メインヒロインの登場です!?
天岩戸は区画の隅から隅まで設計されている。そのため住居は住居、公共施設、娯楽施設、仕事場と固まっている。その影響もあってか自宅から目的の場所への道は最低でも数キロから最高でも数百キロの距離に及ぶ。それを解決するために導入されたのがモートルである。
モートルとは自動車だ。ただし、天岩戸を走っているモートルに運転手はいない。敢えて挙げるのであればAI。GPSによってリアルタイムで位置を把握しつつ、モートル専用に設けられた道路を走る。乗り込む際には目に入ったモートルを拾うか、PDAを使って近場のモートルを呼ぶ。その後は乗り込んで目的地を告げれば勝手に運んでくれる。
安全性に関して衝突事故の類は発生しないが、不具合や一箇所にモートルが集中することで大渋滞を起こすことは少なくなく、高天原学園前での大渋滞は日常茶飯事である。モートルの乗り込み最大人数は4人。向かい合う形で2:2に分かれて座る。
こういった全面自動化技術は天岩戸に多く導入されており、電力や空間的な問題は解決してないものの、将来的には上で導入するための試験的な側面と技術発展を目的として多少の危険を承知で用いられている技術は少なくない。
午後からの予定は部活動である。
「ある、ある、ある……よし」
そう部活動だ。
「今日は荒れそう」
指差し確認で忘れ物は無いかを確かめた私は、名残惜しくもVR機器への誘惑を振り切り、キャリーバッグを担いで部屋を出た。
「準備できたよ、お祖父ちゃん」
「うむ、それじゃあ行くとするかの」
リビングで準備を終えていたお祖父ちゃんと合流し家を出る。
向かう場所は我が母校、高天原学園……ではなく。天岩戸射撃練習場だ。
天岩戸において唯一の射撃場であり、高天原学園全学部の射撃部に所属している部員および趣味で射撃をしている人たちにとって大事な場所である。
射撃場に向かうため……というより、天岩戸における基本的移動手段はモートルだ。AIによって完全制御された、天岩戸中を走行しているモートルを拾って乗り込み、行き先を告げれば連れて行ってくれる、片道10数キロを移動するのが基本のここにおいて一つしかない乗り物だ。
揺れと慣性をほとんど感じず、数十分もすれば到着のアナウンスが流れた。
「あれ?」
静かだ、と最初に抱いたのはそんな感想だった。
いや射撃場なんだから出来る限り私語は厳禁なんだけど……
「今日は人が少ないな。夏休みに入ったばかりだからかの?」
そう人が少ない。ざっと見渡した限りでも普段は順番待ちでごった返す射撃場は、歯抜けの櫛のように場所が空いていた。あと平均年齢が大分高い。
夏休みというのはスポーツ系の部活動はもちろんのこと、文系の部活動もまた活発に活動する時期である。ウィンタースポーツは体作りの大事な時期。そして、大体の部活の大会が集約している季節でもある。
つまり日頃の練習に更なる追い込みを掛け、大会で好成績を取らんとする人たちが詰めかける筈なんだけど……
「その疑問、あたしがお答えしましょう!!」
でたわね。
「こんにちわ、部長」
「こんにちわ、センパイ! あとあたしのことは部長じゃなくてフレデリカって呼んでくださいよー」
「それで、どうしてなんですか部長?」
「もー……。ではではセンパイの疑問にお答えしましょう。それは単純明快簡潔明瞭|鉄は熱いうちに打て《Batti il ferro quando è caldo》というのは上であろうと下であろうと変わりません。人間というのは常に娯楽を求めます。その娯楽が楽しければ楽しいほど深みにハマるのは当然ですね?」
「つまりご高齢の方々が多く、私たち学園生が少ないのはそのほとんどが娯楽にハマっていると?」
「その通り! より詳細に言うと7/19の木曜日、つまり夏休み当日、この天岩戸において恐らく世界初のゲームが発売がされました」
世界初の……ゲーム……
「【Saga Frontier】」
「っ…………」
「今まで画面越しにしか観測することの出来なかった仮想世界への真なる没入。そんなゲームを、遊びたい盛りの子供たちが飛びつかない理由はないですよね」
それに関してはまったくの同感だ。私だって部活動そして目の前のこの少女がいなければ昼食後にはゲームをしてたし……!
「そんな感じにいま天岩戸中の少年少女たちは電脳の世界に入り浸っているというわけですよ」
けれどそれなら、こんなに人が少ないというのも納得だ。その一人になりかけていた私が言うんだ間違いない。
それにしても、父さんからゲームをプレゼントして貰ったのは発売日の翌日だったのか。あとそんなに話題性があったものを把握してない私って完全に情報弱者みたいじゃないか……いや弱者だったわ。
「ちなみにあたしもやってるんですよー。センパイはやってないんですか?」
「へ、へー。私そんな話題性があるゲームがあるなんて知らなかった。それにゲームのし過ぎは日常生活に支障をきたしそうだから、手は出しづらいかな」
嘘です。思いっきり知ってますし既にハマり始めてます。
ただ、彼女に私が【Saga Frontier】をしていることを知られるのは避けたいと、本能的な部分が叫び、とっさに言葉を選んでいた。
「……ふーん。そうですか、残念です! よければセンパイもプレイしてみてくださいね、もう凄いですから、もう一つの現実と言っても過言じゃないですよ!」
「う、うん、機会があったらね……。さて、そろそろ練習しないと」
これ以上の会話は危険であると判断し、話を切り上げるために当初の目的である射撃の練習を建前にもう話しかけないでと言外に伝え、
「それもそうですね、人が少ないから時間に余裕があるとはいえ、射撃練習しに来てるんですからちゃんと活動しないと! それではセンパイ、また後で!」
私の意思を汲み取ったのかはたまた普通に納得したのか、彼女は自分の持ち場へと戻っていったのだった。
「もう良いのか? せっかくの部活動のお友達、それも部長さんだったのだろう? あの子が言っていた通り時間には余裕があったのだから、もう少し話してもバチは当たらんかったのに」
私と彼女が話している間一度も割り込んでくることの無かったお祖父ちゃんは年の近い射撃仲間と話していたようで、終わったのを見計らって戻ってきた。
「いいのいいの、ここに来たのは部長と話すためじゃなくて、射撃をするためなんだから」
「そうか。ノアがそういうのならそうするとしよう」
よくはわからないけど、お祖父ちゃんはよく私が彼女と話す時、気配を殺して去ってしまうのだ。その辺りで存在濃くて無視も難しい部長が絡んでくるので、対応に追われて気にしている暇がなくなる。助けてくれてもいいのに……
「今日はどっちからする?」
「うーん……SBRからにしようかな」
ふとあの世界で知り合った命の恩人のことを思い浮かべながら、私はキャリーバッグからライフル銃を取り出したのだった。