剣生の誕生
初めて視界に納めた光景はどこかの天井だった。
手足の感覚はちゃんとある、だから立ち上がろうとしたのだのだが………
「あう」
ん?
「あう、あー」
あれ?
言葉が喋れない?
更に視界に映る自分の手のひらは本来の四倍くらいには小さい。
「あー………あい」
赤ちゃんになってるんだけど?僕。
そして上手く立ち上がれない…………
「たっだいまー!!」
誰か来た………
ハツラツとした女の子の声がどこから響く。
声音からして大人ってわけではないだろうけど、子供って訳でもなさそうだ。
徐々に足音が近づき、後ろの扉が勢いよく開かれた。
その音は少し体を震わせるほどにいきなりのことで勝手に涙が零れてしまう。
「あっ!!起きてる、私の息子が起きてる!!そして、泣いてる」
そりゃ泣くよ……赤ん坊だよ?
というよりも………
「まあーま?」
この目の前にいるのがとても母親とは思えなかった自分がいた。
雰囲気は良くとも若すぎる、いや幼過ぎる。
ただ瞼に瞳を乗せながらジッと見つめていると、自分の母親である人物が瞳孔を開き口をポカンっと空けてりた。
「しゃ、喋った……」
いや喋るよ、僕自身が赤ちゃんな訳じゃないからね。
まぁ実際、僕が転生してしまったこの赤ん坊が何歳なのかは知らないけど………
「もう一回言って?ミスタ」
ミスタ………ね。これからの人生はミスタでやっていくことになるのか。
「まあーま」
やっぱり母さんって言えないや。
「もう一回」
「まあーま」
すると小走りで向かってくるや否やこの体を抱き上げられる。
「…………いすぎる………」
ん?聞こえないよ、母さん。
「可愛い過ぎるよー!!みーすーたー」
あ…………なるほど。
この母親は親バカってやつか…………
◆
このアルテマという世界に転生してからもう既に十五年もの時が経った。
元の世界と変わったところはあまりないように感じる普通の生活を繰り返しているが、元の世界とは違っていつも通り同じという感じはないのが救いだ。
僕が転生してきた場所はアルテマの東の国—————アマガハラという場所らしい。
古くから武具を生産し経済を回していて、雰囲気としては景色の良い田舎というイメージが強い平和な国だ。
この国のほとんど全員が武具を作成している家系で、もちろん僕の家も多種多様な武具を生産する家だったのが普通の生活を飽きさせない。
毎日剣を、槍を、刀を、弓を、二刀剣を作っている生活は中々に楽しいものだ。
そして今日も家の隣に建てられた工房で槍を打つ………父親観衆の元で、
「おいミスタ、魔力を入れ込むタイミングが違う。それから気を入れ過ぎだ、それじゃぁその槍はすぐに折れちまう」
名をガーティー・クラレンタ。
今の父親だ。
このアマガハラという国で名が高い鍛冶師であり、魔法学園出身の魔法使いだとかなんとか………
「さぁやり直しだ」
あと結構厳しい。
「分かった」
槍の刀身となるはずだったものを脇に置き、もう一度鋼を作る。
鋼というよりも、ここでは魔力の塊と言った方が良いかもしれない。
転生して分かったこの世界の定義の一つは魔力と魔法に関してだ。
元の世界には一切存在しなかったそれは、僕の普通の生活を飽きさせない一つのものでもある。
漫画やアニメのように手から火が出たり、風が舞ったり、水が弾けたりするのが普通の光景にあったことに驚いたのは物心がついた時に味わった。
まずは想像。
どんなものでもいい、何かを掴んだらもぎ取るイメージが必要、これは案外簡単だった。
次に魔力を練り固める。
それが武具を作る「鋼」に変わる。
想像するのは何でもいい、僕の場合は遠くに立つもう一人の自分の命。
基本的に「鋼」を作るときは自分の魂を想像するのが分かりやすい、これは父親の教えの一つだ。
そこから左胸に目掛けて手を伸ばす。
「ここまではいいんだけどな………」
自然と手に掴んでいるのは漆黒の「鋼」、これが僕が想像で手に入れた魔力の塊。
そしてここからが本番。
この手に持つ漆黒の「鋼」に対して「気」を打ち込む作業に入るのだが、ここが一番難しい。
周りの空気から、周りの明かりから、周りの物質から発せられる〝万物の吐息〟。これを「気」と称しているのがアマガハラの特徴であり、これを体に取り込み、漆黒の「鋼」に注ぎ続けるのだが…………
「ミスタ、もう少し抑えろ。それじゃ「鋼」が崩れる」
どうにもこの作業が苦手らしい。
無意識の内に体が「気」を取り込み続けているようで、徐々に「鋼」に注入していく作業が出来ないと言っても過言はないと自分でも思う程だ。
だから、「もう少し抑えろ」と言われても出来ない。
故に…………
「あっ………」
膨大な「気」の量に耐える事が出来なくなった「鋼」は膨張し爆散してこの世界から消滅してしまう。
「ふぅ、今日はここまでだ。俺は母さんのところに行ってくるがお前はどうする?」
「僕はもうちょっとやっていくよ。まだ武器の一本も作れてないから」
そう言い合って別れる二人、残るのは工房にミスタのみ。
再度「鋼」を形成するために魔力を想像に集中させる。
ここで想像するのは先程の自分の魂とは違う。
もう一つの形の想像をする、これは転生してきた別の世界から来た人間にしか出来ないかもしれない想像である。
このアルテマとは違う、もう一つの世界地図を思い浮かべる…………
その世界のとある物語では、人の言葉を話す武器が存在する。
その世界のとある物語では、壊れることのない武器が存在する。
その世界のとある伝記では、伸縮自在の武器が存在する。
他にも色々ありすぎてどれを想像すればいいのか悩んだが、一番想像しやすいのは「人の言葉を話す武器」だった。
だが、問題は〝想像するもの〟だった。
アルテマにも元の世界にもそんなものは存在しない上にみたこともないことを思い浮かべることはかなり難しいことだ。
元の世界で見た物語の人物を想像しても「鋼」すらつくることが出来なかったし、自分以外の「人」を想像しても半分も「鋼」を形に出来なかった。
「想像するってのも難しいな………何を思い浮かべるか、そしてその想像を完全に想像しきれるか————」
考えても考えても全く辿り着ける気がしない………
「一回休憩しようかな」
頭に巻いたタオルを振りほどき立ち上がり、工房の外へと出る。
工房の外に出ると良い風がミスタの横を通り過ぎ頭に籠った熱を攫ってくれた。
「今日は西側の整備か………少しだけ早いけど行こうかな」
このアマガハラの東西南北の四つの場所には祠がある。
その祠の中には所々に錆や亀裂が入っている剣が奉られていて、その剣を磨き延命させる仕事をアマガハラの人々で手分けしてやっているのだ。
何故、その剣を延命させているのか理由は分からない。何回も研いで来たが、今にも砕けてしまいそうな剣という印象だったのは憶えている。
「そうだ、父さんと母さんに言って行かなくちゃ」
言って行かないと後で大変なことになってしまうのは、ミスタ自身がよく分かっている。
この両親共々、重度の心配性なのだ…………
工房の隣に建つ自宅の表側に向かうために歩き始める、丁度よく西も進めることを思いながら————
◆
アマガハラ西部、仁義の祠。
岸壁に囲まれたそこには一人の少年と一本の剣があった。
少年は剣を片手に「気」を送り続けていた。
(この剣は不思議だな………)
一般的な「気」の量を大幅に超えるミスタの「気」に耐えている………それどころかもっと寄越せと言わんばかりに吸い取っていく。
「まだ生きているのかな………?この剣」
もう既に死んでしまった剣と伝えられたこの一本の剣。
憶えている限りではそんな感じだったの伝記だったと思う。
遠く昔から守り神としてアマガハラの職人達が「気」を送り続けているらしいが、一行に剣として甦ることがなかった。
ここに来てからの二回目の研磨………最初は「気」を吸い尽くされ倒れてしまったらしい。
「まぁ、今回はこのくらいで………————」
ピキッ
「ん?」
突如、目の前が翡翠に染まり何も見えなくなった……………




