銃と刀
少女が手にする日本刀がキラリと光った。
重武装の男達は、切られた腹から腸が出ないよう押さえるが――――結局その激痛に意識を保てない。
血降りを行うと、びちゃびちゃと音を立て、地面に血と脂が落ちる。
少女は刀身を検め、腰にある鞘へ収めるが、ふっと少女が顔を上げるとそこには今し方火を点けた葉巻を手に持つ、老人がいた。
だが老人とは言え、ここに派遣されている兵士だ。
屈強な肉体に、露出している腕には古い傷がいくつも見える。
「……誰だ?」
「見ればわかるだろうお嬢ちゃん、あんたを止めに来たんだ」
――敵、少女は明確に、それを認識すると柄に手をやる。
「本当、いや嬢ちゃん風に言えば……マジで酷いと思わないか?」
「……」
「こんな引退した爺まで引っ張り出して、お嬢ちゃんを止めろ、っつうんだ。こんな装備まで持たせやがって」
屈強な老人は小銃を少女へ見せる様に掲げる。
心底嫌そうな顔はしているが、本心は違う。
「嘘つくなよ爺さん、それが本当ならあんたはもう逃げだしてるよ」
柄に触れ、臨戦態勢に入ったというのに……非力な人間ならば、目の前で仲間が複数人一気にやられれば、逃げ出すのが普通だ。
それをやらないこの老人は……相当な自信を持った手練れ、もしくは阿呆なだけ。
見透かされても――いや、そもそも隠す気などさらさらないのだろう、老人は葉巻の吸い口を唇に触れさせ、口内へ満遍なく煙を行き渡らせた。
「それに爺さんが若者言葉を使ってるのは――見てて良いもんじゃないね」
そう言った刹那、少女の体が自重で落下する様に前へ傾き始めた。
速度は徐々に加速され、既に反射的に落下の衝撃を和らげようと手が出てもいい角度まで傾く。
――――刹那、数メートルの距離を少女が高速で詰め寄り、傾いた事によって刀自身の重さを足した抜刀による振り上げが繰り出された。
見たこともない走法、前に出された少女の右膝は深く折られ、その殺傷距離を伸ばしていたが、刃は老人の咥えた葉巻を割る事しか出来なかった。
振り切った日本刀はすぐに返せない、硬直時間がある。
「老兵ってのは戦場に長居し続けちゃいけねぇが、少しは労わるってのも大切さ、ジャパニーズガール」
老兵は驚きながらも、少女の言葉にそう返すと葉巻を捨て、小銃を構える。
素早く照準に入った瞬間、老兵の指が躊躇いなど微塵も見せず、引き金を四回ほど引いた。
「……ッ!!」
室内に響く発砲音、ちかちかと光った発砲炎に続き、少女の腹部、胸部中心、口腔喉奥、そして額。
それぞれに風穴が開けられた。
唇が裂け千切れ、破壊された歯が地面に転がる。
額から後頭部を貫いた一発は、少女の背後へ消えるが黒髪と肉片が散らばった。
「ったく一本無駄になっちまった」
からからと小気味の良い音を鳴らし落ちた空薬莢の間に、二つに割れた葉巻を見て溜息をつく。
だが、しょうがない事だ、自分の命に比べれば。
「おおっとそうだ、本部報告しとかないとな……あー本部、対象を無力化した、帰っていいか?」
碌な手順を踏まず、無線機へそう言葉をかける、が返答は思いもしないものだった。
『無力化……いや目標は無力化から回収に先程変更された!奴の無力化など平地の上で中隊規模の戦力が無ければできない!繰り返すぞ!今回の目標は回収――――』
無線機から聞こえる声など、とうにどうでも良くなっていた。
当初の目標は確かに無力化だったが、上の連中、どうやら何かしらの情報仕入れたらしい、しかもそれはこの現場での報告だろう。
複数の仲間の死体――考えろ、考えろ、そう老兵は頭を巡らせる。
これだけの数が居て、発砲しなかった訳が無い……と地面へ視線を走らせた。
もちろん、そこには幾つもの空になった薬莢が血に濡れ、ある。
次に、死体になった筈の少女へ目を動かすが、その、理由が分かった。
「歳を取ると、何もかも鈍くなるのか?無線機でやっと気づくとはな」
四発、四発だ。
的確に急所を狙った銃創は――――今や既に完治していた。
飛び散った肉片はそこにあるが、少女は、今にでも手にした日本刀を振ろうとしている。
「……年寄ってのは、労わるもんじゃなかったかジャパニーズガール?」
「私が労わる爺は銃なんか持ってねえ」
「クソ……ッ」
構えられた小銃からは、残弾全てが発射され、つい五分前の余裕が、老兵からは消え去っていた。
殆どの弾丸は少女の体を貫くが、その傷は頭でなければ即座に塞がった。
頭を狙う……が空になれば撃てないのは必然、弾倉を取り換えようと少女から視線を外したその時――――
「そこまで冷静なの、あんたが初めてだったよ」