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砂漠の王と森の聖女  作者: れん
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宴の夜

 森の王国の王、シリル・ドラクロワは砂漠の国に来てから、ひたすら驚愕し続けていた。

 森が外に拡大していることは報告を受けていた。だが想像以上に森の拡大は広く、ただ砂の海が広がっていると思われていた砂漠の国は緑と水に覆われていたのだ。

 国土の中心付近にある王宮の周囲はまだ森が到達してはいないが、王宮の裏手に豊かな水源を手に入れ、いずれは水路を作り、王都に水を巡らせる予定だという。

 飢饉と疫病、そして魔物の襲撃にあえぎ、暗く疲れた表情を浮かべている自国の民に比べ、砂漠の民は皆が表情が明るく、力強い。この先の希望に満ちていた。

 いや、砂漠の民だけではない。砂漠の王の結婚の宴に出席するために各地から訪れている使者たちも、その表情に感心した色はあれど、驚いた様子はなかった。


「……では、貴殿の国でも」

「えぇ、もうずいぶんと前に枯れてしまった泉に水が戻りまして」

「私の国では樹齢200年ほどの大木が息を吹き返しました」

「いやはや、一体何が起きたのでしょうなぁ」

「全くです。この砂漠が緑にあふれるなど、ひいひいひいじいさんから聞いたという祖父の与太話かと思っておりました」


 宴の席は椅子ではなく、石の床に敷かれた絨毯の上に座っての物だった。堅苦しいことが苦手な砂漠の民らしい宴の席だろう。

 シリル・ドラクロワもまた、胡坐をかくように座り、積み上げられたクッションの上に身を預ける。傍らには水分を多く含んだ果実が積み上げられた杯と、つまめるような料理が並んだ皿がある。さらには着飾った女たちがそれぞれの席で酌をしているのが見える。シリル・ドラクロワの席にももちろん、褐色の肌の赤い髪の女が控えていた。

 そして聞こえてくる両サイドの声。それとともに四方から投げつけられる視線。そのどれもが友好的なものとは程遠い。

 それも仕方がないだろう。森の王国はその肥沃な大地で収穫される作物を輸出することで他国の食を握り、有利に外交を進めてきた。歴代の王には傲慢な態度をとってきたものもいるだろう。先王の時代の王族に限らず、横暴な行為をしてきたものもいる。

 今まではそんな諸外国の恨めし気な視線を、負け犬の遠吠えとばかりに鼻で笑ってきた王であった。だが今はどうだろうか。むしろ今ではその立場は逆転しつつあった。


「いやいや、本当にありがたいことですなぁ」

「まったくもって。それにしても、無知というのは恐ろしいことです」


 クスクス、クスクス。周囲の視線がシリル・ドラクロワに突き刺さる。

 それは冷笑であった、男を物笑いするものであった、それは――嘲笑であった。王はこぶしを握り締め、周囲の視線を耐える。こうなることは覚悟していた。すでに自国が森の聖女を失ったことは知られているのだ。

 そこに、華やかな音楽が流れた。どうやら本日の主役が来たらしい。部屋の入り口へと視線を向けると、可愛らしい少女が緊張した表情で籠を持っている。褐色の肌に赤い髪、瞳の色までは彼のいる場所からはわからないが、砂漠の民だろう。

 少女はまっすぐに前を向き、一つうなずくとゆっくりと歩きだした。そして周囲へと赤い花びらをまいていく。その花びらの道を、少女に続く形で一組の男女がゆっくりと続いた。

 男は砂漠の王で間違いないだろう。こちらが座っていることを考慮しても、顔を見ようとすれば首が痛くなるほどに大きな体躯に、燃える炎のような赤い髪。獰猛な肉食獣のように鋭い瞳の色は金色だ。その彼が、全身に刺繍が施された砂漠の民族衣装を身に纏っている。そしてその彼の折り曲げられている左腕に添えられている白い手の持ち主が、新婦だろう。

 青いバラの髪飾りを身に着けたつややかな流れるように長い金の髪に、宝石のような青い大きな瞳。健康的に日に焼けているが、それでも十分白いと感じる肌はよく手入れが行き届いているのか滑らかなのがよくわかる。

 こちらも砂の民の民族衣装を身に纏った、美しい花嫁だった。ふわりふわりと彼女の周囲を飛ぶ妖精の姿がまた、彼女を人ならぬ存在に見せる。

 二人はゆっくりと宴の出席者たちの間を進むと、部屋の一番奥にある場所へと並んで座る。いや、花嫁は砂漠の王の膝に乗せられた。周囲からは微笑ましいような、妬ましいような、そんなささやきが漏れる。


「皆の者、忙しい中、よく来てくれた」


 砂漠の王のどっしりとした貫禄のある声がねぎらいの言葉を告げる。女たちが客人に杯を手渡し、酒を注いでいく。男も杯を受け取り、酒が注がれるのをじっと見つめた。


「この国の発展と、貴殿らとの長い友誼を願って!」


 王がそう言って杯をかかげると、客人たちも杯を掲げる。王も同じく掲げた。


「願って!」


 客人たちはそう言うと、杯の中身を飲み干した。それを合図に次々に料理が運ばれ、音楽が流れ、中央では各国の祝いの言葉を述べる者たちや、祝いの品を並べるもの、催しものをするものなどにぎやかになる。

 森の王国からも大きな宝石を贈り物として出している。


「それにしても、白い肌の妃とは、あの者はどこの出身だ?」

「なんでも、森の生まれだとか。五年前、王自らが連れ帰り、側近のベニータ様に預けて育て上げた掌中の珠でございます」

「五年前」


 自身の席に控えている女が男の杯に酒を注ぐタイミングで王が尋ねると、女はにこやかな笑みで答えた。

 その回答に、男は「違うか」と、呟いた。

 もしあの娘が本当に森の聖女だというのならば、七年前であるはずだ。あの森で少女が一人で生きていけるはずがない。男はそう思うと、杯を飲み干した。



決して無能でも性格が悪いわけでもないのだが、いかんせん思い込みが激しい。

彼はそういう王です。

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