おばあちゃんの鏡
「あら、鏡が曇ってきたわねぇ。」
おばあちゃんは毎朝そう言っている。
この次の言葉もいつも同じだ。
「お父さんに磨いてもらわなきゃ。」
ぼくもいつもと同じ言葉を返す。
「そうだね、頼んでおくよ。」
おばあちゃんが鏡の中のぼくに目を移す。
「ありがとうね、泰助。」
「それはお父さん。ぼくは晃助だよ。」
ぼくらは毎日この会話をしている。
お父さんはぼくとは全然違うのに、おばあちゃんには同じに見えるらしい。
おばあちゃんが言う‘鏡’は、おばあちゃんのおばあちゃんからもらった物だそう。
なんと江戸時代のもので、現代の鏡とは違って時間が経つと曇って何も映らなくなるらしい。
だから曇るとおじいちゃんが磨いてくれていたって聞いた。
そのおじいちゃんはもういない。
それだけじゃない。
その鏡も戦争のときに壊れてしまったと、ぼくが小さいころにおばあちゃんが自分で言っていた。
今、ここにあるのは普通の鏡だ。
「あら、鏡が曇ってきたわねぇ。」
冬休みに入ると、ご飯を食べ終わるたびにそう言うようになった。
段々と返事をするのもおっくうになってくる。
それにじっさい、何も映らなくなってるんならいいけど、その鏡にはおばあちゃんが映っているじゃないか。
…でも、ちょっとくすんできてはいるな。
そうだ、ちょうど冬休みの自由研究をやらなきゃならないんだった。
たしか鏡の汚れはしつこいからいろんな道具を使ってみましょうって家庭科の時間に先生が言っていた。
鏡掃除を自由研究のテーマにして、おばあちゃんの鏡をきれいにしてあげよう。
一石二鳥ってやつだ。
早速、お母さんのスマホで掃除方法を調べた。
新聞紙、お酢、クエン酸、重い…なんだこの字、読めないや。
「それは重曹ね。洗面所にあるわよ。」
お母さんに話したらほとんどのものが用意できた。
ノートに『鏡そうじにもっとも効くアイテム』とテーマを書く。
そして模造紙にどんなふうに書くかの構想を練った。
実験は夜だ。
おばあちゃんが寝静まった8時すぎ。
「晃助、おばあちゃんが寝たぞ。」
お風呂から出るとお父さんが声をかけてきた。
チャンスだ。
そして実験は成功した。
おばあちゃんにバレることもなく、鏡はピカピカになり、洗剤とクエン酸ではきれいになる汚れが違うということもわかった。
次の日の朝。
ご飯のあと、いつもどおりおばあちゃんが鏡の前に行った。
「あら、鏡が……きれいになったわね。」
おばあちゃんが鏡からぼくに目を移す。
「ありがとうね、晃助。」