4 そのルビの振り方には無理がある①
2020年3月3日 三重第三高等学校
忘れもしない始まりの日。
その日は三重第三高等学校の卒業式だった。
(ちなみに、よく誤解されるが読み方は「みえ」ではなく「みつえ」だ)
その日は朝から不自然なほどの濃霧が辺り一帯に立ち込め、自宅待機を命じられた。
あわや延期かと思ったが、幸いなことに霧は徐々に晴れ、教員たちによる安全確認の上で結局午後からの開始となった。
そして、卒業式自体は恙無く終了。
事務連絡等が終わって解放されたのが、たしか午後2時半くらいだったと思う。
その後の行動は様々だった。
すぐに帰る者。
部活に顔を出す者。
お世話になった先生や顧問に改めてお礼を言いに行く者。
最後の機会に思いの丈をぶつける者。
そして、3年間苦楽を共に過ごした仲間たちと最後の時を楽しむ者。
そんな中、俺は何をしていたかって?
中庭でサスケとチャンバラしていたよ。
卒業証書の筒で。
高校生にもなって何やってんだってか?
いや、いいじゃないか、今日ぐらい。
こいつらとこんなことができるのも最後のハズだったんだから。
卒業証書の筒を振りかぶるサスケに対し、筒を腰に据えて蓋に手をあてがう俺。
居合スタイルなのは、某マンガの影響だ。
高校生にもなって何やってんだってか?
いや、いいじゃないか、今日ぐらい。
そして、型の名前を呟きながら、まさに蓋を引き抜こうとしたその瞬間……
その時がやってきた。
“キーンッコーンカァンコーン”
何でこんな時間にチャイムが?
まず真っ先に浮かんだ疑問。
だが、すぐに異変に気付き、それどころではなくなる。
身体が……動かないのだ。
思い切り力をいれるがピクリともせず、なんなら瞼すら開けない。
そして、さらにとんでもないことに気づく。
呼吸をしていないのだ。
それなのに苦しくない。
それどころか心音すら聞こえない。
まさか……時が止まっている?
そんな馬鹿らしい考えが頭をよぎるが、否定できる材料がない。
何せ目を瞑っていたため、周囲の状況すら掴めないのだ。
そして、どれくらいそうしていただろうか。
急に身体の束縛が解かれた。
慌てて前を見れば、同じように困惑するサスケ。
そして、周りを見渡せば……。
2020年5月9日10時23分 三重第三高等学校 体育倉庫前
「で、こんな状況になってたって訳」
困惑する3人の前で、あの時のことを話す。
「なんというか随分と投げっぱだな。なんか、こう神様的なものが現れて説明とか」
「そんなんナイナイ。もうびっくりだよね。学校の周りキレイさっぱりなくなってるし、周りの生徒植物になってるし、無事なメンバー集めてる内に一部能力が暴発しちゃうしさ」
「20分くらいかけて無事だった人員を校庭に集めたのですが、教員は私だけであとは生徒でした。不思議なことに全員三年生で、3組の生徒が多かったですね」
「本当にマサ兄がいてよかったよ。こんなんでも、大人がいるとやっぱ違うもんね」
軽口への返事代わりに、肘で軽く突かれる。
「まっ、そういう訳で、3時3分あの時、俺は卒業証書の筒で居合をしようとしていたから、黒い筒の蓋を抜くと居合斬りができる能力になったのさ」
「かぁ~、なんだそりゃ。何でそれで筒から見えない刃がでるんだよ?」
「そればかりはそういう能力としか」
「ふむ……それはその筒でしかできない芸当なのか?」
「いや、両端が密閉された蓋つきの黒い筒であればいいから、何ならポッ〇サッポロの缶コーヒー(ブラック)でもいけるよ。ただ、不可視の刃の長さは、筒の長さの3.33倍、刃の太さは蓋の径に準ずるから、缶コーヒーだと戦いには使えないかな」
「逆も然りか」
「うん、長すぎても使いづらいね。それで重要なのは、不可視の刃は抜刀後33フレームで消失し、刃消失後3秒以内に筒に蓋をしないと、筒と蓋が弾け散る点だね」
「ふむ……つまりオレたちに自らの能力のデメリットや発動条件を探れというのだな?」
「あぁ。相変わらず理解が早くて助かるよ」
そうなのだ。
自身の能力の発動条件や効果は手探りで探っていかなくてはいけない。
そして、能力は大抵の場合、思いもよらぬデメリットを抱えており、それをなるべく早く理解しておく必要がある。
そうでないと、いざという時に本人や周りに危険が及んでしまうばかりか、最悪の場合、それが原因で周りを巻き込みながら命を落としてしまう。
そして、ほとんどの能力は、なんと任意発動ではなく強制発動なのだ。
例えば俺の場合、黒い筒状の物体の蓋を外すことが発動条件だ。
それさえ満たしていれば、俺の意思に関係なく蓋を外した瞬間に発動する。
つまり、コーヒーを飲もうと蓋を回して外すと、知らずのうちに蓋の先にはどんなものでも切断する不可視の刃が出現しているのだ。危ないなんてもんじゃない。
しかも、放っておくと中身を飛び散らせながら爆発するオマケつき。
さらに最悪なのは、33フレームとは約0.5秒という極々短い時間である点だ。
蓋を開け、何気なく飲み口の上に掌を置いてしまうと、掌が蓋認定されてしまうのだ。
そして、掌を離すと掌から飛び出る不可視の刃。
3秒以内に戻さねば、俺の身体と缶コーヒーが爆発する。
しかし、大慌てで掌で蓋をしても、再度掌を離せば発動する。
結局缶コーヒーを凹ませたことで、黒い筒という条件を満たさなくなり難を逃れたが、あの時は本当に焦った。
そのため、うかつに発動させないように、黒い筒には気を付けて生活している。
ただ、これでもまだいい方で、もっと過酷な条件を強いられているメンバーもいるのだ。
イインチョのことを思うと胸が痛んでしまう。
「しかし、難儀だな。手探りである以上、全て理解した思っていても、まったく予期せぬ仕様が隠されている可能性もあるのだろう?」
「それは大丈夫。発動条件や効果を全て理解すると、能力に名前がつくんだ。例えば、俺の能力の名はⅲ」
「ぐふっ……お前も中二かよ」
「うっせ、俺がつけたんじゃないの。頭の中に浮かぶんだよ!」
そうなのだ、全ての発動条件や仕様を理解すると、頭の中に名前が浮かぶのだ。一体だれがつけているのか知らないが、俺の場合はⅲと書いてイマジナリー居合と読むらしい。
いや、そのルビの振り方には無理があるんじゃないだろうか?
「そして、さらにボーナスとして拡張能力が使えるようになる。発動条件は自分を含め3人以上に聞こえるように能力名を叫ぶこと」
「真名によって隠された能力が発現とか激熱じゃん!どんな効果があるんだ!?」
「俺のⅲの場合は発動条件の緩和だな。例えばペットボトルタイプの缶コーヒー(微糖)でも発動するようになる」
「……」
「……」
「……えっ、それだけ?」
「……うん、それだけ」
「うひゃひゃひゃひゃ!そんだけすごい能力なのに、二段階目がショボいとかとんだ肩透かしじゃねぇか!!どこの二番隊隊長だよ!!」
「うっせ!笑うなよ。拡張能力がすごい能力もたくさんあるから!」
「だが、たしかにその拡張能力が生きる場面が思いつかないな」
「ほらっ、卒業証書の筒がうっかり壊れた時に、懐からペットボトルをだな」
「その筒を二本持ち歩けばよかろう?」
「……そっ、それはそうなんだが」
「うひゃひゃひゃ、ちげぇねぇ」
「おいっ、あんま笑うなよ」
“ピッピー”
体育倉庫裏に響くホイッスル。
「さぁ、能力の説明は終わったので、これから皆と合流して3つのチームに分かれます。新しく来た3人の能力が発現できるようにみんなで一緒に考えていきましょう。3人寄れば文殊の知恵と言いますからね。きっと自分では思いつかなかった、多くの気づきがあるはずです」
マサ兄の先導でグラウンドへ向かう一同。
さて、これからが本番だ。
大丈夫、今回のメンバーに危険な能力が発現する可能性は低いだろう。
だが、時にとんでもない解釈によって、思いもよらぬ効果を発揮することもある。
どうしても思い出されるのは先月のこと。
困惑と恐怖、すがるような視線。
懇願と罵倒……そして絶望。
下らない冗談を言い合い、笑いあったかつての級友。
それを、俺たちは……。
あのような悲劇は絶対に避けねばならない。
ブンブンと頭を振り払い、マサ兄の後に続いた。