市街は火薬の臭いに包まれる
完全な室内に限られた話であれば、天岩戸においてAR技術は確たるものとして存在する。しかし、それは決められた用途に対して用いることが出来る汎用性に乏しい未熟な技術だ。その未熟な技術の粋を集めたものの一つが、AR射撃訓練部屋。床天井壁面を電気信号によって変幻自在に姿を変える素材で凹凸を作り、そこに拡張された情報――ラベル――を貼り付けることによって状況・物質・諸々を再現。加えて設定された温度湿度風向きニオイを足していき更なる情報を付随させることで現実を上書きすることでARを実現した。
無論これは天岩戸が計画された根本である核融合炉施設:天照から得られる膨大な電気エネルギーがあるからこそ可能となっているのであり、もしこれを上へ持っていったとしても電力問題・維持費の関係で実行不可能である。
命中……右にそれた。
命中……ちょっと下。
命中……中心。
命中……中心。
「はー……」
命中……命中……命中……命中……
……外した。
「ふー」
じんわりとした汗を拭い、総計30発の弾痕が刻まれたデータを眺める。
「調子が悪いか?」
私の監視官をしていたお祖父ちゃんの第一声は、今日はもう止めるかという問いだった。
「うーん、そういう訳じゃないんだけど……。焦ってたっていうのはあるのかも」
「そうか……。何か違和感があれば遠慮せずにいいなさい、怪我をしてからでは遅いのだからな」
「うん」
体調に関しては本当に問題はない。たださっき私が言った通り、焦りがあったのは事実。スポーツ競技とはいえ私は銃を扱っているんだ、油断も焦りもしていい道理はない。
「一回休憩したら次はHGするよ」
「わかった。柔軟は忘れずにな」
競技射撃には種目がいくつかある。その中でも特に有名……というか中心となっているのが3種類でライフル銃を扱うライフル射撃、ピストルを扱うピストル射撃、散弾銃を扱うクレー射撃だ。
さっきまで私がやっていたのがライフル銃を使用するライフル射撃。上との大きな差は的が紙ではなくARよって表示された的であるということだろう。練習終了後に的に中った箇所とその順番が表示されるので、その時の反省点を挙げやすいというのが特徴的だろうか。
……ARって言ってんのに何も媒介にしてないじゃないかって? 詳しくは機密事項だとか言われてたけど、空間そのものにフィルターを掛ければ全てはフィルター越しに現実を見ていることになるんですってよ、室内に限られるから”まだ”実用的な技術じゃないとか。ナノな細菌レベルのマシンでも散布してるんじゃないですか? 実害は今の所無いので誰も気にしていないというのが天岩戸クオリティ。
そして、そんなAR技術を使った天岩戸唯一の射撃競技もまた存在しており。
「準備、整ったようだぞ」
「はーい。んしっ」
ショルダーホルスターのベルト具合を確認。弾の装填数を確認、マグポーチの予備マガジンを確認、ヒップホルスターに収まっている予備銃を確認。
私がライフル射撃と並行して練習をしている射撃競技がもう一つある。
それがAR射撃。そのまんまな名前だね!
「ステージは市街。標的は15。制限時間30分」
AR射撃のルールは非常に簡単だ。限りなく実戦に近い形式で戦闘を行うそれだけ。細分化していくと携行する武器の指定・制限、弾数制限、エンドレス、などなどの条件がある。私が基本的に行うのは指定されたタスクを如何に早くそして損害なく、スマートにこなせるかというミッション形式だ。
「ふー…………」
合図一つで無味乾燥であったAR射撃訓練部屋は瞬時に様変わりを果たす。周囲には瓦礫と化した家屋が立ち並び、暑くも寒くも蒸しても乾いてもいなかった空気はじわりと暑く今にも喉が張り付きそうな風を帯びて砂埃を巻き上げる。カンカン照りの太陽に目を細め、手のひらに浮かんだ汗をズボンで拭ってショルダーホルスターに収められた銃を抜く。
「ミッションスタート」
遥か遠く、太陽の光を反射した何かが光り――
「っ――!?」
マズいと思ったのと傍の瓦礫の陰に飛び込んだのはほぼ同時だった。
プスン、と音にして見れば軽い音が足を掠め、地面に小さな穴が穿たれる。
「いきなり狙撃って……」
このミッションの設定をしたのはお祖父ちゃんだ。つまり、スタートと同時に狙撃手が狙ってくるというのもお祖父ちゃんが設定したというわけ。これ狙撃の兆候を捉えるまたは即座に移動をしないと開始数秒で死亡判定を食らうとかいう完全な初見殺しじゃん……
「場所は家屋が立ち並ぶ大通り。狙撃手は大通り最奥にあった高台から狙ってた。となれば狙撃手は最低一人。残り14人がこの大通り上の家屋のどこかにいるってことか……」
ひとまず情報を整理だ。現状狙撃手が位置取っている場所は大通りの直線上にしか射線は通ってない。私のいる場所を南、狙撃手は北として、現在位置は南南東の瓦礫地帯。このまま瓦礫を低姿勢で移動すれば狙われることなく東側の廃墟並びに侵入することができるだろう。逆に西に行こうとすれば絶対に大通りで体を晒すことになるから狙撃されること必至だ。
となれば……
「東から北上しつつターゲットを殲滅しつつ北に位置する狙撃手を潰す」
射程で負けている以上、勝てる射程まで近づけなくては私の敗北は揺るがない。特殊な移動手段も狙撃に対する対処方法も無い私の狙撃手攻略方法は一つだけだった。
「文句を言うならクリアしてから文句を言ってやる」
ハンドガンのチャンバーを引き、決意新たにAR射撃は始まった。