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重なり合う悪と罪  作者: 東京卑弥呼
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室田耀、あなたは何をしているの?

次の日の午後、外回りをしてきた室田が粕谷製作所に帰ってくるなり、大貴は室田を食堂に連れて行った。室田が外回りでどこに行っていたのか、大貴は知っていたのでずっと気が気でならなかった。そのため大貴はどこか興奮気味だったが、室田は対照的に穏やかだった。二人は食堂の椅子に腰かけることなく、立ち話をした。

「どうだった!?」

「なんとか話し合って三千万になりました」

「三千万!? 二百万じゃねぇのかよ!」大貴は室田に噛みついた。しかし、室田は臆することなく冷静に言った。

「無理です。相手ももうこれ以上妥協しないと言ってます」

「ふざけんなよ!」大貴は食堂の椅子に八つ当たるかのように蹴飛ばした。室田はそれに怯むことなく冷静だった。そして、冷静の状態のまま大貴に言った。

「専務。自分、会社を辞めます」

大貴は突然の室田の退職宣言に驚いた。

「なんだよそれ? 逃げるのか!?」

「逃げるんじゃありません。僕がいたら色々疑われるかもしれません。それに僕にはもうどうにもできません。警察に捕まるなら捕まるで家で待ちます。自分の運命も専務の運命も全ては専務が決めることです。僕には何も決められません。家で待ちます」室田は顔色一つ変えず、淡々と言ってのけた。それを聞いた大貴は呆然とし、言葉を失った。

「失礼します」そう言い残して室田は食堂を出て行った。

室田が今日付で会社を辞めたことはその日のうちに全従業員に伝わった。当然、実和も知り驚いた。まさか室田が会社を辞めるとは思ってもいなかったからだ。室田は自分の退職を知った他の従業員に尋ねられると「ちょっと家庭の事情で」と言葉を濁した。尋ねた従業員もそれ以上のことは聞かなかった。

実和も社内で室田と顔を合わせることがあったが、何も話さなかった。しかし、その夜、実和は室田に電話をした。そして、なぜ辞めるのか室田に尋ねた。

「別に驚くことじゃないよ。これも全て織り込み済みのことだ。俺が辞めると言った方が、信憑性も出るし、第一、専務は頼る相手がいなくなる。何かをしたければ自分でやらなくてはいけないんだ。そんな勇気、あいつにあるか? 俺が辞めることで、あいつは手足を失い、追い詰めることが出来る。それにそもそも金が振り込まれれば、会社には用なしだからね。遅かれ早かれ辞めるのなら、効果的に奴を追い詰める辞め方をした方がいいだろ? まぁ、見てな。ちなみにこの電話使えなくなるから」

「どうして?」

「専務から電話がかかってきても困るからね。電話を通じなくするのも奴を追い詰める手段の一つだ」

室田は実和にそう言って電話を切った。実和は室田の思慮の深さに感心した。そして室田の思惑は直ぐ現れた。社内で見かける大貴の姿が明らかに焦燥しきっていたからだ。室田の言った通り、室田という相談相手もなくなり、結果、捏造写真を真に受け、室田の作り話の脅迫に屈したのだ。さすがの大貴も五千万は大きい。

実和は事務所に事務用品が届いたとの内線を受けたので取りにいった。そして、それとなく大貴を一瞥した。明らかに大貴は焦燥しきっている。腑抜けにしか見えない。これが五千万という法外な額を支払った、その成れの果て。室田もまた大貴に一方ならぬ思いを抱いていたのかもしれない。それは驕り……。実和はそう思った。

しかし、実和は室田が三千万に金額を落としていることを聞かされてはいなかった……。

そして、事務所から出て行こうとしたとき、突然、制服姿の警察官が一人、「すみません」と言って事務所に入ってきた。実和は、何事かと思い、事務所の入り口を出たところで立ち止まって中の様子を伺った。大貴の顔が引きつっていた。警察官は入り口の入った場所で事務所に居る人を見まわした。事務所には社長と大貴と林の三人しかいない。そして、入り口の外に実和。

警察官は大貴を見て、それから手に持っていた写真を見た。大貴はその警察官の仕草を見て、

〈野郎! 金は振り込んだのに俺を警察に突き出したのか!〉大貴の顔が見る見る青ざめていった。すると警察官は上座に座っている社長に話しかけた。

「すみません。室田耀さんはいらっしゃいますか?」

社長は椅子に腰かけたまま、

「室田なら先日、会社を辞めましたけど」

「そうですか」

「室田になんのようですか?」

「実は捜索願が出てまして。それで室田さんなら何か知っていると思いまして」

「捜索願?」

大貴は奈々のことと思い、額に脂汗を浮かべ、顔をひきつらせていた。警察官は上座のデスクにいる社長の傍に行き、写真を見せた。

「この女性なんですけど、知りませんか?」

社長は警察官から写真を受け取った。社長は老眼鏡をかけてから写真を見た。大貴は顔をひきつらせながら社長を凝視した。社長は写真を見ながら首を傾げた。

「さぁ、知りませんね」そう言って写真を警察官に返した。すると大貴がすかさず言った。

「すみません! 自分にも見せてもらえませんか?」

「いいですよ」

大貴は、警察官から写真を受け取り、恐る恐る写真を見た。写真には室田と仲睦まじい若い見知らぬ女性の姿があった。大貴は、そこに奈々が映っていなかったことにホッとし脱力した。

「どうです。知ってますか?」と警察官に声をかけられ、大貴は我に返った。

「いえ、知りません。見たこともありません。誰ですか?」

「熊谷恵美さんという方です。なんでも室田耀さんとお付き合いしていたとか。それで室田さんに会いに来たのですが」

「いや、もう室田はいないので」

「私も見ていいですか」と林が言った。大貴は警察官に渡さず、林に渡した。すると入り口の前で見ていた実和も事務所に入り、林の傍に行き、覗き込むように写真を見た。そして林に尋ねた。

「誰です、この人」

「室田さんの彼女ですって。知ってる?」

「知りません」

林は警察官に写真を返した。警察官は写真を受け取り、「いや、どうも失礼しました」と言い会釈をして出て行った。大貴の安堵した表情があからさまに見て取れた。しかし、それとは反対に実和はどこか腑に落ちない表情をしていた。

〈一体どういうこと?〉


実和は退社してから家路につかず室田のアパートへ向かった。室田と女性の映っている写真を見てから、ずっと気になっていたのだ。電話をかけようとも思ったが、先日、室田に退職のことを聞いた際に電話も使えなくなると聞いていたため、退社したら室田のアパートに行くことを決めていた。そして、電車に乗って室田のアパートに行き、室田が住む二階の部屋に行った。ドアベルのボタンを押した。チャイムの音がドア越しに聞こえてきた。しかし、中から返事はない。実和は再び、ドアベルのボタンを押した。さっきと何も変わらない。実和は逸る気持ちを抑えることが出来ず、思わずドアを強く叩いて叫んだ。

「室田さん!」

しかし、何も起こらない。

実和は、前より強くドアを叩いた。

「室田さん!」

すると買い物袋を持って階段を登ってきたおばさんに声を掛けられた。

「何、室田さんに用があるの?」

「はい」

「室田さんなら、引っ越したわよ」

「え!?」

「なんでも部屋の荷物、全部捨てていいから、と言って大家さんにお金渡して出て行ったわよ」

「そうなんですか!」

「なんか警察も訪ねてきたみたいだし、何かあったの?」

「いえ、なんでもないです。ありがとうございます」そう言って実和はおばさんに会釈してその場を立ち去り階段を降りた。おばさんは階段を降りていく実和を一瞥して室田の部屋の隣の部屋に入った。

〈どういうこと? 一体、何がどうなってるの!? なんで室田さんはいないの?〉

実和は階段を降りたところで立ち止まって考えた。実和の脳裏にあの晩のことを思い出した。

あの晩、室田がブルーシートの包みを肩に担いで階段を降りてくる姿。

茂みの中をブルーシートを背負ってくる室田の姿。

「何それ?」

「これ、人形だよ人形」

「人形? そんな大きい人形なんてあるの」

「それ聞く?」

「え」

「あんまり人に言うことじゃないけど。ましてや女性には特に」

「何、何よ」

「これはラブドールだよ」

「ラブドール?」

「ダッチワイフといえばわかるかな」

「ダッチワイフ!」

「そう。ようは俺のマスターベーションの相手だよ」

ブルーシートの包みに土をかける姿。


「あのブルーシート……ほんとに人形?」

実和はその場に立ち尽くした。実和の頭上には灰色の雲が垂れ込めてきた。どこか雲行きまで怪しくなってきた。



つづく



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