恐喝のはじまり・・・
室田と実和は、作業を終えて林道に止めてある車の中で一服していた。実和はペットボトルに入っているお茶を飲み、室田は紫煙をくゆらせていた。
「小菅さんが手伝ってくれたおかげで上手くいったよ」
「いくら要求するの?」
室田は顔を実和の方に傾けて、不敵に笑い、楽しそうに言った。
「五千万」
「五千万!?」
「ああ」室田は紫煙を窓の外に向かって吐いた。
「無理よ! 絶対無理!」
「大丈夫」室田は煙草を咥えたままダッシュボードの上に置いてあるスマホを手に取りかざした。
「この写真があれば、奴は必ず出す。いや何が何でも出させてみせる」室田は自信ありげに言った。実和は何も言わなかった。
「まぁ、あとは俺に任せて」室田は満足そうな顔をして煙草を吸い、そして紫煙を窓の外に向かって吐いた。
粕谷製作所の朝。ドシン!という地鳴りにも似たプレス機の音が社内に響く。それがこの会社の日常。従業員はそれぞれの持ち場で仕事をしている。そして、この時間に食堂を使う人は基本、誰もいない。室田と大貴は食堂にいた。この時間を選んだのは一目を避けるためだ。二人はテーブルの椅子に座ることなく、室田は大貴の隣に立っている。大貴は顔をこわばらせている。大貴の手に写真の束が握られている。写真を握る手が微かに震えている。大貴はその写真を一枚見ては、テーブルの上に落としていった。落としていくたびに顔面が硬直し、プルプル震えているのが容易にわかる。テーブルに落とされた写真に写っているのは室田が実和と一緒に死体遺棄を捏造した写真である。それを大貴は真に受けているのだ。
「なんなんだよ、これは!」
「それは大島さんが付き合っていた男が撮った写真です。五千万円出せって言ってます。さもないとその写真を警察に突き出すと」
大貴は震える声を必死に抑えながら、小声で語気を強めて言った。
「ふざけんなよ! そんなの出せるわけねぇだろ!」
「ですが、男は金で黙ってやると言ってました。口止め料です」室田は平然と応えた。
「俺が奈々のヒモのいうこと聞けっていうのか!」
「……」
大貴は手に持っていた写真をテーブルに叩きつけた。
「何が口止め料だ! そもそも男と揉み合いになったのはお前だろ!」
「ですが、専務が話しつけて来いっていったから自分は言われた通りにしただけです」
「俺そんなこと言ったか?」
「言ったから自分が動いたんです」
「じゃ、奈々が死んだのは俺のせいだっていいたいのか!?」
「男はそう言ってます」
「大体、あいつが男の指図で、手紙で俺を脅したのがはじまりじゃねぇか!」
「ですが、大島さんと専務に関係があったのは事実ですし……」
「お前、どっちの味方なんだよ!」
「すみません」
「大体、階段から落ちたぐらいで人が死ぬか!?」
「いや、僕が男と揉み合いになって、大島さんが止めようとして、僕と一緒に階段から落ちて、僕の下敷きになって、それで」
「なら、お前のせいじゃねぇか! そこにどうして俺が出てくるんだよ!」
「男が言うには、自分をよこしたのが専務だから、専務が主犯だと」
「なんだよそれ!」
「僕も共犯と言われ、男に大島さんの死体遺棄する手伝いをさせられました。それがその写真です。そして、その口止め料を払うのは専務だと」
「ふざけんなよ!」
「……僕にはこれ以上、何も出来ません。あとは専務が決めることです」
「なんだよ! 丸投げかよ!」
「すみません」
大貴は、右手の拳で自分の太ももを叩いた。
しばし沈黙。大貴は冷静さを取り戻そうとしていた。そして、考えがまとまったのかさっきより落ち着いた口調で言った。
「兎に角、五千万なんて払えねぇよ」
「じゃぁ、どうしますか?」
「掛け合って来い。もっと現実的に払える金額にしてこい。じゃないとと話にならん」
「現実的な金額というと?」
「……二百万だな。それが精一杯だ。それでも無理してる方だ。男にそう言って来い」
「わかりました」
大貴はテーブルに広がっている写真を集めた。室田はその姿を一部始終眺めていた。
それに気づいた大貴が室田に言った。
「何してんだよ! 早く行けよ!」
「はい」
室田は大貴を食堂に残して出て行った。口元に冷ややかな笑みを浮かべて。
その夜、実和と室田はカラオケ店にいた。
そこは先日、室田に誘われた場所だ。室田はソファに足を組んで座っている。実和はジュースを飲んでいる。
「全く、人が死んで二百万はねぇだろ」
「誰が死んだの?」
「誰も死んじゃいないさ」
「なら二百万だけでも出すなんて上出来じゃない。五千万はいくらなんでも、ちょっと無理よ」
「無理なもんか。もうひと押しだね。あいつは強がってはいたが、俺の話を聞いたとき、青ざめていたからな。考えてもみろ。死体遺棄が警察に発覚したら、結婚どころか刑務所行きになるんだ。破滅だよ破滅。破滅するぐらいなら金を工面するだろ」
「でも、それって、事実ならではの話でしょ。だいたい階段から落ちて死ぬって、ちょっと無理があるんじゃない? まぁ、信じる方も信じる方だけど」
「そんなことないよ。人間なんて死ぬときはあっけなく死ぬ」
「そうかな」
「でも、ここまでは想定内だ。ここからが本番だよ」
「でも、五千万円はちょっと」
「いや、それは何としても頂く。第一、金があれば、あの会社に固執する必要もない。何をするにも金は必要だろ? 金があればそれだけ人生の選択肢が増えるんだ。俺は絶対頂く」
実和は思わず苦笑した。
「でも、まさか本当に言うなんて」
「言うに決まってるでしょ。何のためにあんな山奥に行ったんだよ。俺はそんなもの好きじゃないよ」
実和は、あの夜、家に帰った後、どこか達成感のようなものを感じていた。あの山の中で捏造写真を撮っただけで十分満足だった。
しかし、室田は違う。
「ここからが俺の腕の見せ所だ」
「あんまり無理しないでね」
「大丈夫だよ。まぁ見てろって。そうだなぁ、おそらく来週の月曜日には金を渡せると思うから、月曜日に俺のアパートに来て。大きめのバックを持ってね」室田はにやけながら実和に言った。
実和は思わずつられて笑い、「はいはい」と付き合うように応えた。
「でも、あの時の専務の顔。小菅さんにも見せたかったなぁ」
つづく