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砂漠の王と森の聖女  作者: れん
10/18

番の条件2

 パスクアルはひとまず三人をラグの上に座らせた。王であるパスクアルのすぐ前にベニータ。ベニータの左横にエリス、そしてパスクアルの左横にリリアーナがちょこんと。座り込む。

 もの言いたげな視線を向けるパスクアルに、リリアーナはにこりと笑みを浮かべる。その肩の上では、五年前に見た妖精がフヨフヨと浮かんでいた。間違いなく、あの時の貧相な子供だと理解し、パスクアルはもう一度ため息をつき、改めてベニータへと視線を向けた。


「それで、やはり森の聖女で間違いないのか?」


 五年前に、リリアーナを拾って来た時も聞いたが、パスクアルはいま一度確認するようにエリスに尋ねる。


「あぁ、間違いないさね。何しろこの五年でこの砂漠にオアシスが新しく十もできた」

「ほかの国でも古い大樹がよみがえったり、毒沼になっていた場所が清水になったりしているようだね。明らかに森が変化している証拠だろう」


 答えたのはエリスだった。さらにベニータが砂漠の国以外の現状を話す。彼女の言うとおり、変化はこの砂漠の国だけではなく、周辺諸国にも及んでいるようだ。


「対して森の国は大変みたいだねぇ」


 ベニータの声には明らかな嘲笑が含まれていた。だがそれも仕方がない。かの国にはさんざん辛酸をなめさせられてきたのだ。

 しかも連中が慌てて聖女を連れ戻そうとしても、その聖女はこちらの手の内だ。それが愉快でなくて何だというのだ。


「具体的には」

「一番大きいのは、森に入れるようになったね」

「あぁ、それは聞いている」


 今まであの国を囲んでいた深い森は、他国の人間が入ればたちまち迷い込み、魔物になっていた。商人などは森の中に敷かれた道を使う以外にほかならず、そこには高い入国税が課されていたのだ。

 だがそれを払っても、あの国で作られる作物は周辺諸国の生命線の一つだった。また、入国ルートが絞られているせいもあり、スパイなどを潜入させるのも難しかったのだ。いわば森が天然の城壁であったのだ。だが今はそれはなくなっている。


「おかげで密偵を放ち放題。とまでは行かないが、まぁ前よりもやりやすくなったよ。夜になれば魔物が出るのは変わらないけどね。

 あぁ、その魔物の被害もあちらは大きいみたいだね」

「森から魔物が出るのは昔からだろう」


 ベニータの言葉にパスクアルは訝しげな顔をした。なお、砂漠も暑さに負けず活動する魔物がおり、さらに夜になると砂漠で死んだ死者の魂が現れてさらに旅人を惑わせている。


「それが、今まで魔物は森から出てこなかったらしいんだよ」

「それも森の加護か?」

「長様が森に結界を張って、魔物を外に出さないようにしていたんだって」


 パスクアルの問いに、答えたのはリリアーナだった。ねぇ。と、彼女の肩に止まる妖精に問いかけると、妖精が鈴のような音を立てた。古代語を知るこの場にいる面々には、それが間違いなく精霊の肯定の声に聞こえる。


「長様、とは」

「森の奥にある大きな樹だよ。精霊や妖精の生みの親」

「おそらく聖域の大樹ですじゃ。森に入れるとはいっても、中心地の聖域は相変わらず迷いの森。人が立ち入ることはできんのですじゃ」


 リリアーナの言葉をエリスが補足した。うん。と、リリアーナがうなずくのを見て、パスクアルとベニータがうなずいた。


「それ以外は、森の奥にあった水源が汚れたとか、農作物の不作が続いているとか、まぁそう言う感じだね」

「国に人が増えて、森はたくさん魔力が必要になったんだって」

「なるほど、その魔力を森の周囲から調達した結果が、砂漠化か」


 リリアーナの言葉に、パスクアルはそう呟いた。だが握り締めた拳には震えるほどの力が入っていた。沈黙を守るベニータやエリスたちの表情も険しい。

 それはそうだろう。かの国を栄えさせるために、その周辺諸国は森によって不当な搾取をされていたようなものだ。

 そして、かの国を守る必要がなくなった魔力は大地に戻り、ここ数年の驚異的なスピードの緑化だろう。砂漠の国も、実に三分の二に緑が戻っていた。

 他の諸外国がいまだ三分の一程度なので、この国が特に早いのは、ここに森の聖女であるリリアーナがいるからだろう。逆に言えば、ここでこの少女を無下に扱えば森はあっという間にこの国から緑を奪い取るに違いない。

 たった一人の少女の存在が、国の盛衰を左右する。そのことに理不尽さを感じるとともに、そんな存在が手の内にあることの高揚感もまた、パスクアルには存在した。


「リリアーナ」

「なに?」

「お前は俺の嫁になることで納得しているのか。そもそも嫁がどういうことかわかっているのか?」

「うん。パスクアル、様と番になるってことだろ?」


 番。と、実に獣らしい回答が返ってきた。思わずベニータに視線を向けると、彼女は神妙な顔で首を振る。ちゃんと説明した。と言う彼女の無言の主張らしい。


「お前はこの王宮に五年はいただろう。他にいい男はいなかったのか?」


 パスクアルの言葉にリリアーナは首を振る。それから身体を伸ばし、パスクアルの膝の上に手を置くと、パスクアルの顔を間近で覗き込んだ。青い瞳に、煌めくようなどこか獰猛な光が宿る。


「あなたがいい。あなたが一番強い」


 リリアーナはそう言うと、花のような笑みを浮かべた。どこまでも獣じみた理由だ。視界の端でベニータが頭を抱え、エリスが頷いているのが見える。

 パスクアルはリリアーナの後頭部を掴む。パスクアルの片手で掴めてしまうほどに、小さな頭だ。金色の髪が、パスクアルの指の間を流れる。そのまま引き寄せ、リリアーナの身体を自身の膝の上に乗せた。


「なるほど、それが理由なら俺以外はおるまい」


 パスクアルはそう言うと、噛みつくようにリリアーナに口づけた。

 ぱちくりと目をしばたたかせたリリアーナに、ベニータが「キスの時は目を閉じるように今度教えよう」とため息をついたという。



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