聖女追放
かの国は森と海に囲まれていた。
森はかの国に恵みをもたらした。肥沃な大地、豊富な水源。森は悪意あるものを拒み、迷わせ、取り込む聖域。これによりかの国はほかの諸外国からの侵略を受けることなく平穏な日々が続いていた。
森がかの王国を守るようになったのは今から一千年前のこと。当時王子であった男と、森の愛し子が愛し合った結果だった。
森は愛し子の願いで国を守るようになったのだ。そして今も、その契約は続いている。
森の愛し子、森の聖女と呼ばれる少女は森で保護されると国の中枢で大切にされている。
少なくとも、表向きは――。
「もう我慢ならん!」
今代の王、シリル・ドラクロワは忌ま忌ましげにそう叫んだ。その声に、彼の家臣たちが頭を下げる。
金の髪に、緑の瞳をした美しい王だった。だが今はその緑の瞳に怒りを湛え、唇は歪んでいた。それほどまでに、彼は怒りを持っていたのだ。
「先月は新しいアクセサリー、その前はドレス、そして今月は新しい靴だと! いったい何様のつもりだ!!」
そう叫ぶ王の手には森の聖女からの要望書が握られていた。先代の森の乙女が身罷ったのが五年前。そしてその三年後、今から二年前に新しい森の乙女が現れて城までやって来た。
森の乙女は森との誓約の証だ。王国は乙女を大切に扱い、その見返りとして森は王国に富をもたらす。そうやってもう千年の間、王国と森はともに歩んできた。
だがここしばらくの森の乙女は自らの立場を笠に着ての贅沢三昧。その散財ぶりは実に王国の予算の1割にも及ぶほどだ。王は先月会ったばかりの金髪の少女を脳裏に浮かばせ、忌ま忌まし気に要望書を握り締めた。贅の粋を集めたようなきらびやかなドレスを着た女だった。あんな女が森の乙女だとは到底思えない。
「そもそも、森との誓約などもう千年も前のおとぎ話ではないか!」
「王よ!」
咎めるような大臣の声に王は睨みつけるように視線を向ける。
「どうせ森の乙女など森の浮浪者の子供にすぎん! 即刻森へと送り返せ!!」
王の怒鳴り声に一部の家臣たちから声が上がるが、王は取り消すつもりはなく、自身の親衛隊に神殿へと向かい、乙女を森に捨てて来いと命じた。
それが、王国崩壊の始まりであったのだが、そんなことはこの時の王は思いもしていなかっただろう。