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砂漠の王と森の聖女  作者: れん
7/18

side 乙女1

森の聖女リリアーナ視点での王との出会い。

 リリアーナには幼いころの記憶はほとんどない。彼女の記憶は森の中からはじまる。

 幼いころは妖精に囲まれていたことは確かだ。だがある時から彼女の記憶は薄暗い石の部屋に変わる。上の方に明かり取りの窓が一つあるだけの簡素な部屋で、ぼんやりしていた記憶があった。

 そして再び彼女の記憶は森へと戻る。

 何度か精霊や森の長老役である大樹にあの石の部屋の記憶は何かと聞いたことはあるが、そのたびに精霊たちが悲しい顔をするので、いつの間にかリリアーナはその質問をすることをやめていた。

 森での生活は辛くはなかった。暖かな日差しと、心地よい風、清らかな水に、みずみずしく甘い果実や歯触りのいいキノコなど、森は豊かだった。

 夜になると魔物が現れたが、その時は獣たちと一緒に木のうろや小さな洞窟などであたたかな毛皮に包まれて眠っていればよかった。

 辛くはなかったが、どこか胸の中に空洞があるような気がした。森に住まうのは獣と、精霊と、妖精。そして養い親とも言える森の大樹だけだ。

 彼らはリリアーナを愛してはくれてはいたが、リリアーナの胸の空洞が埋まることはなかった。


 そんなある日のことだ。妖精たちと水浴びをしていると見慣れないものがやって来た。

 それは森で見かける魔物の一種のように屈強な体をしている二足歩行の生き物だった。だが魔物のようにいきなり襲い掛かってくることはない。

 古い大樹の幹のような肌の色に、熟れたベリーよりもなお赤い髪の色。何よりも金色の瞳がリリアーナを真正面にとらえた。


「誰?」


 リリアーナが「何?」ではなく、かろうじて「誰?」と尋ねたのは少なくとも知性ある生き物に見えたからだ。

 相手も自分の存在に驚いていることはわかった。「精霊か?」と尋ねられて違うと答える。しばらく短い問答を繰り返していると、不意に寒さを感じてくしゃみが出た。

 身体を震わせて視線を水辺の方へとむける。身に着けていたものはソレの足元にあった。

 ソレは布を持ち上げてしばらく観察した後、困ったように顔を上げた。それからソレはザブザブと水音を立てて水の中に入って来たかと思うと、リリアーナの身体に身に着けていた布を巻き付けた。

 ソレの髪色よりは暗い色合いの赤い布だ。


「ありがとう」


 何か貰ったらお礼を言いなさい。と、大樹や精霊にしつけられていたリリアーナは素直に礼を言った。するとソレはまた妙な顔をすると、リリアーナの体を軽く抱き上げ水から上がった。

 しばらく何かをしていたかと思うと、手早く火を熾す。精霊たちがパッと周囲から逃げ出した。森の精霊にとって、火は大敵だ。

 精霊の一人が恐る恐る近づきながらリンゴをくれたのでかじる。ソレもリンゴを食べた。

 それからまたしばらく問答をする。ソレはあまりしゃべるのが得意ではなかったようで、ところどころ聞き取れなかったが、それでもリリアーナは答えた。

 初めて見る生き物と触れ合えるのは楽しかったからだ。だがリリアーナには答えられないことばかりだった。

 リリアーナには森以外の記憶がない。ただ、「いらなくなったから」「捨てられた」ことだけは知っている。あの妙な石の部屋の記憶とともに残っている記憶だ。

 水浴びをして、炎で体が温まったせいか、なんだか眠くなってきた。うとうとしているときだったが、ソレの言葉で一気にリリアーナの意識が覚醒する。


『ココカラデタイカ?』

『出たい』


 それはリリアーナに尋ねた。リリアーナは答える。森での生活は辛くはない。だがリリアーナは森しか知らない。

 森の外を知らない。森の外を知らなかった。だから、知りたかった。

 リリアーナはまっすぐにそれを見た。森で暮らしていたリリアーナには獣と目が合ったらそらすことの危険性はよく知っている。だからこそ、まっすぐにソレの金の瞳をのぞき込む。

 男の腕がリリアーナの腕を掴み、力づくで引き寄せられる。掴まれた顎が痛んだが、それでもリリアーナはソレから目を離さなかった。


『なハ』

『リリアーナ』


 名を問われ、リリアーナが答えると、ソレは獰猛な笑みを浮かべた。まるで肉食獣が獲物を見定めたかのような恐ろしい笑みだった。

 ゾクゾクとしたものを感じながら、リリアーナは名を尋ねた。森では古き者、強い者には名前があった。


『アナタハなガアルノ』

「パスクアルだ。

 リリアーナ―、―――――――――――」


 ソレが何かを言った。自分の名前が呼ばれているのはわかったが、それ以外は音としてしか認識できなかった。

 反応できないでいるリリアーナを男の腕が抱き上げる。地に足がつかず、少しだけ不安に思ったところで先ほどの布を身体に巻き付けられた。

 男はリリアーナの身体を抱き上げたまま歩き出す。すると妖精の一匹がリリアーナの傍に飛んでくると、その肩に止まった。


「ハイ、リリアーナ! 森を出るの?」

「さぁ?」


 よくわかんない。と、リリアーナが答えると、妖精が「アタシも一緒に行ってあげる!」と答えた。


「大丈夫?」

「平気よ! あなたこそ気をつけなさいよ!」


 妖精は少しだけ勝ち気な声で告げた。気をつけろ。と言われて曖昧にうなずいた。そもそも何に気をつければいいのかわからなかったからだ。

 そして、数日のうちにリリアーナはソレが人間と呼ばれる種族であり、自分もまた人間であることを知るのだが、それはまた別の話である。


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