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「どうしてそのとき、そんなことをしたのか自分でもわからねえんですが」

 買った。

 観音様の裏から、ひょっこり顔を出したむさ苦しい男に、一同ざわついた。

「俺は、知らずにここへ泊った野暮な旅の絵師だとおことわりをしまして、その上で、その矢立を買いたいと申したんです」

「まあ」

 唐風の女はあきれた。

「それで、売ってくだすったんですのね」

「ああ。絵師ならちょうどいい、これは絵筆なんだが自分は絵心がなくずいぶん持て余していた、とね」

 明春は矢立を手に入れ、負けていた男はいくらか銭を手にした。

「だが、それも負けたんですがね」

「そうだろう。そういう手合いは、引き際を知らない」

 バルテリンク氏さえ、そのあきれた話に口をはさんだ。

「さすがにすっかりしょげて、『帰ります』ってね。

 すると表へ出る戸がひとりでにすっと開いて、ふわり、と入ってきたのは白い雲」

 男はふんどし一丁に空の頭陀袋を下げた姿のままそれに乗って、夜空へ飛んで行ったのだという。しばらくするとくしゃみが遠くでこだました。

「そいつは近くの山に住む妖術使いで、たまに身なりを町人風に整えてここに来るのだと、賭場の者は顔色ひとつ変えないで話してくださいましたね」

「まあ。きっと妖術使いの恥さらしね」

 唐風の女の言葉に、みなうなずいた。

「でも、妖術使いから買った絵筆。だから、あなたが虎を描いたら、ああいうふうになったということかしら」


 見れば虎はまた、毬のように丸くなっている。


「その通り。まさかそんな霊験あらたかな筆を、絵心がないからと博打でなくすたあ、間の抜けた妖術使いもあったもんで」

「お前の絵心もあやしいものだ」

 バルテリンク氏は厳しい。

「なのにその筆は、お前の絵ではないと本物にならない」

「なんですって」

 唐風の女、驚いた。

「どうなっているんですの、その筆は。明春さん、ひとつこのわたしに何か描いておくんなさいな」

 やんごとなき奥方に、明春、なにを描くこととなるのか。


   * *


「ちぇ。なんだか妙な話をしてらあ」

 皆がしたたかに酔いしれているところ、こっそりと隅のほうにいたのは霧丸と吉っつあんである。

 こっそりと。

 誰の目にもつかぬよう。

 学問上の話でやかましい卓もあれば、ただただうかれ、踊る歌うの卓もある。

「こっちには、都合がいいや」

「そうだね」

 もじゃもじゃした吉っつあん、なにか口をもぐもぐさせている。

「どうしたのさ」

「まんじゅうを失敬したよ。霧丸も食べなよ」

 胡麻のあんが入った大きな饅頭である。

 捨てても置けないので、霧丸もひとくちした。

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― 新着の感想 ―
[一言] おもしろい。夜なのでこれ以上の熱意をもってコメントすることはないけど、寝る前でいながら一気に読んでしまった。
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