魔女
三題噺もどきーじゅっこめ。
少女が、魔女に会いに行く話。
お題:えんぴつ・チョコレート・ココア
深い、深い、森の奥に。
えんぴつのように尖った3つの屋根と、ぐにゃぐにゃと曲がった形が特徴的なお屋敷があった。
そこには、恐ろしい魔女が住んでいると言われており、周辺に住む村人達は、誰一人近づこうともしなかった。
寒い、寒い、冬の日に。
そんな森のお屋敷へ、1人の少女がやって来た。
「お邪魔します…」
少女は、チョコレート色のワンピースに、ふわふわした白のレースがあしらわれた可愛らしい格好をしていた。
足元もチョコレート色でまとめられており、どこにでもいる、お洒落な女の子という体相だった。
頭の、特徴的な三角帽子を除いては。
「あの〜…」
少女は、玄関をあけ声をかける。
目の前には、一体何人の人が入れるのだろうと、想像もつかないほどに広い、大広間があった。
バラ色と、チョコレート色のチェック柄をした少々派手な、毛足の長い絨毯が敷き詰められていた。
(誰もいないのかしら―?)
あきらめて帰ろうか、と踵を返そうとしたところ―
コツン―と、足音が聞こえた。
「どうかしたのかしら、可愛いお嬢ちゃん?」
いつの間にそこに居たのか、目の前の大広間に彼女は、いた。
まるで最初から、そこに居たかのような佇まいで。
ニコニコと、不気味な笑顔をたたえて。
真っ赤なヒールの高い靴を履き、真っ黒なドレスを纏った彼女は、充分すぎる程その存在感を主張していた。
その頭には、少女と同じように三角帽子を被っていた。
(いつの間に―!?)
「いつの間にって、最初からいたわよ?」
心の声を詠まれたようで驚きを隠せない。
それに、最初からいたとは―?
「あなたが、私の存在を認識しきれないほど弱いって事よ。お嬢ちゃん。」
そんな事が―
「あるんだから、仕方ないでしょう。それか、あなたが私の存在を認めたくなかっただけなのかもね。」
クスクス―と、嘲笑する。
心の内を詠まれ、恐怖心が生まれる。
少女は、その存在感に、気圧され、一歩引いてしまう。
「そうそう。大人しくお帰りなさいな。」
―しかし、そこで踏みとどまる。
「おや……?」
そこで初めて、魔女の笑みに歪みが生じる。
「あ、あの!魔女さん!私に魔法を教えて下さい!」
先程までの恐怖は追いやって、叫ぶ。
微笑みは崩れ、怪訝な表情が生まれる。
「何を言っているんだい、私は弟子なんて取らないし、そもそもお嬢ちゃんのように弱い子では、私の魔法に耐えられないよ?」
少女は、その言葉に一瞬口ごもる。
「……そうです。私はただの人間ですから。」
そう、少女は魔女のような三角のとんがり帽をかぶってはいるものの、ただの人間で、魔法使いですらない。
「はっ、なら尚更だね。お帰りなさいな。今なら、何もしないから。」
「嫌です。」
今度は、即答する。
「…弟がお医者様では絶対に治せない病気にかかってしまって、それを治すには、魔法を使えるようになるしかないんです。」
少女は、一生懸命、訴える。
きっと、彼女も彼女なりに、考えたのだろう。
考えて、考えて、考えて―そして、ここにやってきたのだろう。
「私は、弟みたいに頭が、良い訳でもないし、お父さんとお母さんに迷惑かけてばかりで、何の役にも立てないから……」
少女の目に涙が溢れる。
「だからっ、まほうを、おしえて、ください!!!」
勢い良く頭を下げる。
その勢いで頭の帽子が、床に落ちてしまった。
ぽたぽたと、床に落ちる涙。
パサ―
「?」
落ちた帽子が頭に置かれる。
不思議に思い、顔を上げる。
そこには、魔女が立っていた。
目の前にやってくると、その威圧が肌にビリビリと伝わってくる。
しかしその表情は、三角帽に隠れて見えない。
殺されてしまうのか―
そんな予感が頭をよぎり、目をつぶる。
ギュッ―と、
魔女に抱き寄せられた。
何が起こったのか、分からなかった。
混乱している少女をよそに、魔女は言葉を紡ぐ。
「分かった。弟の病気を治してあげるよ。但し、お嬢ちゃんに魔法は教えられない。そんなことをしたら、村の人に怖がれちまうだろう?」
そういった魔女は、いまだに動けないままでいる少女を連れ、屋敷の奥へと向かう。
「これを、弟に飲ませてあげなさい。」
たくさんの瓶や薬草のようなものが並んでいる棚の中から、一つの瓶を差し出される。
渡されたそれは、チョコレートのようにとろりとした液体だった。
「これは?」
涙を魔女に拭われる。
「私が作った、どんな病気でも治る魔法の薬さ。」
ぱちりと、片目を閉じ、ニコと笑った。
先程までの魔女の威圧など嘘のように。
そうして、大広間に戻ってきた。
「さて、お嬢ちゃんも、そろそろお帰りなさいな。」
―と、その前に
彼女は、もう一度屋敷の奥へと向かう。
今度は、白い湯気のたった、マグカップを持っていた。
「お嬢ちゃんは、コーヒーは飲めないだろう。ココアでも飲んでから、お帰り。外はきっと寒いから。」
受け取ったそれは、とても暖かで、優しかった。
「美味しい―!」
あまく、とろりとしたそれは、心の中まで温かくしてくれた。
「そうかい。それは良かったよ。いつも私が飲むのはコーヒーだからね。うまくつくれたならよかった。」
―ま、そんな難しい事でもないんだけどね。
そんな魔女は、人々が語り継いでいるように恐ろしくは無かった。
とても優しい、母のようだった。
「それを飲み終わったら帰るんだよ。親が心配するだろう。」
「はい。ありがとうございました!」
お礼を言い、屋敷を離れる。
森の入口まで来たところで、
「あれ?私、何でこんな所に……?」
その手には、魔女に貰った薬が握られている。
「これは……?」
不思議に思ったものの、それを捨ててはいけないと、頭のどこかで、誰かが語りかけていた。
彼女の、頭にあったはずの三角帽子は、いつの間にか無くなっていた。