四
明春と呼ばれた絵師は唐風の女に酌をされながら、すこしずつ口の滑りがよくなってきた。
「そのころは俺も京の都の師匠についていたんだが、だんだん兄弟子やらなにやら、めんどうになってきてね。頃合いを見て飛び出して、それからはほうぼうの名手を訪ねては教えを乞う暮らしになっていた。
その時俺の師匠がえらかったのは、そんな俺にも一筆持たせてくれて、旅先であやしまれないようにしてくださったことなんだね。今でもそれはありがたいと思っている」
若き日のこの絵師はさきほどの虎の絵の講釈の通り、旅暮らしだったようだ。
「ところで長い旅の間では、たまに道連れ、ってなことにもなる。このバルテリンク師もそうなんだが、なんとなく気が合うやつというものはあってね」
これはとある晩、古寺のすみっこにねぐらを定めたときの話であるという。
* *
「誰もいない古寺にしては、妙に掃除が行き届いてこざっぱりしていたんで、さては、と思ってはいたんだが、その時俺はくたびれていたもんで、持ってきた食い物と酒を腹につめて、観音様の裏あたりで早寝を決めこんだんだな」
妙に掃除が行き届いた古寺。
ひとり旅の者は覚えておいたほうがよいことがいくつもあるが、これはそのひとつであるかもしれない。
「案の定、寝入ってしばらくすると、がやがやと人が集まり始めて、茣蓙を長く敷いて、胴元がお出ましになり、御開帳となったのさ」
そこはその土地の賭場だったのである。
「俺はそのまま小声で賽を振る音を聞いていたよ。そもそも、遊んでいらっしゃるところに観音様の裏からぬっと出るのも面倒のもとだろう。聞いているだけというのもなかなか乙なもんだよ。このあたりの旦那さんやおかみさんが小銭を張って、誰かが勝って、誰かが負けて、帰っていく、それだけなんだがね」
明春、最初からずっと、負けが続いているのにやけにねばる者がいることに気が付いた。
「なかなかじれったいことを言っては、また張って、また負ける。
次にまたじれったい言い訳をして、また張って、また負ける。
どれも同じ声なんで、わかるようになっちまいました」
その声は。
いつか頭陀袋の中の銭が尽きて、まず着物を一枚賭けた。
「もう一遍」
二枚目の着物を賭けて、ふんどし一丁となった。もうお止しなさっては、と、胴元の落ち着いた声がした。
「ええい。ではどうだ」
それも負けてしまい、そいつは自棄になったらしい。
「この矢立はどうだ。筆は絵筆だ」
矢立。
「実はそのとき、俺は矢立が壊れていて、どうにかしたいところだったんです」