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砂漠の王と森の聖女  作者: れん
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泉の少女

場面転換で話を分けたので長さは話バラバラです。

 パスクアルの方からは女は背中しか見えなかった。

 背中を流れる金色の髪は、日の光を浴びてきらきらと輝き、その白い肌は水に濡れているだけではなくみずみずしく美しかった。

 周囲に淡く輝く妖精に取り囲まれながら、女、いや、少女らしき人物は水の中で遊んでいるようだった。


「精霊、か?」


 思わず口に出して呟いてしまう。ヒトとは異なる存在である精霊が衣服を身に着けていないことは多い。

 少女もそんな存在かと思いながらもさてどうしようかと王が思っていた時だ。少女の周囲にいた妖精がパスクアルに気が付いたらしい。

 警戒するように周囲を動き回り、それに気が付いた少女が振り返った。


『だれ?』

「…………」


 振り返った少女を見た瞬間、パスクアルは息をのんだ。

 少女の瞳は透き通るような青だった。まるで、この森に広がる青空のように澄んだ青が、まっすぐにパスクアルを見つけている。

 それはまるで、ヒトを見たことがない野生動物が、初めてヒトを見たかのような純粋で、無垢な瞳だった。


『なに? なんのヨウ?』


 少女は鈴の音のような声を発する。パスクアルにはかろうじて言葉として聞き取れた。

 パスクアルは木々の間から姿を見せると、少女は「ほあ」と、なんとも呆けた声を上げてパスクアルを見上げた。


『ニンゲン?』


 少女は小首をかしげる。仕草の一つ一つが小動物じみていた。

 伸び放題で整えられていない髪に、生まれたままの姿はほっそりと言うよりも痩せて貧相で、裸だというのに王は一切劣情を覚えることはない。まるでやせこけた野良犬のよう。それがパスクアルの第一印象だった。


『オまえハ、なにものダ』

『ボクハもりノこダヨ』


 パスクアルが尋ねた言葉は、少女と同じく鈴のような声だった。それはすでにこの地上ではほとんど使われなくなった言葉。はるか昔、精霊たちが使っていた言葉だ。

 今では魔術師と呼ばれる者たちがかろうじて呪文の中に使う程度で、日常会話ができるものはほとんどいない。パスクアルが使えるのは、彼の魔術の師がその数少ない古代語を操れるものだったからだ。


『もりノこ?』

『ソウ』


 尋ねるパスクアルに、少女は頷いた。やはり精霊か。と、パスクアルが思っていると、少女が「へっくし!」と、少々間抜けなくしゃみをして体を震わせる。どうやら体が冷えたらしい。

 精霊も風邪をひくのか? と、パスクアルは思いながら周囲を見渡した。

 すると、自分のすぐ近くの地面に、布切れが見えた。思わず手に取るとすでに繊維がボロボロで服なのか布なのかもわからない状態だった。

 さすがにこれはないだろう。と、パスクアルがそれを手に周囲を見渡しても、他にない。

 まさか本当にこれが? と、周囲を見渡したが、他には何もない。無意識に力を込めていたのか、パスクアルの手の中で布はついに力尽きたように繊維がほどけていく。


「……………………」


 今まさに自分の手の中で布どころかただの糸の塊になってしまった服であっただろう物を見下ろし、思わずパスクアルは沈黙した。

 目の前には精霊らしき少女が体を震わせている。いつもの王であれば気にすることなくさっさとこの場を後にしただろう。だが、ここは迷いの森とも呼ばれている場所で、さらに言うならば森はここまで王を案内してきたのは間違いない。

 それはおそらくはこの少女に会わせるためだろう。

 考えたのは一瞬だった。パスクアルはジャバジャバと水の中に入ると、少女に近づいた。少女はまっすぐにパスクアルを見つめている。恐れている様子はなく、ただ何をするのかと見定めているようだった。

 パスクアルはマントを外すと、その貧相な体に巻き付け、少女の身体を抱き上げる。その見かけ通り、軽い体だった。


『ワッ』

『おとなしくしてロ』


 声を上げて一瞬身体が逃げを打った少女の身体を押さえ込み、パスクアルは少女の身体を片腕で抱き上げたまま、水から上がる。

 それから少女の身体を柔らかな草の上に置くと、木の枝を拾い、火をつけた。どこからともなく妖精がやってきてパスクアルと少女の手にリンゴを落としていく。


『ありがと』


 少女は驚くことなく妖精に礼を言うと、がぶりとリンゴに噛みつく。見ているだけで甘い蜜を湛えていることが分かるリンゴは白い果肉を見せた。その様子を黙って見ていた王に、少女は「食べないの?」とでもいうように小首をかしげる。

 王は一瞬の沈黙の後にリンゴに噛みつく。砂漠では高級品と呼ばれるリンゴだが、今まで食べたものよりもずっと甘く、みずみずしかった。


『オまえハ、せいれいカ?』

『ちがウヨ。ぼくハもりノこ』


 リンゴを食べながらパスクアルが問うと、少女は首を横に振った。森の子が何かが分からないが、どうやら精霊や妖精の類ではないようだ。


『ドウシテココニイル?』

『イラナイッテイワレタ。ココニステラレタ』


 捨て子か、と、パスクアルは思った。おそらくはどこかの育てられなくなった子供をこの森に捨てたのだろう。妖精や精霊だけではなく、夜になれば魔物が跋扈すると言われる森に捨てるとは、ほとんど死んでくれと言っているようなものだ。

 だが何かの幸運か、この子供は森の精霊に拾われ、ここまで成長できたのだろう。

 しかしあの貧相な体を見る限り、精霊たちが育てきれていないことは確かだ。まさかこの俺に連れて行けと言うことか? と、パスクアルは心の中で毒づいた。


『おやハ、ドコニイル?』

『オヤ? シラナイ。ボクハモリデウマレタ。ココイガイハシラナイ』


 どうやら相当幼いうちに捨てられたらしい。少女は大きな欠伸をすると眠そうに眼をこする。そのしぐさ一つ一つがやはり獣のようだった。


『ココカラデタイカ?』

『デタイ』


 その問いは戯れだった。さして何かを考えていたわけでもない。ただ不意に、口をついて出た問いだった。

 だからこそ、少女のはっきりした答えに、パスクアルは唇を釣り上げた。先ほどのあくびのせいか、少しだけ目じりに涙を湛えた少女の青い瞳が、まっすぐにパスクアルを見据える。

 王であり、強者であるパスクアルをこうもまっすぐに見つめるものはいない。

 パスクアルは少女の頤に手をかけると、強引に自らに引き寄せる。無理やり引き寄せたせいで痛みを感じたのか、少女の表情がゆがみ、巻き付けたマントが後ろへと落ちて少女の白い肌があらわになった。

 吸い込まれるほどの青い瞳が、パスクアルの顔だけを映していることに奇妙な満足を覚えながら、パスクアルもまた少女の瞳をのぞき込む。

 野生の獣のような瞳がパスクアルを見つめる。


『なハ』

『リリアーナ』


 少女の唇が名を告げる。パスクアルは獰猛な笑みを浮かべて嗤う。

 この精霊に育てられたのだろう、獣のような少女が森から出てどうなるのか、パスクアルは単純に興味を覚えたのだ。


『アナタハなガアルノ』

「パスクアルだ。

 リリアーナよ、貴様にはオレが世界を見せてやる」


 言葉が分からなかったのだろう。首をかしげるリリアーナの身体を再び抱き上げると、地面に落ちたマントを拾い上げ、少女の身体に掛ける。

 魔術で火を消すと、パスクアルはそのまま森へと足を進めた。ふわりと、一匹の小さな妖精が少女の肩に止まったのを見ながらパスクアルは森を歩く。今度は一時間もしないうちに森から出ることができた。



 *



 パスクアルが少女を連れて森から出ると、部下たちが慌てた様子で駆け寄ってきた。


「王! ご無事でしたか!!」

「森に入ったきり姿が見えず! 心配いたしました!」

「その、王よ、それは?」


 駆け寄ってくる部下を手で制した王に、部下たちはその腕が抱えている子供を怪訝そうに見た。

 その白い肌や金色の髪は森の国の民の特徴だったからだ。


「森で拾った子供だ。かまうな」

「はっ」


 特別なことをする必要はない。と、王が言うと、部下たちは短く応えを返す。

 そのまま王は少女を抱えたまま砦の中に用意された客室へと向かう。

 部屋に入り、寝台の上に少女の身体を放り出す。ボフッと、音を立てて落とされた少女はきょろきょろと周囲を見渡すと、こちらを窺う様にじっと見てくる。

 やはり獣だな。と、パスクアルは思いながらさてどうするか。と、独りごちた。

 勢いで拾ってきたが、当然ながらパスクアルは子供を育てたことなどない。年でいえばそろそろ子がいてもおかしくない年齢だが、いまだ王は独り身だ。

 周囲からはそろそろ妃をとは言われているが、どうにも面倒が先立って先延ばしにしてきていた。夜を共にする女がいないわけではないが、妃と言われるとピンとこないのだ。

 そもそも砂漠の王は強者が王になる国だ。それは血縁に拘るものではない。実際に先王はパスクアルと一切の血縁関係にないのだ。


「とりあえず、服が必要か」


 パスクアルは面倒な考え事を追い払いそうつぶやくと、部下に小さい服を用意するように命じた。さすがに砦には少女用の服などありはしない。

 ひとまず小柄な兵士の古着を用意させたが、あくまでも砂漠の民基準の「小柄」なので、森の民、しかも貧相な少女の身体には全くもって合わなかった。

 チェニックの裾はひざ下まであり、袖は何重にも折りたたまなくてはいけないありさまだ。


「上着だけでいいんじゃないですかね。ほら、ひもで結べば何とか」

「そうだな」


 部下の言葉にパスクアルはそう頷くと、ズボンを放り出してため息をついた。

 さすがにすぐに放り出すような真似をするつもりはないが、面倒ごとを抱え込むつもりもない。王都に戻れば自身の魔術の師にでも押し付けよう。パスクアルはそう心に決めていた。



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