あの日から、ずっと ・4
◇◇◇◇◇◇◇
痛い、いたい、イタイ。
一瞬、なにが起きたのか分からなかった。
言葉に出来ない、身体を貫く鋭い痛みにまた意識がまた遠のきそうになる。
骨が折れてるかもしれない。もしかしたら、それよりももっと酷いかもしれない。血を流しすぎたのか、気のせいでなければ寒くなってきたようにも思う。
初めて感じる"死"というものに只々私は恐くて震えていた。
その日、私はバイトを終えて急いで帰っていた。
腕時計を見ればあともう少しで宅配予定時刻。
私が慌てているのは大学進学の際、ひとり暮らしを始めて以来なにかと心配性な両親から時々季節の食材や手料理のパック詰めが送られてくるから。
毎回添えられている手紙の長々と綴られた文を見ると、曰く「あなたはマイペースだから、一人暮らしをしてもきちんと食事をして休んでいるか心配で心配で……(以下略)」とのこと。
余計なお世話だ、と口では言ったけど内心ではすごく嬉しくて。
たまには実家に帰って顔を出そうかな。
そう考えていた私の後ろからギャギャギャッ、という耳障りな音とたくさんの人の悲鳴、何かにぶつかる音が聞こえてきた。
振り返れば、一台の大型車がまるで暴れ馬のように暴走をくり返しながら街路樹や道行く人をなぎ倒しながらこちらに向かってくる。
ぶつかるっ!!
そう思った瞬間、強い衝撃が私を襲った。
前方の地面に叩きつけられ、それだけでは終わらずどこかに引っ掛かっているのか、そのまま走り続ける車に引きずられる。
やがて曲がり角で勢いよく振り切られた私の体はフワリと宙に浮く。
再び迫る硬い地面を目に私は思わずぎゅっと目を閉じた。
父さん、母さん……
遠くの両親を思い、眩しい光を眼裏に感じながら私は意識を失った。
……それが、日本での最後の記憶だとこの瞬間は知らずに。
「う、ごほっ……」
ほぅほぅとフクロウの鳴く声がする。
気がつけば辺りは暗く、他の人の気配がしない。
まるで森の中にいるみたいだ。
意識が無かったのはほんの一瞬の間のことらしい。というのも、そのあとに地面に接触した私は坂道をゴロゴロと何かにぶつかりながら転がり落ち始める直前に意識をとり戻したから。
あの辺りはまっすぐな道のはずなのにおかしいこともあるものだなぁと、開いた目に映るのは夜の空と木々だけ。硬いはずの地面は柔らかく、土の匂いがする。
ついさっき事故に遭ったはずなのに、気づいたら自分だけ違う所にいるなんて何がなんだかさっぱりだ。意識が戻ったのは勘違いで、実はまだ目が醒めていないとか。
それとも。
もしかして、本当は振り払われたあの時には私はもう死んでいたとか。
……いや、違う。体を走るこの重く苦しい痛みはまだ生きていることの証だ。
この瞬間もずっと、耳の奥で心臓の鼓動が鳴り続けているのが聴こえる。
とにかく、今すぐに治療を受ければ助かる可能性はあるかもしれない。まだ間に合うとは思うけれど、それも長くはないだろう。
傷だらけで動かない体では人のいるところまで歩く事も出来ず、血を吐いたのかかすれて満足に声も出せないのでは誰かを呼ぶことも出来ない。ましてや、こんな夜に森?の中に人がいるわけがない。誰にも知られず、何がどうしてこんなことになっているのかも、ここがどこなのかも分からないまま、ひとりで。
(いや、だ!)
ザクッ
このまま、私は……。
死にたくない、そう思いながらも自分一人ではどうしようもない状況に絶望に覆われそうになったその時、誰かが私の側に立つ気配を感じた。
「このような夜の森に人の子がいるとは珍しいな」
雲間から顔を出した月明かりに照らされた影は、大きくて、柔らかく真っすぐな碧の髪と朝焼けの色の目を持った、とても綺麗で、だけどどこか不思議で妖しい気配を纏いながら私の前に顕れた。