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砂漠の王と森の聖女  作者: れん
8/18

side 乙女2 16歳

「ハイ、セイ! ヤァァァァ!」

「まだまだ!!」


 そこは王宮から少し離れた場所にある訓練場だった。いつも威勢のいい掛け声が響いているのだが、きょうばかりはまた少し違っていた。

 いつもはそれぞれの武器を手に訓練に明け暮れている兵士たちが手を休め、人垣で円を作っているのだ。

 そしてその円の中心では二人の女が剣を交えている。

 別段、この砂漠の国では女が武器を取ることは珍しいことではない。周囲を砂漠で囲まれたこの国では乏しい資源や資材、商隊などを襲う無法者が横行している。これは王の統率力や指導力がどうこうという話だけではないのだ。

 ゆえに、砂漠の民は男女の区別なく皆が戦う者であり、そのための肉体もまたふさわしいものであるのだ。

 円の中心で戦っている二人の女のうち、一人は褐色の肌に赤い髪の砂漠の民、もう一人の女は日に焼けてはいるが白い肌に金色の髪をしていた。明らかに金髪の女は赤毛の女より二回りは細い。

 だがそれでも、今、圧倒しているのは金髪の女の方だった。


「ハァァァ!」

「クッ」

「アァアアアアア!」


 グルリと、金髪の女が一瞬だけ赤毛の女に背を向けたが、次の瞬間遠心力を味方につけた刃が赤毛の女を襲う。何とかその攻撃を受け止めたが、腹の底から絞り出すような叫びとともに金髪の女は剣を振りぬき、力負けした赤毛の女は地面に倒れこむ。


「参った!」


 起き上がる前に喉元に剣先を突き付けられた赤毛の女がそう言うと、周囲から歓声とも怒号ともいえない声が上がった。


「ベニータ様が負けた?!」

「リリアーナが勝った!!」


 金髪の女、リリアーナがベニータに手を伸ばすと、彼女はその手を掴んで体を起こす。体についた砂を落として剣を拾い、ため息をついた。


「やれやれ、お前さんが来て五年か。ついに負けちまった」

「えへへへ、ついに勝った!」


 剣を鞘に戻しながらリリアーナが小さくガッツポーズをする。ベニータはまだ自分より低い位置にある頭を撫でながらため息をついた。

 森からやって来た金髪の少女は、この五年のうちにすくすくと健やかに育っている。



 *



「聞いたよベニータ、ついにリリアーナに負けたんだって?」

「バーさん、相変わらず耳が早いねぇ」


 ヒヒヒと、自分の膝ほどの背しかない小さな老婆、エリスにベニータはそう言ってため息をついた。ちなみにリリアーナはあの後あちらこちらに手合わせを申し込まれていたので置いてきている。

 この城に来てもう五年だ。あちらこちらに顔見知りがいるので大丈夫だろう。


「あの子は強くなったよ。最初にこの国に来たときは心配したけどね」


 ベニータはエリスを自身の部屋に招くと、グラスに酒を注いでエリスに渡した。水が貴重だったこの国では、酒は水替わりだ。

 ソファに座り、ベニータはぼんやりとリリアーナがこの国に、王宮に連れてこられた時のことを思い出す。

 ひとまずパスクアルの妻にという話だったが、当たり前だが即座に式を挙げるわけにもいかない。パスクアルが言ったように少女というよりもほとんど子どもと言った状態であり、このまま祝言を挙げた場合、ろくな噂がたたないことが分かっていたからだ。

 一口に砂漠の民と言っても、実のところ少なくない数の氏族が集まっている。王の正妻となれば他の氏族に対する調整も必要だろう。王もそのあたりが面倒なので、正室も側室も取りたがらないのだ。

 よって、ひとまずベニータがリリアーナの世話係となり、最低限の言語、王宮でのマナー、正妻となるべきものの知識を教えることとなった。

 最初は古代語を話せるエリスが言語を教えていたのだが、リリアーナに魔術の才能があることが判明するや否や本格的に魔術を教え始めた。そのあまりの勢いとスパルタぶりに、リリアーナが逃げだした先が王宮軍の訓練場だったのがこれまた彼女の転機の一つだった。

 先述した通り、砂漠の民は女であろうと子供であろうとも戦う部族である。それが他国から蛮族などと誹謗される原因の一つであるが、そうでなければ生き残れない環境だったのだ。だからこそ、彼女たちは己の生き方に誇りこそあれ、恥じることはない。

 そしてそのような考え方であるから、当時まだ細くて頼りないリリアーナの身体を見た女たちは、「そんなナリでは死んでしまうぞ!」と、危機感と気遣いをもって彼女の身体を鍛えあげようとした。純度100%の好意である。

 とは言え、魔術よりはリリアーナの性根に合っていたようで、最初は剣を持ち上げることもできなかった少女は、少しずつ体力をつけ、筋力をつけ、魔術の授業から逃げ出す先をベニータが把握した時には随分と逞しくなっていたのである。

 なおこれはベニータが間抜けだとか、職務怠慢とかいう話ではない。彼女は王の副官であり、軍部でもかなり重要なポジションに位置している。

 そのフォローをしていたのが魔術師で、少し遠くの場所で起きていた盗賊騒ぎを鎮圧した彼女が戻ってきて、たまっていた仕事を片付け終わった彼女がリリアーナの状況を把握するのに二月ほどかかっていただけだ。


「ばーさんんんん!!!」

「なんじゃベニータ。大声出さんとも、あたしの耳はまだちゃんと聞こえるよ」


 リリアーナを小脇に抱えた状態で老婆の部屋に入ってきたベニータに、エリスは呆れたような顔でそう対応する。


「ばーさん、ちゃんとリリアーナを見ててくれ!」

「なんだい。ちゃんと見てたよ。軍の宿舎で訓練してたんだろう?」


 エリスの言葉にリリアーナは顔をしかめた。うまく逃げだしていたと思ったが、この狡猾な老婆はきちんとリリアーナの居場所を把握していたらしい。

 そんなエリスにベニータはガクリと肩を落とす。ついでにリリアーナもその腕から逃げ出した。

 彼女としては、久々に訓練場に顔を出せば、ここにいるはずがない見たことのある子供が訓練兵に交じって剣を振っていたのである。妙に焦ったリリアーナの顔を見れば、許可を得て混ざっているわけではないことは一目瞭然。

 王であるパスクアルの最有力嫁候補が、どう見ても繊細でか弱い少女が、どちらかと言えばガサツな砂漠の民の女たちにもまれて何かあってはまずいと思わず引っこ抜いでここまで大急ぎでやって来たというわけだ。

 結局、そんな騒動もなんのその。訓練場の教官からも「リリアーナは才能がある」と、ベニータに直談判するほどで、最終的にリリアーナはきちんと許可を得て剣の訓練に参加することとなった。

 そして、その成果が五年目の今日である。


「魔術もほとんど免許皆伝さね」

「上流階級のマナーもね。どこに出しても恥ずかしくないレディだよ」

「まぁ、まだちょっと乳がなぁ。パスクアル様の好みにはちょっと小ぶりすぎるねぇ」

「そりゃ、種族の差って奴だろう。森の国の男連中は、基本的にアタシらの胸しか見てないからね」


 ほんっと、うっとうしい。と、ベニータは豊かな胸を張りながら心底嫌そうに顔をしかめた。

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