side 森の乙女3
さて、少しだけ私の話をしよう。私の名前はリリアーナ。森の子のリリアーナ。一部では森の乙女だとか、森の精霊だとか言われている。
森で生まれて、森で育ち、本来ならばこの砂漠の国ではなく、森を隔てた別の国、森の国と呼ばれる場所へと招かれているはずだった。それが、千年前から続く、森とかの国との誓約だった。
まぁこの辺りはおばばからの受け売りだ。だって私自身にはそんな記憶はないので、「へぇそうなんだ」としか返せない。
森から一緒に来てくれた妖精は「リリアーナは森の子だヨ!」「森はみんなリリアーナが大好きダヨ!」としか言ってくれないし。私も森は大好きだよ。
そうそう、砂漠の国、なんて呼ばれているけれど、今は国土の三分の二ほどに緑が戻っている。残っている三分の一の砂漠地帯にも、大きなオアシスが見つかって随分と暮らしやすくなっているという。
それを森の聖女である私のおかげだっていうけれど、私自身は何もしていないので何と言うか、そんなこと言われてもちょっと困る。
さて、この国で私が何をしているかというと、実際には何もしていないようなものだ。
そもそも、私が今まで使っていた言葉は古代語、と言って今では魔術師が魔術を使う時の呪文か、精霊、妖精ぐらいしか使っていないらしい。それで最初の二年ぐらいは言語をみっちりと教えてもらうことになった。
それに加えておばばによる魔術の勉強。古代語を日常的に使っていたからって魔術が使えるかどうかはまた別の話だと思うなぁ!
別に殴られるとか、ご飯を抜かれるとか、そういうことはないけれど、常時高いテンションで、しわくちゃな顔に迫られている状態が辛くてしょっちゅう逃げ出してた。
で、逃げ出してもすぐに見つけられた。思えばあれは行っちゃいけない場所とか、危険な場所に近づかないようにしていたんだと思う。実際、逃げ込む場所が王宮の訓練場だった時は何もなかったしね。
ただ、自分の影の中から、老婆が現れて脅かしてくるというのは、単純にホラーだと思うんだ。何度か叫んだし、私が最初に使えるようになった魔術が乾燥と浄化と言うあたりでいろいろ察してほしい。
逃げ込んだ訓練場では剣の稽古をつけて貰えた。
砂漠の民は女性であろうと子供であろうと戦う種族だ。正直ベニータさんの上腕二頭筋とか私の二倍くらいある。いえ、それ以外にもいろいろ大きいんだけどね。うん。バストサイズとか、バストサイズとか、お尻は私安産型って言われたけどさ。
ともかく。体を動かすのは性に合っていた。始めは剣を持ち上げられずに、ひたすら体力づくりと筋トレだったけど。初めて剣を持てた時はもちろん、ベニータさんに勝てた時は嬉しかったなぁ。
砂漠の王であるパスクアル様はもっと強いって言うから、一度手合わせしてみたい。そう言ったら、「あんた死にたいのかい!」ってみんなに止められた。
そのころから、やたらと男に手合わせを挑まれることが増えた。聞けば砂漠の民の伝統らしい。いいな。と思った相手に手合わせを申し込み、勝ったら交際スタート。負けても相手が気に入ればやっぱり交際スタート。
「それって嫌な相手に負けたらどうするの?」
「返り討ちにできるように訓練する」
「なるほど」
シンプルだ。なお、交際中のお断りも戦って突きつけるらしい。いや普通にお断りすればいいのでは? という話だけれど。私がそう尋ねると、教官は沈痛な表情で首を振りながら教えてくれた。
「砂漠の民は情が深い。普通の別れ話だと100%もめる」
どちらも冷めた場合なら別だが、大体の場合はそうではないので、相手が泣いてすがって復縁を求めてくるらしい。そのため、別れ話は本人が相手を倒すか、新しい相手がそいつを倒すか、というのが普通だとか。
実際結婚に至る際にはまたいろいろとあるらしいので、男女交際のスタートはそんなものらしい。
でもまぁ、森の獣もそう言う種類はいたし。私にもシンプルでわかりやすい。
私に挑戦してきた男は? もちろん全員返り討ちにした。番にするなら一番強い男がいい。
*
「パスクアル様はこの砂漠を統治なさる偉大なる王。
先代の力が弱まり、他の氏族たちが次の王にならんと内乱状態になるのを察知し、いち早く周辺氏族を制し、王となったお方ですじゃ」
おばばがそう言う。砂漠の王、パスクアルの話。私を森から連れ出してくれた男だ。とは言え、それ以降殆ど直接会うことはなかった。
時々遠目で見ることはあれど、いつも忙しそうにしている。王って言うのは大変なんだなぁ。
「強いの?」
「もちろんじゃ! 十四の時には、森の国で行われた剣術大会で優勝したんじゃ。
ほほほ、あの時の森の国の連中の間抜けな顔! 実に愉快じゃった」
ヒヒヒヒヒと、おばばが笑う。十四、というと、今の私より一つ下か。ベニータさんにも勝てない今の私だと、王にはまだまだ足元にも及ばないんだろう。
ちなみに私は十五。らしい。伝承で森の乙女は七歳になると国に招かれるということで、先代の森の乙女が死んだ時期とかいろいろ計算してそれくらい。ということになった。
因みに砂漠の民は十六で子供が産めるという話なので、それもあって最近手合わせという名の交際申し込みが増えているんだろう。
「みんなそんなに白い肌が珍しいのか」
「まぁこの辺りでは見かけないからねぇ。ほれ、リリアーナ。香油を塗ってやろう。お前さんの肌は日差しにそこまで強くないからね」
「髪にもだよ。出入りの商人が最近、森で採取した花の蜜を絞って作ったっていう奴がある」
おばばが私の手を引いて、ソファに座らせる。ふわりと花の香りが周囲に漂う。肌と髪に香油が塗られる。乾燥を防ぐためだ。三分の二が緑に覆われたとしても、まだまだこの国は砂漠地帯が広がっている。
王宮もその砂漠地帯にあった。場所を変えるという話も出ているそうだが、やはり先祖がこの地に築いた場所を離れるわけにはいかないとかなんとか。
『リリアーナ、いい匂いだね』
『そうだね』
妖精が周囲を飛び回る。彼女の背後に見える窓の向こうでは、砂漠の蜃気楼が揺らめいていた。




