人々は壁の内側にいる 食
規模の多い街が壁を建設していることは何らおかしなことではない。現実と違い、世界は人間に支配されておらず、彼らは自らの祖先が積み上げてきた血肉のテリトリーの内側を生きている。
森に囲まれた石壁の街、と称されるこの街には入り口であり出口となる門が2箇所存在している。門とされる場所には2重の扉が作られており、1つは緊急用、1つが防衛用を想定して作られた。緊急用は一度限りであるが、仕掛けを解除するのと同時に柵を落とし一時的な侵入を防ぎ、緊急用が壊されるまでに防衛用の頑丈な2枚扉を閉じるというのを想定している。これの要となるのが石壁の見張り台に駐屯する衛視である。街の出入りをする者たちの見定めも彼らがしており、不審な者であれば石壁の下で待機している仲間に連絡する。壁の上の仕事とは、率先して街を守る意思があるものだけが就ける場所であり、選ばれるということは、衛視にとって誉れあることである。
「ようこそ、オレたちの街へ」
「すご……」
外観の石壁の規模からして、この街が大きいというのはわかっていたけれど、それ以上にここには活気というものがあった。
「でもわざわざ石壁なんて造ってるから、入るのになにか手続きをしないといけないんじゃないかと思ってましたけど」
「昔はやってたらしい。それをやらなくなったのは検問の際に森から大型のモンスターが出てきて、パニックを生み、混乱で甚大な被害を出したのを反省してからだったかな。だからこの街は来る者拒まず、誰でも手続きなしに入れるようになったら商人が多く立ち寄り、旅人が逗留し、ハンター達は気軽に狩猟が出来るようになって栄えたってんだから皮肉なもんだよなぁ!」
壁の内側と外側の中間……つまり門を見上げれば、先端を尖らせた木材を束ねて柵状にしたものが吊り上げられていて、門を抜ければ木材に金属で補強を施した両開きの扉が内側に向かって開いていた。ん、そうなると扉が2枚あることになるけど……
「なんていうか、意外なぐらい目を引いてないんですね……こんな格好なのに」
正直街に入った瞬間にでもこう警察みたいな人たちに声かけられるんじゃないかとビクついてたのに、想像以上に何もなかった。ちらっと見る人はいるんだけど、大体そのちらっで歩き去ってしまうということに拍子抜けしてしまっていた。
「さっき言ったろ、誰でも来るんだ、いちいちやってくる新参者に目を引かれてたんじゃ馬車に轢かれちまうぜ。基本的に害を及ぼしたりなけりゃ流すってのがこの街の基本みたいなもんだな」
つまりその笑いどころにしていいのかもわからないダジャレも流すってことですか……
「そんじゃ、戦果を売りがてら軽く街を案内してやるよ、それまではそいつの運搬頑張ってくれな」
「だー」
「一番最初にどうにかしなきゃいかんのが肉だ」
「え、売っちゃうんですか?」
「たりめぇだ、こんな量を一人で消費できるわけがねぇだろ。今日食べる分ぐらいは残すが、それ以外は売って『ェン』にした方がいい。3日は食える肉と、一週間は食い繋げる金、どっちがいいかぐらいはわかんだろ」
「なるほど……」
さりげなく言われたけど、お金はエン……いやェンなんだ。お金の単位がどれぐらい意味があるのかわからないけど、会話で不都合が減るのは良いに越したことはない。
しかし今のハンターさんの言い方だと、食事に必要なお金は少ないのだろうか? はたまた、このフォレストウルフの肉というのは結構価値がある?
「顔馴染みの店があればそこに直接卸すってのもアリだが……基本はブッチャーのとこだな」
「ブッチャー……」
肉屋。そして狩人。偶然……ではなさそうだけど。
そうしてやってきたのは、一つの大きなお店。でかでかと看板が掲げられてるんだけど……
「読めない……」
その文字がなんと記されているのかが、私には理解できなかった。そしてハンターさんはそんなこと知ったこっちゃないのでお店の扉くぐり、置いていかれないよう付いていく。
「おうブッチャー、大物を卸しに来たぞぅ!」
「んんー、おおー、ハンターかー。久しいじゃないかー。って、おいおいなんだーその……娘? 頭真っ赤でまるでさっき捌かれたばっかのフォレストウルフの毛皮を被ってー……って、もしかして大物って、そのフォレストウルフか!?」
「おう、嬢ちゃんのおかげで一頭な。しかもほぼ丸ごと持ち運べたんだぜ」
「そりゃあご馳走じゃないかー。その革袋の張り具合、中々いい買い物になりそうだねー」
「オメェの伝手なら早々に売り捌けんだろ。ほれ嬢ちゃん」
「あ、はい。……よい……しょ」
ブッチャーと呼ばれた縦にも横にも大きな男性が肘掛けている受付台の上に革袋を置く。ブッチャーさんは革袋の口を開いて葉っぱと布で包まれた肉を取り出した。
「こりゃ……随分な量だなー。これが売る分で、こっちのはハンターの取り分か……ふむふーむ……うん、これぐらいなら大丈夫だねー。ちょっと待ってておくれよー」
大きなブロック状に切り分けられた狼の肉を検めた彼は、それを両手いっぱいに抱えると店の奥へと消え、代わりに持ってきた革袋を受付台に置いた。
じゃらりと音がなる。
「ほら、こんなもんだー」
「……おう、十分だ」
革袋の中身はお金……ェンのようだ。金属特有の衝突音、一枚だけハンターさんが取り出したコイン状のそれは、天岩戸じゃもう存在しない硬貨だった。
「またのお越しをー」
「おう。行くぞ嬢ちゃん」
「あはい」