オニキス伯爵家08 『第三王子の結婚』
エドワードが学院を卒業したということは、同学年であった第三王子ジャスティン殿下も卒業したということだ。つまりこの年、ジャスティン殿下と婚約者サラ・ラズライト伯爵令嬢の婚姻の儀が行われるのだった。学院時代の内に日取りは決まっていて、メイベル達の結婚式よりも早い。学友ということもあってエドワードは舞踏会にも招待されていて、メイベルはパートナーとして参加することになった。
「久しぶりの王都ですね」
「えぇ。エドワードの帰省をご家族も楽しみにしていらっしゃるんじゃないかしら?」
三ヶ月程度しか一緒に暮らしていないが、日常生活で『さん』付けや『嬢』と呼び合うのが堅苦しいような気がして、名前で呼び合うようになっていた。敬語も止めようとしたのだが、何だかしっくり来なくてこちらは変わらないままだ。
一応、王都での滞在先は、メイベルはオニキス伯爵家のタウンハウスに、エドワードはグランディディエライト子爵家で過ごすことが決まっている。婚約者であるとはいえ、未婚の女性の家に泊まるのは望ましくないとエドワードの母親から遠慮するようにと指示が来たらしい。領地では同じ屋根の下で暮らしているのだから今更ではあるのだが、メイベルの体面を重んじてくれているのは義両親から大事にされているようで嬉しかった。
「どうせ実家は皆忙しくしていますから、私のことなど気にも留めないか、丁度良いのが帰って来たとこき使われるのが落ちですよ」
以前聞いたように、グランディディエライト子爵家の当主夫妻は非常に多忙らしい。長男は子どもが小さいので極力家にいるように努力しているらしいが、次男は世界各国を飛び回っているし、姉はテクタイト侯爵家に嫁いでしまって、実家に帰ったところで手持無沙汰な感は否めない。
「それより私はメイベルと過ごす時間が少なくなってしまうことの方が辛いです」
相変わらずエドワードはメイベルを喜ばせるような言葉を贈った。きっと伯爵位を狙っているのだろうとも分かってはいるものの、その言葉がどうにも嬉しくてたまらなかった。鈍いメイベルであっても、自分がエドワードに恋をしていることには気づいていた。
年齢差を恨んだ夜もあった。しかし、どんなに嘆いても生まれた年は変わらない。だから一番に愛してはもらえなくても、彼の伴侶として十分な働きをしようと決めたのだ。彼に愛する人が出来て、子どもを授かったのなら、エドワードとその女性と子どもが幸せに暮らせるように取り計らおう。エドワードなら、例え白い結婚であっても自分のことを尊重してくれるだろうとメイベルは考えたのだった。
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ジャスティン殿下の婚姻の儀は終始圧巻であった。
流行の最先端を行くヴェートマンからデザイナーを呼んで作らせた花婿と花嫁の衣装は、誰も見たことがないくらい煌びやかで、それに霞むことのないサラ妃の美しさとジャスティン殿下の男ぶりに、民衆達は歓喜した。王族の過分な支出に目を光らせる類の者達も、婚姻の為に揃えた品の全てをラズライト伯爵自らの財産で選び揃えたものだと知っているから嫌味の一つも言えないようだった。
今回の夜会ではエドワードをオニキス伯爵家の跡取りとして顔見せすることになっていたので、オニキス伯爵と共にメイベルとエドワードは挨拶回りに精を出した。一通り重要な人々との挨拶を終えると、気を利かせた伯爵によって二人きりにさせられたメイベルとエドワードは、どちらともなく大きく息を吐いた。
「お疲れ様です、エドワード」
「私は大丈夫です。メイベル、貴女の方こそお疲れでしょう?」
家の中では歯に衣着せぬ姉が娘時代、夜会用のドレスや靴、髪の支度にうんざりしていたのを見てきたエドワードからすれば、自分よりもメイベルの方がずっと大変だと思ったのだ。そして、お互いの気遣いが嬉しくて、また笑い合う。
「素敵な御式でしたね」
エドワードは、シルバーグレーのタキシードに身を包んでいる。シンプルなデザインだが、上質な絹で出来ていて、非常に高価な品だと分かるだろう。しかし衣装に着られるということもなく、とても似合っていて格好良く見えた。
「えぇ。ですが式よりも貴女に見惚れてしまって……」
対して、メイベルはといえば、淡いライラックのドレスをエドワードから贈られていた。オフショルダーでデザイン自体は流行の型だが、外側の薄いピンクのチュール生地のお陰で、光の加減によっては赤いドレスにも見える不思議だが素晴らしいものだった。紫色のドレスというものは下手をすれば、どぎつくけばい印象を与えてしまうものだが、メイベルの栗色の髪と初々しい雰囲気が清楚なものに見せていた。
「も、もう!エドワードったら!」
恥ずかしくて、グッと押しやると、エドワードが面白そうに笑っている。
「本当ですよ。先程は見惚れてしまって言葉を選べませんでしたが、今日の貴女はいつもより美しいです」
砂を吐いてしまうくらい甘い台詞をよくもまぁ思いつくものだとメイベルは感心してしまう。彼のメイベルへの賛辞のレパートリーは一体いくつあるのだろうか。
「飲み物を取って来ましょう。あちらで少し休んでいてください」
そう言ってエドワードは少しだけメイベルから離れる。メイベルも友人はいないかと辺りを見渡したのだが、友人を見つけるより早く、誰かの視線を感じた。
「……あの方が……」
「…………エドワード様の……」
エドワードの名前が聞こえて、視線を感じると言うことはメイベルについて何らかの話をしているのだろう。気づかないふりをしながら耳をそばだてた。相手もこちらが気づいていると知っていて、わざと聞こえるような声の高さで話をしているようだった。
「何よ、行き遅れのババァじゃない」
「フフッ。ちょっとハッキリ言い過ぎよ、事実だけど」
「年増のくせに爵位で若い男を買おうなんて浅ましいわね」
ずっと領地にいて聞くことはなかったけれど、それはメイベルが恐れていた言葉達だ。エドワードを爵位で買ったつもりはない。けれども年上で、別の男との婚約を解消したばかりの女が新しい若い男に乗り換えたとなれば、そのような無責任な噂が広まるかもしれないとは思っていた。
「あーあ。お金に目が眩んで年増に手を出すなんて、エドワード様って小さい男だったのね」
自分が笑われるだけなら良い。学院時代から、婚約者に見向きもされない魅力の無い女だと笑われてきたのだ。今更だ。けれどもエドワードが侮られるのは我慢できなかった。
何か言い返してやろうと振り返ろうとしたメイベルの腕を取る者がいた。グッと強い力で握られて驚いて顔を上げれば、
「スチュワート様……?」
かつての婚約者が、どうしてかメイベルの腕を握っていたのだった。




