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<最上階>から、思うこと……疼痛緩和医師より

この窓から、遠くを眺めていると、風を感じない。どの雲の影なのだろうか、町並みは所々、セピア色に染まっている。遠くまで広がる建物には、人々が住み、営みを続けているはず。そして、泣き叫び、笑い転げ、ざわざわとしたエネルギーが、そこら中にまき散らされているはず。しかし、

 ここに居ると、そんな喧騒を忘れてしまう。静かな音楽が、私達を包み、まるで、向こう側へ行く大きな船に乗っているような感覚になる。時は、その役目を、もはや失っている。


 就職率八割を達成できたのは、<育児>も、家族の為の<家事>も、職に就いているものと、認められたこと、確かにそれは大きいと思う。けれど、それだけではない。車椅子でも、認知症でも、だれでも働ける<職場>を作ったことが、なにより大きな要因だと、私は思う。

 しかもこの<職場>は、とっても優しい……精神疾患と共存していても、引きこもりでも、どんなに病弱であっても、すべての<弱み>を受け入れてくれる。<弱み>があるということは、素晴らしい<資質>を持っているということだから。

 週二回でも、一日数時間でも、自分の<職場>持つ。「私だって、まだまだ役に立てる人間なんだ」と感じさせてくれる居場所として。それこそが、心の健康を保つ機能を持つ<職場>。

 仕事はもちろん、生活の為ではあるが、そこで心を病んでしまっては、本末転倒。企業として、儲かるためにと、効率だけを重視していた、かつての<職場>は、過去の産物となった。一企業の為だけに、犠牲にしていいものなど、何も無い。それが、命ならば、なおさらの事。


 この施設に居る、お看取りの方々も、ある意味<仕事>をしている。それは、私達に<仕事>を与えるという<仕事>。そして、私達に、生命の素晴らしさや、人生の厳しさ、温かさを伝えるという<仕事>。

 以前暮らしていた施設の職員の方々から

「どうか よろしくお願いいたします」

と、頭を下げられて

「○○さん、さようなら、今までありがとうございました。ほんとに、よく頑張りましたね、ほんとに、ほんとに……」

と、涙で見送られた方を、お受けして、エレベーターに乗り込む。


 家族の付き添いがある場合は、今の状態を、私が説明をして、時間の許す限り共にいられるように、少なくとも、最後の数時間は付き添えるようにと、計らう。個室なので、好きな音楽、好きな香りに包まれ、そして、絶えず人の気配に守られて。

 絶飲食でも、排泄はあり、尿は減ってくるが、便の方はかえって続いてしまうことが多い。筋力の低下による失禁状態。身体の負担がないように気を付け、こまめに声掛けしながらこちらで介護していく。ただ、口腔ケアは、看護師の指導のもと、なるべくご家族に経験してもらっている。


 指に巻いた、水で濡らしたガーゼを、ちゅっちゅと、歯茎で噛むお母様に

「やっだ~赤ちゃんみたい。すっごい力、離してくれないわ!」

と、笑っていた娘さん。亡くなった後、じっと指を見つめて

「これが最後のお母さんとの思い出。なんか、おかしいですね」

と、涙でぐちゃぐちゃの顔を笑顔にして

「ありがとうございました。母は、幸せだったと、思えます」

と、エレベーターを降りて行った。


 ご家族のいない方のために、友人、時には、前の施設のかたがお看取りに来てくれることもある。

「彼は、すっごく寂しがり屋さんだから、賑やかにしていないと、落ち着いて死ねないかも」

なんていうリクエストに応じて、スタッフ集めて部屋でカラオケやったこともある。もう、

「じゃ~いってらっしゃ~い!」

という感じだった。そして、無事に?亡くなり

「いいお見送りだったね」

と、口々に話しながら、施設の方々は帰っていった。


 <死>は、怖いものなどでは、ない。恐ろしいのは、<無駄に生かされ続けること>。そして、その延長として、俗に言う<ピンコロ薬>があるのだと、思う。


 人々は、延命治療という恐怖から解放されて、喜ぶのも束の間、臓器の機能低下による生活上の制限に、疑問を持った。生き続ける為の制限に、急に走ってはいけません、熱いお風呂禁止、揚げ物禁止、水分制限、手足のしびれ、こわばり、めまい、頭痛……これさえなければ、どんなに快適に、もっと、人生を謳歌出来るのに!と。そして、これらを治す、又は、軽減する為に、「これ以上の制限など、まっぴら御免だ!」と。

 思い通りに生きていけないのならば、我慢して生きていくしかないのなら、生きている意味が、ない、と。すなわち、自分として、納得できる人生で、終了したい訳だ。そして、考えた

 今のこの不調をチャラにするエネルギーを、ダラダラと不本意に生きていくであろう時のエネルギーで賄おう、というもの。エネルギーの、前倒し。


 認知症の新薬開発なんて、どうでもよくなった。この<ピンコロ薬>は、若い難病患者には使用禁止だ。というか、そもそも、効果がない。あくまで、臓器の老化に関わる病に対して効果を発揮する。選べる時代になったのだ。延命治療に関しては、禁止になったが、こちらを使用するかどうかは、今のところ、選べることになっている。


穏やかな老衰を迎え、ここで最後の時を過ごせる方は、きっと、幸せだ。私は、持病があるから、難しいか。でも、いよいよとなれば、<ピンコロ薬>がある。数か月でも、思いっきり人生を楽しみ、後悔なく、計画的に死んで逝くのも悪くないと、思う。

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