

朝になった時、彼女はどこにもいませんでした。


結局、彼の元に着いたのは次の次の昼の事でした。


「ああ大佐、ずっとお会いしたかった」


「リューネル、君か」


私が苦労してここまで来たのに、どうして彼は嬉しそうな顔をしてくれないのでしょう。


「私は結婚するんだ。もう来ないでくれ」


見れば彼の後ろ、部屋の奥から不安げにこちらを見る、可愛い女性がいました。


「そんな、私は貴方と結婚するつもりでここまで来たのに」


私の愛は本物なのに。全てを捧げたのに?


「私が戦地で負傷して入院している間、私を支えてくれたのは彼女なんだ。君は何をしてくれた? 私は彼女を裏切る事はできない」


「そんな、そんな……私達は約束をしたのに。貴方だけを支えにしていたのに。私の事は裏切るのですか」


「君は裏切られたと言っているが、私に聖人像を重ねて過大な期待をかけただけだ。それは信頼では無い。君の理想像を押し付けただけだ。それが君の言う誠意なのか。付き合っていた頃からそうだ。君の正しさにはうんざりだ」


目の前で乱暴に閉まるドアを見届けた後の記憶は曖昧でした。

気づいた時には呆然と暗い夜道を、誰もいない故郷に向けて歩んでいたのです。


「ああ、寒い」


焚き火を起こす手が少し、かじかみます。

私の心から光が失せ、真の暗闇が訪れて私はふと気づきました。

彼女は……私の話したあの人は私の影だったと。


「また会いましたね」


焚き火の影の先のその顔を、今度は正面から、見る事ができました。


「貴女は悪魔の囁きという物なのですか。それとも天使の導きでしょうか」


「いいえ、影ですよ。ただの貴女の裏側です。また遠い旅路の目的地を聞きましょう。貴女はどこへ行くのでしょうか」


「それも、決めかねているのです。母はずっと前にいなくなりました。一人ぼっちの家です」


口にしてから、あの時の彼女と同じ答えだと気付きました。


「あの時も本当は心の奥底で、迷っていましたからね」


そう、気づかなかったわけではありません。

あの頃から私は、彼がもう私を見てはいない証拠にすべてに、蓋をしていたのです。


「新しい人を見つければ良いでしょう」


私はそれを想像しました。

違う男と笑い合う私に、憧れは抱けませんでした。

彼を忘れる自分を許せないと思ったのです。

約束、したのですから。約束を。


私だけでも守り続ければ、私は自分に言い訳をできるのです。

私が誓いを守る限りは、彼が悪かった事になる。

彼もそれに気付いて、戻ってきてくれるかもしれない。


「ああ、それを呪いと言うのです。貴女は貴女を呪ってしまった。違う未来もあったのに」


そう悲しそうな顔をした影は、私の頬に触れると、ふっと口付けを交わしました。

私の中から何か暖かいものが抜けていくのを感じました。


「貴女が影の中を選ぶのなら、裏側の私が今度は光になりますね」


私が自ら影を引き受けたから、彼女は光になるのでしょうか。


それからしばらくの月日が経ちました。

私は彼の近くに住まい、毎日彼の幸福を静かに見上げています。

もうどこにも行かないのに、行けないのに、まだ旅が永遠に続いているよう。

だって目的地には、辿り着いていないのだから。

目的地は、無くなってしまったのだから。


「お嬢さん、もう諦めなさい」


気にかけてくれる衛兵の青年が、そう語りかけます。

彼が私を好きだとは知っています。


彼の手を取れば、きっとそこにも幸せがあるでしょう。

でも、それは、私が私で無くなる日なのです。


だから私は今の生き方に幸福を感じています。

まるで結果のわかった、シュレディンガーの猫。

蓋を開けなければ、猫が死んでいる姿を見なくて済むという、暗くささやかな幸福。

でも約束さえ守れば、来ないとわかっている未来がまだ側にいてくれるのです。

まだ、まだ残酷なほどに暖かいのです。


時折、リューネルという女性の噂を聞きます。

私の故郷で彼女は、今は善い人に恵まれて幸せでいるそうです。

私、私の名前は、何だったかしら…

【俺後書き】

これくらいの文章量から短編っぽく見えますね。

約束を忘れた時が私が私で無くなる日だと言いながら

影だった物が自分のアイデンティティを引き受けて生きていくというオチ部分の皮肉や

世にも不思議な物語的なホラーとも言えない微妙な怪異み?的な物は

あまりAIさんには伝わらなかったかも?

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