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東シナ海に浮上した夏みかんのせいで納豆が売られなくなった話

作者: 白内 十色

 東シナ海に巨大夏みかんが浮上してリモネンを放出し始めたせいで、僕らの町のありとあらゆる店から納豆が姿を消した。


「奥さん、最近納豆を見かけました?」

「あら、そういえば最近はスーパーにも売っていませんわね」

「そうですのよ。息子が納豆を食べたいと泣くもんで、少しくらい高くたって買ってやりたいんですがね」

「そうはいっても、この辺に売っているところなんてありゃしませんよ」

「本当に、どうして夏みかんくらいで納豆が減るんですかねえ」

「私どもにはわかりませんねえ」


 僕にだってわかりゃしないよ。

 主婦たちの会話を聞きながら通学路を歩く。夏みかんの浮上から一か月、この町で納豆を見かけることはほとんどないと言っていい。小粒大粒を問わず、からし入りからし抜きも関係なしに、いつの間にかいなくなってしまった。主婦とか子供には一大事かもしれないけれど、僕たち学生には友達との遊びとか新作のゲームのほうが大事なのだ。うん、まあ勉強もね。


「あーくん! 遅刻するよ早く早く」


 後ろから幼馴染の菱田が駆けてきた。こいつは僕の数少ない女友達、と言ってもいいと思う。実際は腐れ縁みたいなもんだけど。

 遅刻癖があるのが困り者だけど、気のいい奴だ。


「ほら、急いで急いで」


 今だって僕の背中を押してくる。本気で走ったら僕のほうが早いけど、菱田と一緒の時は彼女に合わせてやるようにしている。


 校門を難なく潜り抜けて教室に着く。ばいばい、と言ってそこで菱田とは別れた。僕も彼女もそれぞれのグループの中に混ざりに行く。目をこすって眠そうにしていた。遅くまでゲームでもしていたのかもしれない。


 古文、漢文、体育、数学が終わると昼休みが来た。横目で菱田の席を見ると数学なんか豪快に昼寝をしていたからちょっと気にしていると、昼休み開始のチャイムと同時に目を覚まして僕のほうにやってきた。


「ねえねえあーくん、お昼二人で一緒に食べない?」

「えっ、いいけど、どうしたの?」

 

 少し驚いて尋ねる。菱田と一緒に昼ご飯を食べるのは別に初めてではないけれど、いつもは彼女の友達とかも一緒で、二人きり、ということはなかった。


「いいから、屋上にきて、お願い」


 手を引いて引っ張られる。もう片方の手には弁当箱の入った手提げかばんで、準備は万端といった風情だ。僕もあわてて机の上に取り出しかけた弁当箱をひっつかむと菱田についていった。

 後ろからはやし立てる声が聞こえる。菱田は聞こえないふりだけど耳が赤くなってるのがうっすらと見えた。


 うちの屋上は見える景色はきれいだけど、ベンチが一つしか無くて狭いのと風が吹いて寒いのとで利用者は少ない。

 今日も開いていたベンチに座って弁当箱を開き始めると、菱田が言った。


「あーくん、今日もご飯にふりかけ?」

「そうだけど」

「じゃあ、それを開けるのはちょっと待ってほしいの」


 今日のふりかけは鮭だった。別に愛着もないので脇に置く。

 すると彼女が手提げかばんの中を探って、白い容器を二つ取り出した。


「じゃーん。これ、なんだと思う」


 それは四角い発泡スチロール製の容器で、上に賞味期限が書いてある。この町では久しく見なかったもの。朝がた主婦の会話でも聞いたから、僕はすぐに思い出すことができた。


「納豆?」スーパーでも売ってたような安っぽい奴だけど。

「正解」

「うそ、どうやって見つけたの」


 すると菱田は嬉しそうな顔で言った。よくぞ聞いてくれました、みたいな。


「なんと朝早くだけなら売っている店があるのです。すんっごく早起きして、遠くまで行ったんだから」


 意外と普通。


「それで眠そうだったんだね」

「そうそう、だから数学なんか爆睡しちゃってさ、後でノート見せてね」


「それでそれで、今日は二人で納豆を食べる日なのです」


 そう言うと菱田はパックを開けて納豆をかき混ぜ始めた。僕も自分のぶんを混ぜようとすると、私が混ぜたげるから、と手をはたかれた。何の気づかいなんだ。


 ふと、菱田の目が僕をとらえた。見つめ返すと、急に真剣な表情になる。


「君は、この町の納豆の謎を知ってる?」


 少し顔が近づいてくる。手は納豆を混ぜてるけど。


「納豆が見つからないのはこの町だけ。私はこの町で納豆を買ったけど、本当は駅を二つか三つ行けばいくらでも買える」


 その話は聞いたことがある。納豆が品切れなのはこの町だけだと。でも、納豆を買いにほかの町まで行く気にはならない。


「それに、実はこの町の納豆工場は正常に稼働している。ちゃんと出荷もされている。なのに店頭からは納豆が消えてしまう。調べてみると、輸送ルートのどこかで盗まれてしまっているらしい。それに、大規模な買い占めも行われている」


 菱田は僕の弁当箱から箸を取って、もう一個の納豆をかき混ぜ始めた。


「それで、ここからは私が聞いた噂話」


 菱田の顔がさらに近づく。鼻を突く納豆のにおい。


「最近、東シナ海に夏みかんが浮上したでしょ?」

「うん、リモネンをまき散らしてるとかいう」

「そう、そのリモネンが関係しているの」


 リモネンっていうのは柑橘類の皮に含まれる成分だ。東シナ海に突如として現れた夏みかんはこのリモネンを大気中に放出しているらしい。


「この町は、空を流れる風の集まるところなんだって。地形とか、気温とかの関係で、特にこの時期はそうなる。東シナ海上に流れたリモネンは紆余曲折あって、大部分がこの町にたどり着く」

「それがどうしたの? リモネンがあるだけじゃ納豆はなくならないだろ」

「それがね、リモネン濃度が高いところで製造された納豆には、不思議なことが起こるらしいの」


 菱田は手元の納豆パックを見やる。


「リモネンが納豆に触れると、百万分の一の確率で、特殊な納豆が出現する。みんなそれを探して納豆を集めてるの」


 納豆を一粒、すくい上げた。パックから延びて繋がる糸を箸を揺らして振り払う。


「納豆が、ハート型になることがあるの。化学反応って不思議よね」


 そうして菱田が僕に見せた一粒の納豆は、確かにきれいなハート型をしていた。

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