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コランダム公爵家 『制御不能』

コランダム公爵家はオーア王国建国以来の臣下である。

しかし、この100年余りで王家の血は遠くなり、それに比例するように王宮で要職に就く者が減ったように感じられて、コランダム公爵は焦っていた。このままでは息子、そのまた子どもの代には降爵も有り得るのではないかと危惧していたのである。無論、領地を正しく治め、不正など犯さなければ滅多なことでは降爵など起きるような情勢でもなかったが、神経質な性格が悪い方向に思考を向かわせたのだった。


そんな中、コランダム公爵家に転機が訪れた。

寄子であるモルガナイト男爵家の養女・レイチェルが、第一王子ユージーン殿下の寵愛を受けているというのである。ギベオン公爵家のアデレードという美しく女性的魅力に溢れる完全無欠な淑女を放っておいて、どちらかといえば幼児体型で、はすっぱな言動が目立つ素性の卑しい娘を選んでいるという現状は、男としては殿下の審美眼を疑うものだが、当主として考えれば好機であった。


アデレードを蹴落とし、レイチェルをコランダム公爵家に養女に迎えて、自分の家から王家に嫁がせる算段を立てたコランダム公爵は、すぐさま家臣団にレイチェル・モルガナイトを援護するように言い渡した。特にオニキス伯爵家やフローライト伯爵家には同年の娘がいるので役に立つだろうと思われたが、コランダム公爵も想像の域を超えることが起こったのだ。


オニキス伯爵家の娘達は、レイチェル・モルガナイトが不自由なく学院で生活を送れるように取り計らったものの、特別なことはまだ何もしていなかった。公爵も近いうちにレイチェルの立場を確立する為に何等かの手段を取ろうと思ったのだが、それより先に何故かユージーン殿下自らがアデレードに裁きを下したのだ。


しかも矢面に立ったのはアデレードの双子の兄であるパトリック・ギベオンで、アデレードの罪を証言したのも家名からギベオン公爵家の寄子のもので、報告を受けたコランダム公爵は意味が分からず、混乱した。普通、同じ陣営の不祥事は庇うか、隠れて処理するものではないだろうか。こんなにも堂々と自分達の弱みとなるようなことを何故するのだろうかと、不思議に思ってならなかった。


そうして公爵が混乱している内に、ギベオン公爵は抗議したものの王家に退けられ、烈火のごとく怒り狂って全ての公務を放棄すると、親族と共に領地へと下がったのだった。王家がギベオン公爵家を切ったことも意味が分からなかった。


コランダム公爵としては、自陣営から国母を出すことで王宮内での地位を確固のものとしたいという程度であった。言い訳になるかもしれないが、決してギベオン公爵家を追いやることまではするつもりはなかったのだ。事態が自分でも思っていた以上のことに転がっていってしまったことに内心では怖気づく思いであった。


ギベオン公爵家が王都から去り、王宮は蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。コランダム公爵も流されるように必死に仕事を片づけていたが、仕事はやってもやっても終わりが見えない。ユージーン殿下はとんでもないことをしてくれたと官僚から末端の役人まで恨み言が飛び交っている。コランダム公爵家の家臣達の目にも不満の色があって、公爵は魚の骨が喉に刺さったような言いようのない不快感が続いていた。


一方で、ユージーン殿下からはレイチェルを養女に迎えてくれないかと言う打診もあった。だが、王国を混乱の渦に陥れた人間を後押しするのを公爵は躊躇った。常識の埒外にいる彼らは、また自分の想像をする以上のことをやるのではないかと恐れを抱いたのである。


けれども家臣達には、この件を後押ししてしまった手前、断ることも難しい。


「レイチェルはユージーン殿下には相応しくない!我が家が養女に迎えるなんてもっての外だ!」


そうした中で、反対する者が現れた。コランダム公爵の長男だった。彼はレイチェルの信奉者として同年代の者達の間では有名である。例によってユージーン殿下とは同学年であったが、成績やら派閥やらの関係で残念ながら側近にはなれなかった。彼は取り巻きというほどではなかったが、レイチェルに花束や装飾品を贈っているのを何度も目撃されている。


身分が釣り合わないだなんだと難癖をつけ、この話を断るように父に訴えてきたのであった。確かに王家にも相応しくないが、公爵家にだって相応しくないというのに、こうして反対することで自分にもチャンスが回って来るのではないかと考える息子の浅はかさに、公爵は頭が痛くなった。


周囲の貴族達に探りを入れてみれば、同様に王子ではなく自分にこそレイチェルは相応しいとのたまう息子と、絶対に受け入れてはいけないと主張する夫人や娘との間で板挟みになる当主達という不可思議な構図が、どこの家でも起こっていたのである。


自分が支援しようとした女は、とんでもない悪女だったのではないかという考えが脳裏をかすめた頃、レイチェルが彼女の信奉者を名乗る男に襲われたのだ。幸いにも護衛が駆け付けた為、事なきを得たが、ユージーン殿下は彼女の信奉者達への警戒を強めた。


結果として、ユージーン殿下側から、養子縁組の話はなかったことにされてしまった。遠回しではあったが、有り体に言えば『貴様の息子のレイチェルを見る目が気に入らない。同じ空間にいるだけで汚れるようだ』とのことだった。あんまりな言いざまであったが、親であっても息子の狂気にも似た眼差しに、さもありなんという感想しか抱けなかった。


「ユージーン殿下はどこへ向かう気なんだろうな」


コランダム公爵は人知れず、ぽつりと呟いた。

ギベオン公爵家は手を引いた。自分達コランダム公爵家も手を引くことになる。それぞれの家臣団の家も手を貸すことはないだろう。この二つの派閥以上に後ろ盾になるような家は無い。モルガナイト男爵家では支度をすることさえ難しいだろうに、どうするつもりなのだろうか。全てを捨てて臣籍降下するならいざ知らず、どう考えてもユージーン殿下の態度はそれとは違った。


「とんでもないことになった……」


この愚かな喜劇の幕を無理やり開けさせたコランダム公爵であったが、幕引きまでをコントロールすることは出来なかったのだった。

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