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オニキス伯爵家01 『始まり』

「第一王子の正妃として、男爵家の令嬢を支援せよ」





その日、メイベル・オニキス伯爵令嬢は王立学院から帰宅すると、すぐさま父親である伯爵に呼び出された。父の執務室に入ると、普段とは違う重々しい父の様子に、居住まいを正したメイベル。しかし、その口から飛び出した台詞が、あまりに突拍子もなくて言葉を失った。


「ユージーン殿下の正妃は婚約者である公爵家のアデレード様です。男爵家の娘を祭り上げるなど恐れ多いことですわ……」


オーア王国には王妃が産んだ王子が三人いる。

後継者は明確に指名されていないが、長子である第一王子ユージーン・トパーズ殿下が最有力だと言われている。それは建国からの臣下であるギベオン公爵家の長女アデレードと幼い頃から婚約しているからだ。


対して、第二王子の婚約者は隣国の王女で、王配になるべく既に隣国へ留学している。第三王子はユージーン殿下よりも五歳年下で、最近ようやく婚約が調ったばかりだが、相手はラズライト伯爵家の娘である。兄達に比べて格下の家を宛がわれたようにも見えるが、ラズライト家は諸外国を飛び回るやり手の貿易商で、国内でも指折りの資産家であると聞く。臣籍降下後を見据えての差配だと噂されている。


そのような状況から、国王陛下はユージーン殿下を後継にするだろうと国中の誰もが考えていたのだが、近頃どうもきな臭い。


「だが、殿下の御寵愛はアデレード嬢にはなく、いずれ解消されるそうじゃないか」


貴族の子女は王立学院に通学することが定められている。それは王族も例外ではない。ユージーン殿下、婚約者であるアデレード。殿下の側近はもちろん、王室によるベビーブームで生まれたメイベルもまた同じ学年に在籍している。


このまま問題なく学院を卒業した後、婚姻し、立太子の儀を行うというのが歴代の国王から見る既定路線であった。しかし、今年度より編入してきたレイチェル・モルガナイト男爵令嬢の存在が波乱を呼び込んだ。


モルガナイト男爵には実子が無く、親戚筋から平民を養子に取ったとメイベルも聞いていた。オニキス伯爵家とモルガナイト男爵家は、同じコランダム公爵家の寄子で、領地も遠くない。平民上がりにも関わらず、帝立学院の最終学年に編入してくるなんて随分と無茶なことをすると思ったのだが、同じ家中の誼で世話をするつもりでいたのだが、思いがけないことが起きたのだ。


編入初日に遅刻した挙げ句、本来なら職員室に向かうところを何故かユージーン殿下にエスコートされて教室に現れたのだ。ユージーン殿下は隣のクラスで、すぐに出て行ってしまったのだが、優越に満ちたレイチェルの顔をメイベルは今でも忘れられない。それ以降もユージーン殿下は度々メイベル達の教室に現れ、昼休みや放課後も親しくしている姿が目撃されるようになったのだ。


本来の婚約者であるアデレードのことなど視界にも入れず、レイチェルの周りに侍る殿下の姿はメイベルの目には浅ましく映り、今や尊敬の念などかき消えた。


「あの娘に肩入れしたところで、ろくなことにはなりませんよ」

「学院の成績は優秀だと聞いているが?」

「もちろん学業は問題がないようです。しかし、あのはしたなくて無礼な娘に従う貴族なんておりませんよ」


レイチェルは確かに成績は悪くなかった。平民なのにどこで学んだのか分からないくらい、算術に長け、歴史への造詣は深い。けれども口を開いた途端、残念な言動が目立ち、良識ある者達がこぞって眉をひそめることとなった。


まず、何事にも男性に頼る。分からないことがあれば近くにいる女子生徒に声を掛ければ良いのに、わざわざ遠くの男子生徒に、『助けてくれる人など誰もいない』といった風に話しかけるのだ。親切な女子生徒が教えてあげても、男子生徒に改めて聞きに行く始末。


更には下位貴族が親しげに高位貴族に話しかけるなど恐れ多いというのに彼女は気にも留めない。高位貴族は幼い頃から婚約している方もいるというのに、見境なく彼女の周りに侍らせているのだ。ユージーン殿下にも気安く話しかけ、あまつさえ『ジーン様』などと愛称で呼んでいる。


「殿下の卒業後の予定は決まっておいでです。だからこそ、アデレード様は学院では一歩も二歩も引いて、モラトリアムを楽しむことができるように気を配っていらっしゃったのに」


自分を差し置いて一介の女子生徒に侍る婚約者を見るのは辛いだろうに、アデレードは落ち着いていた。いずれは元の形に収まると思っていたのかはメイベルには分からない。しかし、同年代の最も高貴なレディとして彼女は学院の女子生徒達の憧れの的であった。才知に長け、慈悲深く、美しい。ギベオン公爵の華ともいえる彼女に倣い、レイチェルに対して苛めなどという見苦しい真似をしないような風潮であった。


「アデレード様の献身は、学院のほとんどの女生徒は理解しておりますのに。あの娘ときたら……」

「しかしながら、寄親であるコランダム公爵が、その娘を推すのであれば従う他ない」


ギベオン公爵家と共にコランダム公爵家もまた建国以来の臣下である。だが、ここ百年ほど王室にもコランダム公爵家にも女児の誕生がなく両者の血は遠くなりつつあった。そこにきて寄子が王子の寵愛を得たと聞いて舞い上がってしまったに違いない。ギベオン公爵家が黙って見ているとは思えないが、寄親の判断だというのなら家臣は従うべきなのだろう。


「お父様。私の婚約者であるスチュワート様が、あの娘の熱心な信奉者だと御存じですか?」


ふと、気になったのでメイベルは口に出していた。

王国では女子の爵位継承を認めていない。一人娘のメイベルは、テクタイト侯爵家の次男スチュワートを婿として迎えることが決まっている。彼もまた学院の同学年で、ユージーン殿下の側近だ。そして例外なくレイチェルの信奉者であった。


「……若気の至りだろう?その娘が王子妃となれば目が覚めるだろうよ」


父も知っていたのだろう。上司の言葉を真に受けたわけではなく、それなりに自分でも調査したに違いない。その上でスチュワートの浮気とも言える行為を見逃せというのには腹立たしい。


「そうですね。だからこそ、この件に関してはスチュワート様にお任せいたしませんか?」

「何?」


メイベルは本心を隠しながら父に一つ提案をした。


「殿下の側近であるスチュワート様がいらっしゃるんですもの。わざわざ我が家が動いてまで御膳立てするようなこともありませんわ」


『いずれ婿になるのだから』と父が甘い判断をするのだから、メイベルもまた同じ言葉を以て対応しようというのだ。まだ婚約の段階にあって、結婚は未来の話だ。確約などないのだからお互いの身辺は綺麗にしておくべきなのに、自分ばかりが忍耐を強いられることにメイベルは我慢がならなかった。


「もちろん、私はあの娘……かの御令嬢が学院で不自由が無いように取り計らいます」


それならば良いだろうと言えば、父は少し考えて『是』と答えた。寄親の意志とはいえ、表立って騒いでギベオン公爵家に睨まれるのも愚かな話だろう。


「でも、もしスチュワート様の『恋の魔法』が解けなければ、お父様はどうなさいますか?」

「馬鹿な。我が家に婿入りしなければ、騎士としての出世は見込めんのだぞ?」


スチュワートは次男だ。テクタイト家の財産は長男が継ぐ。来年度以降は騎士団に入団することが決まっているが、そこで後ろ盾になるのは生家ではなく婚家の力である。だからこそ政略結婚であっても妻を蔑ろにできないものなのだから、父は楽観しているのだろう。けれどもスチュワートは婚姻以前から妻になるはずのメイベルを軽んじている。


結婚すれば変わるのだろうか。変わるとは思えないと思いながらメイベルは執務室を後にした。

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