第 十二 話 領主の館
「で、でけぇ……」
立派な洋館が俺の目の前に。
こいつが、領主の館。
この規模の館、相当の実力者と見た!
「アキラ、辺境の領主の館だから小さいけど、ちゃんと敬意をもって接しないとダメよ」
クレアに言われた。
これ、小さいか?!
日本人の俺にとって、十分立派でデカい屋敷に見えるけどな。
他の領主の家ってこれよりデカいのか? この屋敷が小さいって、どんだけ……
俺は、頭を振って弱気になりそうな考えを振り払う。
「よしっ!
だな、クレア! 大阪城とか日本の城に比べりゃ、所詮「家」だ。
大した事ねぇよ。
俺の家に比べたら多少デカいので、ちょっとビビってしまったが、クレアのおかげで気持ちが落ち着いたよ。
サンキュー、クレア!」
交渉前だってのに、雰囲気に呑まれてどうする!
おっし!
俺は、顔を両手で叩き、気合を入れた!
おちゃらけは、無しだ。
ガチに行かせてもらうぜ!
「ねぇ、大阪城って、何処の城?
アキラの国の城なの?
アキラの家って、どんなのだった?」
折角気合入れたのに、質問攻め。
聞かれたので答えるけど、今、必要な事か?
「えっと、大阪城は俺のいた国、日本の城だ。
クレア、日本には、その他にも沢山の名城があるんだよ。
因みに、俺の家は木造2階建てのアパートだ!」
説明したよ。
満足か? そんじゃ早く行
『アパートって、何ですか!』
……オクル、お前もか。
「うるせな、集合住宅だよ!
質問なら、後で受け付けるから、もう中に行かせてくれよ、お前等!」
せっかくヤル気満々だったのに、調子が狂うじゃないか。
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領主、ゴンゾーラ男爵 邸宅――
クレアを先頭に、俺達はこの家の使用人に案内され屋敷の中を移動中だ。
フリフリの可愛いメイドさんの案内なら良かったのだが、おっさんが俺達を案内してくれている。
男など興味が無い。
だが、
「ほう……」
目に映る調度品や屋敷の内装。
俺的に珍しいし、もうちょっとゆっくり見て周りたい気分なのだが、クレアが慣れた様子で進んでくので、大人しくついて行く。
いや、ホントに素晴らしい。
建物の造りや装飾、観光地に来た気分だぜ。
こんなのに住んでるなんて、生意気な。
……いや、デカすぎて掃除が大変だろうから、そうでもないか。
俺なんか、あんな狭い部屋すら掃除がまともに出来なかったのに、こんなデカイ屋敷の維持管理など無理だな。
『ア、アキラ様、お、俺、こんな立派な建物に入るの初めてで、不安です』
俺にしがみつきオクルが言ってきた。
だよな。
好感もてるぜ、お前。
「うむ。
オクルよ、ビクビクするでない。
この屋敷の主人は、王様でも、俺達の上司でもないんだから、普通に、堂々としてれば良いんだ!」
ビビって屋敷の規模に呑まれているのは俺だけじゃなかった。
オクルの態度を見て冷静になれたので、俺の気持ちも幾分落ち着いたぜ。
そうだよ。
なぜ、ビビる必要がある。
徳川家康や首相と会う訳じゃねぇだろ?
せいぜい地方の市長クラスの人間と会うだけじゃねぇか!
『そ、そんなもんですかねぇ』
フフフ、ビビってるオクルがちょっと可愛かった。
「男爵が来られるまで、こちらでお待ちください」
応接室なのか知らんが、テーブルと立派なソファーが置かれた一室に案内してくれたおっさんが、俺達に声をかけてきた。
俺もおっさんだけど、この人は、俺より落ち着いてるし、しっかりしてそうな感じだ。
「あ、ど、どうも。 お手数をおかけいたしました」
俺が挨拶してるのに、クレアったら会釈もせず部屋のソファーに腰かけちゃった。
「いや、お礼くらい言おうよ」
「アキラも座れ」
「クレアったら!
ああ、すいませんね」
慌てておっさんに謝る俺。
「いえ」
俺に言われた男性も苦笑して部屋を出て行った。
何か変な事したか、俺。
「アキラ、私達は客だからな、使用人にそこまで気を使う必要などない」
「いや、必要などない訳あるか。 全く。
クレアは、この家に何度も来てるのか?」
慣れてるし。
「まあな、今日で三回目だ」
三回って……
「それで、よく堂々としてられたな」
「最初は、この街に来た時。
二回目は、昨日だ」
「そ、そうなんだ……」
それで、あの態度って、クレアは結構図太い性格なのかしら? スゲーな。
よし! 俺もしっかりと、そう堂々として、今から来る買い手との交渉に出ないと!
「ありがとな、クレア。
コレで、落ち着いて交渉に臨めそうだ!」
クレアの余裕の態度のおかげで、完全に俺は冷静になれたぜ。
ガチャッ!
俺達のいる部屋に、街にいた人達と明らかに違う洗練された服装のシュッとした男前が先程俺達を案内してくれたナイスミドルと共に入ってきた。
「……若いね」
20代そこそこと言った感じの男前。
金色の髪に青い眼。
整った顔の青年が俺達に近づいてくる。
た、立った方が良いのか?
「ラウル、急に来て申し訳ない」
座ったままのクレアが男前に言った。
知り合い?
「いえいえ、Sランクの冒険者、ドラゴンスレイヤーである英雄 クレア・レッドフィールの来訪とあれば喜んで! 辺境の領主である私の都合など、お気になさらないでください。
まぁ、クレアが俺に気を使ったら逆に気持ち悪いけどな」
ほう、この若造がこの地の領主なのかって、クレア! ドラゴンスレイヤーってお前、竜を倒したのか?!
俺は、驚愕の表情で、クレアを見た。
「……」
そりゃぁドラゴンを倒せるくらいなら、俺の両腕など難なくへし折れるわな。
しかし、クレア!
俺もドラゴンなら(ゲームで)幾度となく倒してるから、良い気になるなよ!
「それで、今日は、何しに来た?」
偉そうに。
俺達の向かいのソファーに腰かけた領主であるラウル・ゴンゾーラ。
若いのに立ち居振舞いが落ち着いてらっしゃる。
しっかりした奴なんだろう。
さあ、商談を始めようか!
俺は、ラウルに負けぬよう優雅に立ち上がる。
「ラウル様、私は、旅の商人、黒田 明。
本日は、領主様の貴重なお時間を、私のようなものにさいて頂き、ありがとうございます」
深く頭を下げた。
出来るだけ丁寧に挨拶しているが、コレで良いんだろうか?
失礼とか無いよね?
チラッ
クレアを横目で見ると、頷いている。
間違いは無さそうだ。
よし、着席!
そして早速だが、
「ラウル、今日は、お前にとって良い話を持ってきてやった。
私の夫であるアキラが持ってきた商品をみてもらおうか」
俺が商談に入る前にクレア……
俺を差し置いて話を進めたのも気になるが、ここの地域を治めている権力者に対して、そんな口の利き方は無いだろう?!
「ほらぁ!」
恐る恐る前を向いたら、領主が俺をめっちゃ睨んでるし!
「クレア。
この、こんな男が、お前の夫だと?!」
指差されて言われてるし、俺!
ちょっと失礼じゃないの。
「私の身も心も、アキラの物だ!」
うむ!
良く言った!
違う、なんの話だ?
俺達は物を売りに来たんじゃなかったのかよ。
「クレア程の女性にそこまで言わせるとは……
アキラとか言ったな、お前は、一体?!
どうしてお前のような者にクレアが!」
そこまで言わせるとはって、クレアに言ってくれなど一言も俺は言ってない!
「おっと、アキラがどこから来たかなどは、私とアキラ二人だけの秘密だからな、詮索しないで頂きたい」
クレアが答えた。
異世界転移者だとは別に秘密にしていないが、クレアには秘密だとか何とか前に言ったような気がするな。
兎に角、俺が不審者ではないと目の前の領主に説明しなければ!
「領主様!
私は商売をしに来ただけで、危険人物であるとか、この領地に危害を加えようと他国から来たとか、そんな危険人物ではありません!
ねっ! どうか、ご安心くださいませ!」
誠意をもって接すれば、きっと解ってもらえる!
「貴様、自己申告で言われて、この私が、はい、そうですか! などと考えると思うのか?」
ですよね。
領主の若造に言われたが、全くもってその通りだ。
逆の立場だったら、俺もそう思うよ。
「アキラの事は、私が保障する!
ラウルは、私の言葉を信頼出来ないのか?」
クレア。
そう言ってくれるのは大変ありがたいが、統治者であるコイツがだな、Sランク冒険者とはいえ、他人の言葉を簡単に信じるとでも思うのか?
領地に入ってきた正体不明の奴がウロウロしてるんだから用心するに決まってるだろう!
「なら、信じよう」
「しっ……」
おっと、やべぇぇぇ!
信じるのかい! って声に出しそうになってしまった。
「あの、クレア。
もうちょっと、領主様に対して、あれだ、言葉使いに気をつけた方が……」
無駄に軋轢を呼ぶような真似はしない方がいい。
「気にするな、アキラ。
クレアのようなSランクの冒険者ともなれば、王族との謁見も許される立場の者。
むしろ、辺境の領主であるこちらが気を使わなければならないんだからな。
この、アキラが言うようにちゃんと敬語を使った方がいいか? クレア」
ハラハラする俺を前にラウルが言った。
そうだな、クレアに敬語を使え! なんて、流石の俺も言えるか! 苦笑いしとけ、俺。
「ふん。
昔、一緒にパーティーを組んだ仲間に敬語など使われてたまるか」
「……そうだよな」
領主が俺を見てニヤリと笑いやがった。
てか、パーティーだと?
「お、おい。
クレア、どういう事だよ?
この屋敷に来たのは、今回で3回目だと言ってたろ?」
「ああ、この屋敷に来たのは3回目だ。
だが、ラウルとは、知り合いだぞ。
……で、それがどうした?」
「いや、どうした? ってお前!」
知り合いどころか、同じパーティーだったって?!
この若造、元冒険者だったってこと?
じゃぁ、何で領主してんだよ。
「ああ、そう言う事か!」
相当俺が驚いた表情をしていたのだろう。
クレアが俺の顔を見て察してくれたようだ。
ラウルの事を教えてくれるのか?
「フフフ、焼きもちか?
だが、心配ないぞアキラ。
私とラウルは、そういう関係ではない。
当時は他にパーティーメンバーもいたし、そもそも昔も今も未来も、この男に恋愛感情が出るなど無いから大丈夫だから安心して良いよ!
だって…… 私の最初の男、アキラだったでしょ。
ずっと一緒だよ、アキラ!」
頬を赤らめてクレアが聞いてない事をべらべらと教えてくれた。
だが、確定した。
ラウルは元冒険者で、クレアと同じパーティーに属していた。 その元冒険者がなんで領主に…… って、凄いラウルに睨まれてるし!
「き、貴様が、さ、最初の、お、お、男だとぉぉ
ク、クレア、お、俺達の、あ、間に、れっ、恋愛、感情は、な、な、無かった、よな」
ラウル、そんな振り絞るように言わなくても…… って、呪い殺す勢いで俺を見ている!
絶対に嘘だろ、お前!
クレアに恋愛感情持ってたろう? いや、今も持ってるんだろう? 未練たらたらじゃねぇか!
「な。
だから、アキラが心配する事ないぞ」
「な。 って」
笑顔でクレアが言うが、全く安心出来ない。
クレア。
お前には、現在、俺を殺す勢いで見ている、この目の前のラウルという男が見えてないのか?
そして、この雰囲気の中で商品を買えと、お前は言えるのか?
「雰囲気も和らいできたところで、商談に入るか。
アキラ、商品を」
言えた。
凄いな、クレア!
俺は、無言でリュックの中から塩とか胡椒とかの定番物を取り出し、テーブルに置く。
怖くて、商談相手の顔が見れない。
「何だ、これは?」
「ああ、ソレは、塩との事だ。
恐ろしく純度の高い塩で、王都にもない代物だ」
「……こっ、これは?!」
「驚いたか? そっちの胡椒や砂糖も凄いぞ」
「なッ!」
「……」
「……」
「……」
「……」
・
・
・
クレアと領主が話をしている。
歓迎されていない俺は、凄く帰りたい気分で一杯で、俯いたまま上の空で二人の会話を聞いている。
なんで、俺は、ここに来たのだろう?
最初の予定通り、商人のとこに行けばよかった。
この若くて色男のラウルは、クレアの事が好きで、そのクレアと夫婦になった俺の事が気に喰わないのだろう?
そして、ラウルの好意にクレアが気づいたら……
クレアとパーティーを組むって事は、ラウルは相当な実力者なのだろう。
しかも、今は、領主様。
力も権力もあって、見た目も良いって反則だろう。
何の取柄もない中年である俺が張り合える事なんてあるのか?
ある訳が無い。
勝ってる事って言ったら、無駄に重ねた年齢くらいな物じゃないか。
腕力も、地位も、名声も、クレアと過ごした時間も全部俺の負け。
フフフ、とんだピエロだぜ。
なんの間違いか、クレアが俺の事を夫にしてくれた。
それで良い気になってたら、もっと相応しい人物が登場かよ。
ここは、俺が大人しく、身を引くのが皆にとって一番……
「なんて、思うか、バカ野郎!」
俺は、顔をあげた。
クレアを失ってたまるか!
「相手が誰だって知るか、クレアは俺の嫁さんで、俺は、クレアの夫だ!」
立ち上がり、俺は、大きな声で叫んでいた!
突然叫んだ、情緒不安定気味な主人公。
物を売りにきた本来の目的は果たせるのか?