アトリと音楽隊 1
「なーに読んでるの?」
横から伸びてきた手が読んでいた本を掻っ攫う。
「『アリの王女とキリギリス』?なにこれ?童話??聞いたことない」
猫族だろうか?獣人の女の子は不思議そうにアトリを覗き込んだ。
「アリ族に伝わる有名な童話です」
アトリは本を返してもらうと、覗き込んでくるその目から逃げるようにフードを被り直し応えた。
「へー!」
「珍しい物をもってるね!それ僕も知ってるよ。魔王の剣に支配された王女様のお話だよね?」
話が聞こえていたのか違う獣人が会話に加わってきた。こっちは熊みたいだ。
「僕の村、昔アリ族とも交流があったから前に聞いたことがあるよ。エルフの力を借りて王女の手で復活した魔剣を聖女が封印するんでしょ?」
「それなら俺のところにも似たような話があるな。アリ族じゃあないが、魔王の剣に支配されたて魔王になった王子を、勇者が魔返り討ちにするんだ」
馬車の手綱を握る馬族の獣人も話にも話に入ってきて、そしてそれぞれの伝承の違いについてやんややんやと話はじめた。
自身に注がれています視線が逸れたことにほっとしながらアトリはそれぞれの話に耳を向ける。
魔王の剣に取り憑かれた人が魔王となり、誰かに滅ぼされたり自滅したり封印されたり、とりあえず結末はどれも似たり寄ったりだ。
この童話の内容も同じような熊族の男が話した内容とほとんど同じものだった。
悪に魅入られた心優しい王女は、結局最後にはエルフに力を借りた女王に殺されてしまう。
規則は守らなければ、どんな者でも罰が下る、という教訓が込められているらしい。
『だいぶ事実とは違うじゃねーか』
忘れられてんじゃねーの?とアトリにしか聞こえない声が嘲るように笑った。
相変わらず嫌な性格だが、アトリもいちいち怒らないくらいにはコイツになれてきている。
(良かったじゃない。魔王の剣がまだ年端もいかない少女すら支配できないって知られてなくて)
『…ッチ』
舌打ちをすると声はまた奥に戻っていった。
先程まで魔王の剣の伝承で盛り上がっていた人達は、今度は最近獣人族間で起こった騒ぎについて盛り上がっていた。
「商人の国の奴隷が逃げ出したらしいな」
「だから国境あたりが騒がしかったのか」
「少し遅れてたらこれも国を出るのに何日かかってたことやら…だなぁ」
どうやら騒ぎがあったらしい。
巻き込まれなくて本当によかった。
(…まあ、捕まらなければ方法はいくらでもあるか)
とりあえず、次の町も警戒が強くなっている可能性がある。多分大丈夫だろうが、念のため自身に掛けている変化の魔法を強化しておく。
アトリはアリ族だ。
そして未だに虫人族をよく思わない獣人族は多い。
不要なトラブルを起こす可能性があるから、今現在彼女はツバメの鳥人になりすましている。
ただ子どもなどの感が良い者にはバレる可能性があるので、なるべく顔は見られたくない。
もしバレて捕まる事があったとしても、アトリの魔力と戦闘能力を持ってすれば逃げ出すことも可能だろう。
でも騒ぎは起こしたくない。アトリにはしなくてはならない事がある。
『自分のことはいいのかなー?』
ニヤニヤとしてる顔が伝わるような声色で揶揄う内から聞こえる声を無視して、アトリはふと、馬車の奥にある一団に目を止めた。
種族もバラバラな四人組で、どの人もフードを深く被っている。
(…珍しい)
種族がバラバラな商隊や冒険者パーティは珍しくない。だが…
(ロバに、ネコに、イヌに、トリ…ニワトリか。戦闘するようには見えないし、商人にしては荷物が少ない。というかほとんど荷物を持ってなさそう)
その時、ニワトリの鳥人と目があった。ビクビクとした目で、すぐにその視線は逸らされる。
(………)
何か引っかかるが、それぞれ事情があるだろう。
詮索をされたくないのはアトリも同じなので、町に着くまでの間目を瞑り、いつのまにか眠りに落ちていた。