勇者はいずこ(1)
我輩は魔王である。
魔王たる我輩はかつて全世界に宣戦布告をした。
魔族たちをもっと世界に進出させるため、魔族たちの見聞を広めるために人間との距離を縮めたかったのだ。その方法が戦争しか無かったのは考えものではあるが、とにかく我輩は人間と魔族の戦争を始めた魔王となった。
その宣戦布告の際である。
我輩は人間たちの中でも非常に優れた才を持ち、恐怖を持ちながらも一歩踏み出す勇気ある少年と出会った。
○ ○ ○
あれはもう3年前になるか。
『人間どもよ。我輩は魔族たちの代表にして、王。魔王である。』
今となっては何もかも懐かしい。我輩が三日三晩考えた宣戦布告スピーチ。秘書の魔法で映し出した遠隔映像照射魔法のカメラの位置の分かりにくさ。緊張で決まらなかった足の置き場。
『…我輩たち魔族は、貴様ら人間どもを滅ぼし、この世界の盟主となるのだ!人間よ!恐れ慄け!嘆き悲しめ!我輩たちの侵攻を止められるものなら止めて見ろ!』
そう、この辺である。これまで突然現れた液晶ビジョンにビビっておった人間の中から、少年が一人飛び出して我輩の言葉に口答えして見せたのだ。
「お前の思いどおりにしてやるものか!」
『むう?貴様は、何だ?』
思わず語気を強める我輩。しかし、少年は物怖じする気配を見せず我輩に対して反論を続けた。
「お、俺の名はアマヒコ・ヒカリノ!!この世界を守る使命を授かった勇者だ!!魔王、この世界をお前の好きにはさせないぞ!」
『勇者…だと?』
「そ、そそそそうだ!この勇者アマヒコが魔王を倒す!」
『ほおう。クレウィア王国に勇者がいたとは、調査不足であったわ。ならば、問おう。貴様は真に勇者であり、この我輩の首を狙わんとするのだな?』
「その通りだ!戦争なんて起こさせない!俺がお前を倒し、世界を守る!」
我輩は少年の言葉に感化されていた。そして、敵のステータスを見抜く我が魔眼を持って少年を見てみると、少年には素晴らしい潜在能力があった。光の魔法への適正、ステータスの成長余地、強力な魔力…正に勇者になりうる逸材である。
その時ふと我輩の脳裏にある映像が浮かんだ。我輩の魔王城の玉座で、我輩と勇者として成長した少年が相見える映像である。素晴らしい。
我輩には夢があった。それは魔王として勇者に敗れることだ。勇者と戦うこと、では無い。勇者と戦って、ギリギリの戦闘を繰り広げて窮地に陥りながらも勇者に致命傷を負わせ、それでもなお立ち上がってくる勇者を褒めたたえながら最後の一撃を用意する。勇者も決死の力で剣を構え立ち向かってくる。
そして、最後には勇者の一撃でやられ、名言を言いながら灰になっていく我輩。それを見届けた勇者は王国に平和を取り戻したと伝えるために玉座を後にする。我輩はそれを傍目に自己再生能力で蘇生し、隠居して畑を耕しながら本を読む余生を過ごす。
まさに完璧な人生設計!これぞ我輩の人生の最高のシナリオ!
この夢を実現するためにも、この生意気だが勇気のある勇者見習いは非常に都合の良い存在であった。
であるので、我輩はこう告げたのである。
『クカカッ、面白いでは無いか。勇者を名乗る小僧よ。…ならば、こうしよう!我輩は魔王城にて貴様を待つ。各エリアに駐屯しているエリアボスたちを倒し、見事我が前に現れることが出来たのならそこで相手をしてやろう。それまで我輩はこの世界に手を出すことはせん。』
「えっ、いいんすか」
『えっ?』
「あ、ああイヤイヤ!ふ、ふん!いいだろう!必ず貴様のところに辿り着き、この世界を守ってみせる!」
何か一瞬不穏な返答が聞こえた気がしたが、とにかく我輩は宣戦布告を終え、勇者との邂逅を果たしたのだった。
○ ○ ○
現在。あの宣戦布告から3年が経った。
未だ我が元に勇者は来ていない。
「……いや、遅くない?」
我輩がそう思うのにも無理はないのだ。何せ、この3年間勇者の名をとんと聞かんのだ。勇者のゆの字すら全く聞いていない。
エリアボスたちの前にも姿を現したことは無いという。この前、第1エリアのエリアボスであるかえんげんじんと飲んだ時、勇者の事をそれとなく聞いたら、
「…勇者?あー、あれですよね。魔王様がこの前行ったセペルの街の近くにあったっていう羽根のついた塔。え?それは風車?」
なんて言ってやがった。つまり、勇者と名乗るものにすら会ってないということだろう。
どういう事なのだ。勇者は今どこにいるのだ。あの時、恐怖の象徴たる我輩に恐れながらも立ち向かい、勇気を見せつけたあの少年は今どこで何をしているのだろうか。
「気になる。気になって仕事が手につかん…。こんなに書類残ってんのに。…こうしちゃおれん!」
あまりにも勇者のことが気になった我輩は、魔王執務室から飛び出し、玉座へと向かった。決して机の上に溜まった書類処理作業を後回しにしたかったからではない。断じてそれはない。
「いかがなされたのですか、魔王様。本日は謁見の予定はございませんが。」
玉座の間へと辿り着いた我輩を出迎えたのは、我が側近であり右腕ともいえる存在である秘書である。
全力疾走でここまで来た我輩は、息を切らしながら玉座に座り一息つく。運動不足かな。そう思いながら秘書へ問いかける。
「我が右腕であり有能なる秘書よ…。お前は、勇者のことを覚えているか?」
「勇者?」
どうしよう。問いかけたはいいが、この有能なる秘書ですら勇者の存在のことを忘れていたら。一応、定例会議では毎度話題には出しているのだが、どうにもその議題になると幹部皆知らん顔をするからな。忘れていても無理はないのかもしれない。
しかし、我輩のそんな心配も無用だったようで、秘書はふっと不適な笑みを浮かべると「もちろんです。我が王。私も気になっていました」と答えた。嬉しい〜。勇者の存在気にしていたの我輩だけと思ってたわ。
「さすが我が右腕よ。それでだ。勇者が今どうなっているのか、お前知らぬか?」
「い、いえ。私も勇者については特に何も聞き及んでおりません」
「よな。ぬうぅ、特に憎くはないが勇者め。今一体どこで何をしておるのだ?」
我が有能なる秘書なら何か知っているかと思ったが、どうやら当てが外れたらしい。だが、秘書ですら知らないとなると、どうすれば良いのだろうか。そう頭を悩ませていると秘書が何かを思いついた顔をして、我輩に声をかけた。
「では魔王様、私の魔法で今の勇者の姿を見ることに致しませんか?」
「…そんな魔法があんの?さすが我が右腕。頼む!正直気になって全く仕事にならんのだ!」
「かしこまりました。それではこちらの鏡面をご覧ください」
秘書は魔法でビッグスライムくらいの大きさの鏡を作り出すと、その鏡面に向かって呪文を唱えた。
「第零階魔法『あの人は今!?』!」
こうしてようやく我輩は3年間音沙汰のない勇者についての足がかりを掴むのだった。
続く。