あの日から、ずっと ・1
2018-02-16、一部修正。
ーー『俺とお前は二人で一つ。
死が訪れるその時まで血の絆は絶ち切ることは出来ない』ーー
流れ落ちる赤をそのままに、その腕に私を抱き悠然と見下ろした暁の眼を持つその人の手を握り返した時。
私の頬を涙が静かに伝っていった。
それが、あなたと私の出逢い。
すべての始まり。
◇◇◇◇◇◇◇
国歴七ニ七年、十の月。ジンナ国のとある地方の片隅で。
まだ地平線から太陽が顔を出して間もない時間。
白く凍える吐息に、首に巻いたやや幅広のマフラーを口元まで引き上げる。体の横を通り抜ける風は冷たく、充分に防寒をしていても小刻みに震えが止まらないくらいだ。
すれ違う人々が足早に過ぎていく中で私は一人、ホクホクな気持ちでいた。うきうきとしているのが周りから見ても分かる程度には浮かれている。
理由はただ一つ。
毎日開かれている朝市の常連となってからそれなりに経つ今、滅多に手に入らないとされているパンをようやくゲット出来たからだ。
外はかりっと、中はフワフワもちっと。
割った時にふわりと舞うバターと小麦の香りは至福である。
私が、このアスナと呼ばれる地に来たばかりの頃からお世話になっている食堂のカーラさんご夫妻の作るパンたちは地域住民に大人気で、気を抜けばすぐに売りきれてしまう。
そう考えると、寒いのは不得意で更に朝が苦手な方の私が早くから起きられるようになったのは、ある意味でご夫婦のおかげでもある。
話が横道に逸れた、いけないいけない。
ーーザクッ
「え、なに?」
あとはくん製肉と卵を買ったらおしまい、と焼きたてパンを片手にメモを見ながら歩く私の歩いている前方に壁が出現して行く手を遮る。
いや、壁ではない。よく見ると人だった。
よく見なくても人だった。見た目は まるで夜中にたむろしているゴロツキのようだけど。……本物のゴロツキは見たことないから想像だけど。
三人の大柄でガサツそうな男の人たちはニヤニヤ(ゲスな笑いというやつだろうか)としながら道を塞いで立つ。
なんてこと。
厳かに、爽やかに一日の始まりを手作りサンドを食べて迎えるはずだったのに、悲しい。
ところで、ここはどこなのだろうか。
横目に見てみれば、朝市の店々の並びの一番奥のお店に向かっていたのに、私がいるのは人のいない場所。
左右は建物の壁で挟まれ、しかも市は少し遠くにある……おぅふ。
いつの間にこんなところに。
「おいおい、なんだこのガキ。自分の状況分かってんのか?」
「あ"?んなことどうでも良いだろ。向こうから呑気にフラフラと来たんだ。予定が変わったがちょうどいい、さっさと袋に詰めてずらかるぞ」
「おぅ。この珍しい"黒"の髪と目を持ってんだ、売ればさぞかし高値になるだろうぜ。今回はツイてるよなオレら。そんで、コイツは運がねぇ」
左から仮にゴロツキA、B、Cと呼ぶ。
左にいるAがポカンとしている私を笑い、真ん中のゴロツキBが何やら物騒な発言をして、右側のCがそれに同調。Aが大きな古びた布袋を持って、わざとなのかゆっくりと近付いてくる。
そして、今。
A以外の残り二人はただ笑っているだけではあるけれど、その手にはナイフがある。油断は出来ない。
今の私には戦う術も武器となるものもない。とはいえ、何とかして無傷で人のいるあの場所まで戻らなければならない。でなければ、きっとこの後大変なことになる。
誰がとは言わないけど。
ゴロツキの言葉を真似たくはないけど本当、今日の私は運がない。
小さなため息がひとつ、こぼれ落ちた。