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砂漠の王と森の聖女  作者: れん
16/18

結婚式

この話はファンタジーです。

 その日、砂漠の国の王宮はどこかしらでソワソワと落ち着きのない様子を見せていた。だがそれは悪い意味ではない。

 本日は、この国の王であるパスクアルと、森の聖女リリアーナとの結婚式が執り行われる日だった。


「ねぇベニータさん、変じゃない?」

「大丈夫、似合ってるよ」


 裾をつまみながら全身が映る鏡であれこれと確認しているリリアーナに、ベニータが太鼓判を押す。

 砂漠の国に伝わる婚姻衣装に、今朝、森の精霊によって届けられた常緑樹の葉と青いバラの髪飾りを髪につけている。常緑樹はこれからの繁栄を、青いバラは森からの祝福を示しているらしい。なお、青いバラは森の聖女を示す花だとエリスが騒いでいた。

 同じく常緑樹と青いバラの胸飾りがパスクアルに贈られているが、誰もがそれを見て微妙な顔をする中、リリアーナが「びっくりするくらい似合わないね」と正直に言ってしまい、周囲を盛大に慌てさせ、パスクアルは顔をひきつらせた。

 いつもならふざけるなとむしり取ってしまうところだが、森からの祝福であり、言ってみればリリアーナの父親代わりからの贈り物だ。傍若無人の砂漠の王と言われているパスクアルといえども、躊躇ったのである。


「まぁまぁパスクアル様、諸外国に対するアッピールですから。あの森の国の王も出席の返事をよこしてきましたからねぇ。ヒヒヒヒヒ、せいぜい悔しがってもらいたいですねぇ」


 底意地の悪い笑みを浮かべある老婆に、パスクアルはため息をつき、ベニータは肩をすくめた。

 砂漠の王の結婚式には、諸外国からも多くの重要人物が出席する。すでに森の王国が聖女を失ったことはほとんどの国の上層部が掴んでいる話であり、同時にその聖女が砂漠の国にいるという話もおそらく掴んでいるだろう。――自国のことで手一杯な森の王国以外は。


「いいかいリリアーナ。今日は午前中は女神さまの像の前で祈りの儀式。これは身内、と言っても砂漠の民の氏族長たちだね。

 で、午後は諸外国の使者たちが出席しての宴だ。あんたはパスクアル様と一緒に一番上の席でニコニコしてればいいよ」

「が、頑張る!」


 楽しくもないのにニコニコしていろ。というのが地味に気が重いのだが、ベニータやエリスにこの五年間でしっかりと教養を叩き込まれたリリアーナは気合いを入れるように両頬をパシリと手のひらで打った。


「リリアーナ」

「大丈夫。あなたと番になるためだもの」


 化粧のせいではなく頬を赤く染めながらそう言って笑うリリアーナに、ベニータが「だから番じゃなくて、せめて夫婦って言ってくれ」と、頭を抱えた。


「あ、そうだ。宴は夜通し、日が昇るまで行うけど、新郎新婦は日付が変わる前に引っ込んでいいからね」

「うん、聞いてる」

「で、リリアーナは湯あみをしてパスクアル様の寝室で待機。基本的に侍女も全部引っ込むから、パスクアル様以外の野郎が入ってきたら、容赦なく始末していいから」

「え、そんな人いるの?」


 こちらもよくある話で、新婦の昔別れた男が諦めきれずに夜這いをしてくるらしい。だがそんなベニータにリリアーナは首をかしげた。

 パスクアルの寝室に侵入してくるような度胸のある者がいるのか。という顔をするリリアーナに、ベニータがため息をつく。


「いるんだよ、これが。特に今回は砂漠の民以外の出席者もいる。無謀な輩ってのはどこにでもいるからね。注意しなよ、リリアーナ」

「わかった」


 ベニータに勝つリリアーナがそこいらの男に後れを取るとは思えないが、それでも注意するに越したことはないだろう。ベニータは髪飾りを潰さないようにやさしくリリアーナの頭をなでると、無言で老婆やパスクアルとうなずきあった。





 女神の前での儀式はさほど時間がかからずに終わった。まださほど高くない気温の中、先日水が噴き出してきた場所は、結婚式のために急ピッチで作られたという小さな建物があった。

 吹き出すようにあふれていた水は今は落ち着いてはいるが、それでもこんこんと清水をたたえている。

 建物はその周囲をぐるりと井戸のように石煉瓦で囲い、さらに周囲を池のように囲っている。砂漠の民が信仰している女神像は、その井戸の前に静かにたたずんでいた。

 池の中には砂漠に咲く砂漠の民の民族衣装を染めるのにもつかわれている赤い花と、森で採取したという白い花の花びらが浮かんでいる。その中を、パスクアルとリリアーナはざぶざぶと衣装を濡らしながら女神像までの短い距離を歩く。

 女神像の前では着飾った、だがどこか厳かな雰囲気を持った衣装を身にまとうエリスが立っている。


「これより、われらが砂漠の王、パスクアル様と、森の聖女、リリアーナの婚姻式を行う!

 この婚姻に異議のある者は前に!」


 エリスの言葉に動く者はいない。少しだけ緊張していたリリアーナの表情がそのことに安堵したように緩んだ。誰もが大丈夫だと言ってくれたが、リリアーナとてもう何も知らなかった子供ではないのだ。

 パスクアルがどのような立場にあり、自分がどのような立場にあるかということも理解している。

 だがそれでも、自分はパスクアルがいいのだ。あの森の泉で初めて会った時から、リリアーナはパスクアルしか見ていない。


「反対する者はおらんね。ではパスクアル様、リリアーナ。女神に夫婦めおととなる誓いと祈りを」


 エリスに促され、二人は女神像の前で膝をつく。もちろん膝まで水に濡れたが今は気にする必要はないだろう。


 ――砂漠の女神様、どうか私とパスクアルが番になるのを認めてください。


 リリアーナがそう祈ると、ふわりと見えない何かがリリアーナの頭をなでたように感じた。隣のパスクアルが身じろいだのを感じ、リリアーナも立ち上がるべく足に力を入れる。

 二人が立ち上がり、振り返った時だ。パンパンパン! と、小さな破裂音が何度も頭上で上がり、とっさにパスクアルがリリアーナの体をかばうように動く。だが同時に彼らの頭上に青い花びらが舞い落ちた。

 パスクアルの腕の中で頭上を見上げたリリアーナは、「あ」と声を上げる。上空には、色とりどりの、形も様々な妖精たちが飛び回っており、リリアーナとパスクアルの頭上に青いバラの花を雨のように降らせていた。


「妖精が、お祝いに来てくれたみたいだ」

「人騒がせな」


 同じように驚いて身をかばったり、唖然と空を見上げていたりする砂漠の民たち。そんな中、ため息をつきながらパスクアルは体を起こすと、舞い落ちる花びらの中を歩き、水から上がったのだった。

 これにてパスクアルとリリアーナは正式な夫婦となったのである。


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