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砂漠の王と森の聖女  作者: れん
13/18

結婚のあいさつ

「パスクアル、長様が森に来てほしいって」


 リリアーナが正式にパスクアルの妃候補となって少し経ったある日のことだ。一応、ベニータやエリスの間では候補ではなく妃であるし、リリアーナ本人もパスクアルの番になったつもりであるのだが、そこはそれ。

 めんどくさい政治的調整がまだ済んでいないが故の「候補」である。砂漠の国にある二十七の氏族のうち、半分は森の聖女であるリリアーナが砂漠の王であるパスクアルの妻になることは賛成している。

 ここ七年の、さらにリリアーナが来てからの五年間での緑の浸食やオアシスの発見は目に見えて分かりやすい変化だったからだ。

 反対している半分のうち、さらに三分の一が肌の白い、明らかに他国の人間であるリリアーナを王の妃にすることに難色を示していた。リリアーナの耳がどこの部族とも違う尖った耳なのもあるだろう。

 精霊に多い特徴であるので、それがそのままリリアーナが森の乙女である証拠でもあるのだが、やはり人間は自分とは異なる姿の存在を恐れるらしい。聖女として国に繁栄を齎して欲しいが、王妃として戴くのは嫌だ。ということなのだろう。

 ひょっとしたら、リリアーナを森に追い返した森の国の上層部も同じような考えだったのかもしれない。

 とは言えこれらの一派はさほど声は大きくはない。積極的に賛成はしないが、反対というわけではない。

 問題は残り三分の二だ。その氏族は最後までパスクアルと王座を争っていた氏族で、表向きの反対理由は残り三分の一と同じであるが、実際のところは森の聖女を妃にすることで、パスクアルの王権がより強固なものになることを恐れているのだろう。

 因みにパスクアルのもとに女を送り込んできた数と機会が一番多いのがこの氏族だ。

 こちらは結束も固く、一族が持つ力も古く強いため、無視することができないでいた。

 そんな中でのリリアーナの「長様が呼んでいる」という言葉に、パスクアルは少し考えたのち、頷いた。



 *



 森に入ると、リリアーナの妖精が先導するようにふわふわと前を飛び始めた。森は他者を拒むかのように暗く、周囲は白い霧に包まれている。

 そのあとに続き、深い森を分け入っていると、不意に広い空間に出た。暗い森から青空が広がる空間に出たことに、パスクアルは思わず顔の前に腕をかざす。


「長様!」


 リリアーナが嬉しそうに声を上げた。その声にパスクアルは視線を前へとむけると、そこには樹齢何千年もありそうな大きな大木があった。


『おぉ、リリアーナ。ひさしぶりじゃなぁ。ワシの愛しい子』

『お久しぶりです、長様』


 エリスの指導のおかげか、五年前よりもずっと滑らかにリリアーナは古代語を話す。


『お前についていった妖精に聞いたのだが、おぬし、番になったそうじゃな』

『はい!』


 ここでも番か。と、パスクアルはいささかうんざりと思った。別段結婚にロマンなど感じてはいないが、こうも動物じみた言い方をされるのは心外なのだ。

 なお、古代語には「結婚」に該当する単語がないことをパスクアルが知るのはこのあともう少し経ってからの話である。


『リリアーナ、今、楽しいかい?』

『はい。私は今とても楽しいです』

『そうか、ではワシからリリアーナの番殿に贈り物をさせていただこうかな』


 大樹はそう言って大きく葉を揺らした。五分、十分。どれだけ時が経っただろうか。ざわざわと震える枝は、森全体がざわめいているようだった。

 そしてしばらくすると、木々は動きを止めた。


『……うむ、これでよいだろう。それでは番殿、リリアーナをよろしく頼みますよ』


 大樹から感じる圧力は、それはもうすさまじいものであった。

 パスクアルが思わず息を吐いて振り返ると、リリアーナはいつの間にか精霊や妖精、小動物に囲まれていた。


『皆、リリアーナに会うのは久しぶりなんじゃ。しばしゆっくりしていくといいじゃろう』


 大樹はそう言うと、葉を揺らした。すると上からパスクアルの手の中に緑色の木の実が収まる。

 見たことのない木の実だが、食べろと言うことだろうとパスクアルは半分諦めのように思うと、その場に座り込むと手の中の木の実にかじりついた。

 途端に、さわやかな風がパスクアルを包み込んだのが分かった。砂漠の死を運んでくる風とは違う。まるで草原に吹く心地よい風だった。

 パスクアルはチラリと大樹を振り返ったが、大樹は沈黙しており、当たり前だがそこにどのような感情が含まれているかはわからない。


『……アノくにハドウナッタ?』


 パスクアルが問うと、大樹は特にためらうことなく答えた。

 別段パスクアルとしても、あの国がどうなろうと知ったことではないのだが、もし森の聖女を探していたり、取り戻そうとしていたりするのならば先に手を打っておかねばなるまい。

 多少、周囲に流されたところはあるが、パスクアル自身がリリアーナを気に入っていなければ頑として娶ることを拒否していた。つまり、妻として自身のそばに置いてもいいと思える程度には、パスクアルはリリアーナのことを気に入っているのだ。

 それを、奪おうとするならば徹底的に報復してやるつもりである。


『さて、もはやあの地はあの子の愛した場所ではない。ならばワシが気にかける理由はないのでなぁ』


 大樹がざわめく。その口調には何の感情も含まれていないようだった。森の外周の土地から力を根こそぎ奪うほどの加護を与えていたというのに、そのあまりにもそっけない態度はまさに人外のそれだ。


『リリアーナノはなしヲきクかぎリ、アノくにハ、せいじょヲろくナあつかイヲシテ、イナカッタダロウ』

『まったくじゃ、リリアーナにはかわいそうなことをした。大地とつながらぬ石の部屋に閉じ込められては、ワシにもあの子の様子はうかがえなかった』

「石の部屋」


 大樹の言葉にパスクアルは顔をしかめた。その言葉に聞き覚えがあった。

 リリアーナと同衾するようになってからまだ数回だけだが、夜中にリリアーナが飛び起きることがあった。

 その時の彼女は怯えていて、「石の部屋」「暗い」とひどく取り乱していた。最初は部屋を明るくしてリリアーナが落ち着くのを待っていたが、回数が増えればパスクアルの睡眠時間が削られる。

 最終的には怯える彼女を腕に抱きこんで眠るようにしたところ、どうやら人の心音に安心したようだった。以降は目が覚めた日はパスクアルの腕の中に、潜り込んでくるようになったのだ。


 ――まったく、無防備にもほどがある。


 結局、番の本当の意味すら知らない子供なのだ。翌朝、抱き合って眠るパスクアルとリリアーナに、ついに本懐を遂げたのかと部下の一人が騒いだが、ただ抱き合って眠っただけだと聞いて舌打ちをされた。

 ベニータにも「なんでそこで手を出さないんですか!」と激しく抗議されたのだが、今日のことを考えると、あそこで手を出していなくてよかったというべきだろう。


『人の王よ、あの子は私たちの最後の愛し子になる』

『さいごノ?』


 パスクアルの問いに、肯定を返すように木々が震える。


『あの子にはかわいそうなことをしてしまった。人の子の変化はわれらにとってはとても早く、速い。

 最初の子が願っていた想いは、すでにあの国には残っていないようだ』

「…………」


 長の言葉にパスクアルは返す言葉はなかった。実際にそうだからだ。悠久に近い時を生きる精霊などに比べて、人の時間はあまりにも短い。

 かの国で聖女たちを襲った不幸は、そうしたギャップを森が理解していなかったゆえに起きたことだろう。だからこそ、もう聖女は現れないと大樹は言う。


『それでもあの子はわれらの可愛い愛し子じゃ。

 砂漠の人の王よ、くれぐれもよろしく頼むぞ』

『イワレルマデモナイ。オレハアイツヲキニイッテイル』


 パスクアルは唇を吊り上げると哂ってそう返した。たとえあの子供が森の加護を受ける聖女であったとしても、気に入らなければ娶ることなどしなかった。

 初めて会ったあの時から、パスクアルはリリアーナの瞳が忘れられなかった。それこそ、拾ってきた子供の存在を忘れてはいても、あの瞳だけは、決して忘れることはなかったのだ。

 しばらくリリアーナが精霊たちと戯れるのを見た後、日が傾いてきたという理由でパスクアル達は聖域を後にした。

 そして、王都に帰ると、王宮の後ろから水が噴き出しているのを目撃することになる。


「パスクアル様! 水が!!」

「急に、地下から水が噴き出してきて!!」

「わぁ」


 どぼどぼと勢いよく地下から湧き上がる清水に、リリアーナが歓声を上げ、パスクアルは現実逃避気味に空を見上げた。

 あの大樹が言っていたことが思い当たったからだ。


 ――森の祝福ってこれか!!


 心底、聖女の育ての親に挨拶をする前に手を出していなくてよかった。パスクアルは心底そう思うと、部下たちに指示を出し始めたのだ。

 なお、この奇跡ともいうべき水源の出現は、森からのリリアーナとパスクアルの結婚の祝いであるということが周知されると、二人の結婚に対する反対意見は表向き消えたのだった。


お父さん、娘さんをください。する前に手を出してなくてよかったね!

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