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オニキス伯爵家04 『一年後』

「結局、何一つ旨味のない婚姻になってしまいますわね」



モルガナイト男爵令嬢襲撃事件によって、全ての事情が変わってしまった。

ギベオン公爵家は王家を離れ、コランダム公爵家も手を引いた。ユージーン殿下とレイチェルの婚約を国王は認めたが、有力貴族は全て彼女を迎え入れることを拒み、男爵家に籍を置いたままのものとなってしまった。

伝え聞いた話によると、モルガナイト男爵夫妻は喜ぶどころか良心の呵責に苛まれているとか。何度か会ったことがあるが、よくいる純朴そうな田舎の領主そのものであったから、こんな王国を揺るがす立場に引きずり出されれば当然のことだろう。レイチェルと言う娘は、何と親不孝な娘だろうか。貧しい生家に十分な援助をしてもらって引き取られたというのに、このような針の筵の上に養父母を立たせるなど、何と性悪な女だとメイベルは他人事ながら憎しみさえ湧いてくる。


王家は恐らく長年に渡るギベオン公爵家の干渉が煩わしかったのではないだろうか。これを機に暫く大人しかったコランダム公爵家に筆頭貴族としての役割を与えることで、貴族達のバランスを図ろうとしたに違いない。けれどもメイベルが危惧したように、大人達はユージーン殿下とレイチェルの制御を誤った。


「アデレード様はユージーン殿下の御気性を随分と理解していらっしゃるようですね」


襲撃事件はギベオン公爵家が裏で糸を引いているのだろう。その行動が意味するところは、ユージーン殿下に有力な後見をつけさせない為。王位から遠ざける為に仕組んだのだろう。冷遇されてはいても、婚約者の言動への目配りを欠かさないところは流石である。


「お前の言う通りになってしまったな。これで第一王子が王太子になるかは分からなくなった」


コランダム公爵派の家々も、ようやく目が覚めたようだ。怖気づいたコランダム公爵が内々に手を引くように指示を出したからだろう。メイベルに言わせれば『ほら見たことか』といったところか。


「少し、様子を見ましょう」

「様子を?そんなことを言っていたら、お前の婚期が……」


オーア王国の貴族女性は学院の卒業と共に婚姻を結ぶのが一般的である。弔事の絡みで遅くなることもあるが、大体は20歳までに婚姻する。『少し』というのがどれほどの期間になるかは定かではないが、現在18歳のメイベルが待てる時間などそう長くはない。幼い頃に病気で亡くなった母親が生きていたら金切り声を上げて父伯爵に詰め寄っていただろう。


「そんなことを言っている場合ではありません。ここで見誤れば、我が家などどうなることか」


第一王子の地位はあまりにもあやふやなもので、このまま彼を支持し続けるにはリスクを伴うだろう。ここは問題を先送りにするのがベストだ。しかし、メイベルの結婚相手はレイチェルに傾倒するスチュワート・テクタイトである。否応なく第一王子派になるに違いない。


「私一人の婚期が過ぎようとも、万が一お取り潰しにでもなれば御先祖様に顔向けできませんわ」


父として娘の幸せを第一に考えたいが、今回ばかりは苦渋の判断をするしか道はない伯爵だった。





+++++




一年後、メイベルは婚約者スチュワートが住むテクタイト家を訪れていた。


スチュワートは騎士団に入り、メイベルは父の仕事の手伝いをしながら女主人として家政を回す毎日を送っていた。逢瀬の時間も学生時代と変わらず、月に一度テクタイト家にメイベルが訪れて一時間後に帰宅するという淡白な付き合いのままだ。彼には婚約者を喜ばせる為に流行りのカフェや観劇に連れて行くという思考は無いのだろう。とても残念な脳みそだ。


「あら。今日もスチュワート様は不在でいらっしゃいますの?」


そして最近は約束の日時に訪問しても本人が不在ということだ。理由を告げる執事が恐縮しているが、とんでもない主を持つと使用人は苦労するとメイベルは同情する。


「申し訳ありません。騎士団から急な呼び出しがあったとかで……」

「まぁ。スチュワート様は人気者ですのね」


まだ役職にも就いていない新人を非番に呼び出す訳がない。どうせ王宮に妃教育で上がっているレイチェルが我がままを言って呼び出したのではないだろうか。ユージーン殿下の側近として護衛騎士にはなったものの、だからといって一応は未婚女性であるレイチェルに侍るのはいかがなものか。場所が場所だけに友人として会いに来たという場所でもない。職分を越える行為は顰蹙を買うと何故分からないのだろうか。


ユージーン殿下のことがなくともメイベルの中でスチュワートの常識外れの行動は許すことが出来なかった。早く解消に至る決定的な行動を取ってくれないかとさえ思っている。


「あらあら、メイベル様。いらっしゃいませ」

「御機嫌よう。ヘンリエッタ様」


そこに現れたのは、スチュワートの兄嫁であるヘンリエッタであった。グランディディエライト子爵家の娘で、メイベルより少し年上で直接の付き合いはなかったが、テクタイト家を訪れるようになってから親しくしていた。


「スチュワートさんは今日も不在ですの?」

「はい。騎士団からの呼び出しで……」

「だとしてもメイベル様がいらっしゃる前に御連絡差し上げるのが筋と言うものでしょう。それにこうも度々休日の人間を呼び出すこと自体がおかしいわ。苦情を入れる必要があるわね」

「奥様、それは……」


義弟の無礼な行動にヘンリエッタは顔をしかめてみせる。彼女は子爵家出身だが、実家が国内でも有数の商会を営んでいる為に婚家でも非常に大事にされていた。メイベルには言いにくいことをハッキリ口にしてくれるので、テクタイト家の人間だとしても彼女のことは好きだった。


「ごめんなさいね、メイベル様。この件は私の方から夫や義父にも話しておきますから」

「お気遣いありがとうございます」


ヘンリエッタのことだから本当に報告するだろう。それを受けてスチュワートに改心されても困るのだが、家族に叱責されて小さくなるかもしれないスチュワートを考えると少し溜飲が下がるというものだ。


それからヘンリエッタにお茶に呼ばれて、この日は帰宅したのであった。

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