3 3時3分何してた?②
2020年5月9日9時30分 三重第三高等学校 調理実習室
窓から入り込む陽の光を嫌ってか、まだ眠気の残る瞼は独り手に閉じようとする。
それをぐっと我慢し、欠伸を噛み殺しながら伸びをする。
すると、香ばしい匂いが鼻孔を刺激し、思わずお腹が鳴ってしまう。
眼前には本日の朝食がトレーの上に並べられていた。
白米にワカメとナスの味噌汁、お新香、そして、ウナギ……改め、アンフューマの塩焼き。
「冗談かと思ったが、本当に食べるのだな」
対面に着席したケイトが、訝し気な目でトレーを見つめている。
「いや、騙されたと思って食ってみ。意外とイケるから」
「ふん、貴様のその言葉ほど信用できぬものはないだろう」
「今回は本当だって。ほら、サスケだってこんなに食べてるじゃん」
「美味いっ!美味いぞぉ!!」
俺の隣で、山盛りのアンフューマの塩焼きを掻っ込むおにぎり顔の大男……佐々木佐助。
「コヤツは何喰っても美味いと言うだろうが」
煮え切らない態度をとる級友に、ちょっとした悪戯心が湧き上がる。
「そっか、いらないのか。残念だなぁ、今日の塩焼きは百々(どうどう)さんが頑張って作ったのにな」
「ふん、それが何だと言うのだ」
そう口では言っているが、手に持つ箸はすでに切り身を摘みあげていた。
そして、恐る恐る一口齧り……そこで箸が止まる。
「……美味いな」
「だろ!」
「確かに見た目こそウナギに似ているがアンフューマは両生類であり、それを食したなどという記録は……美味いな……それに、当然こういった野生動物の肉には寄生虫や病原菌のリスクを孕んでいるわけで、さらにあんな大きなアンフューマは新種である可能性が高く、その怪しげな肉を食らうなど正気の沙汰とは思えな……それにしても美味いな……ふむ……これはお代わりはあるのだろうか?」
ブツブツと文句を言いながら、真っ先に完食するケイト。
「好きなだけもらってくればいいよ」
何せ10m超えの巨体だ。俺たちだけで食べきれる量じゃない。
「まぁ、貴様らの反応を見るに、実食が初めてという訳でもあるまい。となれば、毒や病気のリスクはある程度抑えられていると見ていいだろう。郷に入っては郷に従えとも言うしな。ふむ、ここは一つ、湧き上がる知的好奇心を満たすとしよう。おっと、愚かにも貴様が見当違いな勘ぐりをしないように釘を刺しておくが、あくまで知的好奇心であって、誰がそれを作ったのかは考慮の外であって、そもそも精神的な要素が味覚という化学反……」
ブツブツと呟きながら、空になった皿をもって席を離れるケイト。
まぁ、百々さんが作ったってのは嘘だけどな。
彼女なら厨房を出禁になったもの……初日で。
大して食が太くない級友が、焼き魚をたんまりと皿に盛る後ろ姿を眺める。
胃が多少満たされたからか、眠気が再燃し、堪えきれずに思わず大欠伸をする。
「眠そうだな?」
片手でトレーをもった崇と涼介がやってくる。
「むしろちゃんと起きられた自分を褒めてやりたいよ」
「今回は深夜だった上に二連戦だったからな。俺も正直身体がつらい」
「日に二回は勘弁して欲しいよね……そういや、崇がこの時間に来るの珍しいね」
「まぁ、今日は涼介が初日だったしな……」
そう言いながら崇が席に着けば、眠気眼の涼介と目が合う。
「涼介どう、寝れた?」
「おぅ……バッチリ寝不足。てか、よく皆布団もなしで寝れるな」
「……慣れだよ慣れ」
「早く慣れてぇよ……てか、この魚美味っ!美味っ!」
あっという間に食べきると、さっと席を立つ涼介。
「追加分焼けたぞ~」
その声を目ざとく聞きつけ、無言ですっと席を立つサスケ。
このテーブルに残ったのは俺と崇だけとなった。
「あの二人は大丈夫そうだね」
「あぁ。あとは能力次第だが……きっと涼介は戦力になってくれる」
「うーん……能力で考えると、ケイトと三森先生はちょっと厳しいかもね」
「林はともかく、三森先生があの時何してたかも知っているのか?」
「まぁね……必要だったらこの後の訓練で話すよ」
「そうか……なんにせよ戦力は多いに越したことはない。これで3人加わって23人。やれることも増えるはずだ」
「そうだね、これからも生き残れるよう頑張ろう」
「あぁ」
そう呟きながら二人して、柔らかな日差しが差し込む窓の方を見やる。
見える景色は校庭と、その向こう側にどこまでも広がる奈落。
風情もへったくれもあったもんじゃない。
べた塗りのように真っ黒な奈落を見ていると、思わず気分が沈みこんでしまう。
23人か……。
随分と減ってしまったものだ。
ふいに脳裏に浮かんだ級友たちの姿をブンブンと頭を振って消し、誤魔化すため白米を掻っ込む。
2020年5月9日10時00分 三重第三高等学校 グラウンド
ジャージに着替えグラウンドに集合した若者たち。
一部いないメンバーもいるが、ほとんどが参加している。
その一団と外れ、体育倉庫前に集まるのは新規の3名を含む少人数のグループ。
「では、説明を始めます」
体育座りをした3人の前で、マサ兄がそう告げる。
「まず、能力は3時3分の行動に基づいて発現します」
そう言うと、首元にぶら下げたホイッスルに口を宛がう。
“ピッピー”
嫌が応にも意識がそちらへ向けられる。
「私はあの時、体育館で部員たちを集めるためにホイッスルを鳴らしていました」
「だから、注目を集める能力というわけっすか……ほかには?」
「……今のところ、それだけです」
「え……それではどうやって、あのおばけウナギと戦うんですか?」
困惑顔の三森先生。
「戦闘に限れば、敵の注意を引き付けて囮になるくらいですね」
「外れ能力じゃないっすか!!」
涼介が忌憚のない意見をぶつけてくる。
「まぁ、このように必ずしも戦闘に役立つ能力を得られているとは限りません。しかし、後方支援などに特化した能力もあります」
「例えば電気を点けたり、外部の食材を取り寄せたり?」
相変わらずケイトは鋭い。
「よく分かったな、林」
「さきほど調理準備室を覗いた際、ミネラルウォーターとカセットガスボンベの空容器が積まれていました。当然ですよね、水もガスも止まっているのですから。しかし、冷蔵庫からはモーター音。不思議に思い扉を開ければ、どういう訳か冷気が溢れてきました。奇跡的に電気だけ生きていると考えるよりは、そういった能力と考えるのが自然でしょう」
あー、苦しそうに完食した後にいなくなったが、厨房の方を覗いていたのか。
「また、あれから2か月が経っているのにも関わらず、冷蔵庫の中には生鮮食品が積まれていました。目を引いたのは、賞味期限がとうの昔に切れているのにも関わらず、腐っていない牛乳。さらに、ほかの食材も製造日が3月3日以降のものはありませんでした。そこからの推察ですが、外の世界はあの日あの時のまま止まっているのですね?」
すごいな、よくそこまで突き止めたな。
「そして、外部からいくらでも食材が持ち帰れるのであれば、いくら美味とはいえ、新種のアンフューマを食べようとするのは不自然。であれば、能力によるもの、しかも容量に制限があるか、条件があるのではと推察したのです」
「おおよそ正解だよ。どちらも生徒の能力だ」
「やはりそうでしたか。これはたしかに後方支援向きの能力も重要ですね」
一人頷くケイトだが、ほかの二人は話についていけていないようだ。
「ところで、ジンスケ!厨房でフライパンを振っていたのはエプロン姿の江口だったぞ!話が違うではないか!」
そのままこちらへ向け語気を荒げるケイト。
あら、嘘がばれてしまったか。
相変わらず忙しないやつだ。
「さっ、次は戦闘向けな能力を実際に見せよう」
「おい、誤魔化すな」
逸るケイトを押さえ、手に持っていた黒色の筒を3人の前にかざす。
「それは……卒業証書の筒ですか?」
首をコテンと傾げる三森先生。
そう、卒業式でおなじみ、卒業証書を入れる黒い筒。
これこそが俺のメイン武器であり、今まで幾多の死線を搔い潜ってきた盟友なのだ。
「おいおい、戦闘向けの能力だろ?それでどうやってあんなバケモノと戦うってんだよ?」
冗談だと思ったのか、にやけ顔の涼介。
ところがどっこい、こちらは大まじめだ。
百聞は一見にしかずだな。
あらかじめ崇に運んでおいてもらったアンフューマの骨へ近づく。
ぶつ切りされた一部分なのだが、元が巨体ゆえにかなりのサイズだ。
そして、ぐっと腰を落とし、腰に据えた筒の蓋を掌で包んで握り……
思い切り腕を斜めに振り抜く。
“スポンッ!!”
響き渡る間の抜けた音。
“キュポン”
蓋を筒に戻す。
「……?」
3人共、何が起こったのか分からない様子だ。
だが、すぐにあんぐりと口を開け始めた。
それもそのはず。
骨塊の上半分が斜めにずれ始めたのだ。
そして、そのまま滑るように自重でずり落ち、盛大な土煙を巻き上げる。
目の前に残ったのは、真っ二つになったウナギの骨塊。
「と、このように、俺は黒い筒を抜くと、絶対切断の不可視の刃が出る能力で名を」
「いやいやいや可笑しいだろ!」
「え……え……笛吹先生のと全然違う」
あきれ顔のケイト。
「まさか聞き返すことになるとはな。ジンスケ、貴様……3時3分何してた!?」