五
「どうしてそのとき、そんなことをしたのか自分でもわからねえんですが」
買った。
観音様の裏から、ひょっこり顔を出したむさ苦しい男に、一同ざわついた。
「俺は、知らずにここへ泊った野暮な旅の絵師だとおことわりをしまして、その上で、その矢立を買いたいと申したんです」
「まあ」
唐風の女はあきれた。
「それで、売ってくだすったんですのね」
「ああ。絵師ならちょうどいい、これは絵筆なんだが自分は絵心がなくずいぶん持て余していた、とね」
明春は矢立を手に入れ、負けていた男はいくらか銭を手にした。
「だが、それも負けたんですがね」
「そうだろう。そういう手合いは、引き際を知らない」
バルテリンク氏さえ、そのあきれた話に口をはさんだ。
「さすがにすっかりしょげて、『帰ります』ってね。
すると表へ出る戸がひとりでにすっと開いて、ふわり、と入ってきたのは白い雲」
男はふんどし一丁に空の頭陀袋を下げた姿のままそれに乗って、夜空へ飛んで行ったのだという。しばらくするとくしゃみが遠くでこだました。
「そいつは近くの山に住む妖術使いで、たまに身なりを町人風に整えてここに来るのだと、賭場の者は顔色ひとつ変えないで話してくださいましたね」
「まあ。きっと妖術使いの恥さらしね」
唐風の女の言葉に、みなうなずいた。
「でも、妖術使いから買った絵筆。だから、あなたが虎を描いたら、ああいうふうになったということかしら」
見れば虎はまた、毬のように丸くなっている。
「その通り。まさかそんな霊験あらたかな筆を、絵心がないからと博打でなくすたあ、間の抜けた妖術使いもあったもんで」
「お前の絵心もあやしいものだ」
バルテリンク氏は厳しい。
「なのにその筆は、お前の絵ではないと本物にならない」
「なんですって」
唐風の女、驚いた。
「どうなっているんですの、その筆は。明春さん、ひとつこの妾に何か描いておくんなさいな」
やんごとなき奥方に、明春、なにを描くこととなるのか。
* *
「ちぇ。なんだか妙な話をしてらあ」
皆がしたたかに酔いしれているところ、こっそりと隅のほうにいたのは霧丸と吉っつあんである。
こっそりと。
誰の目にもつかぬよう。
学問上の話でやかましい卓もあれば、ただただうかれ、踊る歌うの卓もある。
「こっちには、都合がいいや」
「そうだね」
もじゃもじゃした吉っつあん、なにか口をもぐもぐさせている。
「どうしたのさ」
「まんじゅうを失敬したよ。霧丸も食べなよ」
胡麻のあんが入った大きな饅頭である。
捨てても置けないので、霧丸もひとくちした。