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<西区 加藤家>職員より

加藤 リョウ、<西区 加藤家>の職員として、二年前から働いています。25歳独身、加藤姓のじいちゃん、ばあちゃんと、半ば一緒に暮らしています。自宅は2LDKのアパート。観葉植物に囲まれた、いつでも彼女ウェルカムな感じ。まぁ、今のところは、ばあちゃんが話し相手になってくれていますが……

 わたしの働いている所には、18名の<加藤さん>が、住んでいます。別に、全員親戚という訳ではないのですが、取りあえず、木製の重厚な表札には、<加藤>と書いてありますので、皆、加藤さんか、元加藤さんです。

 血液型とか星座のようなもので、同じ<加藤さん>でも、性格はそれぞれです。まぁ、通じるところがあるような、ないような……同じ認知症の方でも、周辺症状の出方が違うような、そんな感じです。

 職員の方は、私の他二名が加藤姓ですが、他の方は色々。どうせ下の名前で呼び合っているので、気になりません。その内、「加藤家の○○さん」が縮まって「加藤○○さん」になってしまうので、そんなもんです。


 まずは、18名の加藤さんの日常を紹介します。これが、なかなかのつわものぞろい。


 二階に住んでいるマサさんは、元パチプロ。今でも十分職業としてやっていけると思いますが、なにしろ二回もボヤを出してしまい、アパート立ち退きを迫られ、行く所無く、一応無職ということで、ここに来ました。年相応の物忘れはあります。足取りの危うい所も年相応。けど、我が家では、一番の稼ぎ頭です。認知症かと言うと、グレイゾーン?

 パチンコの講習会を週三回。かなりの人気で予約待ちもあるほど、遠くから受講生が集まっています。マサさんは、「師匠」と呼ばれるので、弟子が来ると、とても機嫌がいい。普段、ばあちゃん曰く、むっつりスケベ。あまり、加藤家のばあちゃんに高評価は付けてもらえないタイプ。

 応接室にある台での実技ほもちろん、PCを使っての理論まで、講義をしています。そして、現状調査と称して、月に一度は店に出向きます。いつもお供は私。武勇伝を聴きながら、車を走らせいつもの店へ。入るなり、とても愛想よく出迎えてもらえます。なにしろ、毎日のようにやられていたのが、月一になったのですから、店としても大助かり。マサさんの弟子は遠くからの受講生なので、店としては、リスク無し。

 一通り回って、メモをして……何が書かれているのか皆目わからない記号の羅列……最後に、いつもの台でドカ~ンと出して、みんなのおやつや、お願いしていた日用品に変えて帰ります。お菓子はいつも、大量のおまけ付き。賞味期限間近の物を、マサさんの為にストックしている訳なのですが、これは、マサさんがお店にアドバイスする<報酬>ということになっています。


 そんなマサさんと仲の良いのは、タケシさんです。彼はIT系と、自己紹介していますが、中年過ぎてから職場にPC導入で、まあなんとか使いこなした事務職というところでしょうか。

 奥さんを亡くしてからしばらくは、長男夫婦と暮らしていました。しかし、色々ありまして、周辺症状、特に長男のお嫁さんに対する妄想がエスカレートしてしまい、同居困難。ここに入所されました。入所された当初は、目がギラギラしていて、やばい感じの人でしたが、生活が落ち着いてくると、人当たりが良い、ただのじいちゃんになりました。加藤家の家計簿担当です。時々桁数を間違えますが、チェックするだけで済むので、とても助かっています。マサさんにPC操作を教えたのもタケシさんです。たぶん、私には<マサさんにPCを教える>という超難問は、クリアー出来なかったでしょう。


 二階は、この様な自立のかたが住んでいます。何が自立かと言うと、排泄が自立ということで、車椅子でも、自分でトイレに行ける方は二階です。時々「あれが無い!」とウロウロしたり、「今日は起きたくない」とご飯を食べに来なかったりはしますが、生活のリズムを見守るだけで、取り立ててこちらは何もしていません。それどころか、この<加藤家>を支えてもらっています。


 一階の方々も、それぞれ、役割を持って生活しています。排泄の失敗が増え、見守りが必要とはなっていますが、出来ることはまだまだ沢山残っています。その一つが、おしゃべりです。

 <加藤家>では、テレビ電話を使って相談を待つというタイプではなく、病院と提携して、時間を決めてこちらから掛けるというシステムをとっています。まぁ、面会するようなもの。もちろん、好み……少なくとも男性か女性か、明るいキャラか品の良い落ち着いた感じかなど、選んでもらいます。が、案外代打でのマッチングが上手くいく時もあり、人間相手はわからないものです。

 病院からは、患者さんが明るくなったとか、夜、寝てくれるようになったとか、感謝の言葉をいただいています。又、話すことで、肺機能の改善や、飲み込みの安定など、患者さんにも良い影響が出て来るそうです。


「こんにちは、マキ男です。テルさん今日はいかがですか?」

「お待ちしておりました。今、お昼ご飯を食べたところ、今日は私の好きな魚の煮付けで、ご飯が進みましたのよ」」

「それは良かった。顔色もいいですね。テルさんの後ろに見えるコスモス綺麗ですね。誰のお見舞いですか?」

「あ、これ、昨日嫁が持ってきてくれたの。すぐ、帰ってしまったけれど。息子も嫁も仕事しているから、なかなか私のことは……こうして話しているのが一番ね」

「テルさんにはコスモスが良く似合うな~コスモスのような、たおやかな君」

「あらやだ」

 と、コスモスを振り返りながら、その頬をコスモス色に染めて、テルさんはうつむいた。


 「テルさん、テルさん」と、マキ男さんは、心の中で繰り返しています。PCカメラの上方に、でかでかと貼られた<テルさん>の文字を読みながら。

 お仕事の時間を知らせ、相手の名前を貼り付け、回線をonするまでが、私達の仕事です。一応アクシデントに備え、見守ってはいますが、どこからがアクシデントなのか?遠距離恋愛なので、盛り上がっても、喧嘩しても……ですし。女性同士の<嫁の悪口合戦>だって、どうやら、言ってスッキリするらしい。元々、そう思っているのだから、相手の余計な一言で、ヒートアップしてしまうという心配無用。けど、机を叩きながら話す、あの迫力、かなり怖いです!


 テルさんは、大腿骨頸部骨折で入院。手術後、夜間せん妄を起こして、夜は別人になってしまったそうです。その為、昼間眠くて、リハビリにも積極的になれず、次第に鬱状態。ご飯も食べないので、ご家族から差し入れをしてもらうのですが、ご家族が居る時だけで、帰ってしまうと「ハア~」と溜息。結局、あまり食べれずに、捨ててしまうこともしばしばだったそうです。

 それが、マキ男さん……どうやら亡くなった旦那さんのお友達と同じ名前らしく……テルさんからのリクエストでの<交際>が始まってからというもの、みるみる元気になりました。マキ男さんの方も、テルさんの名前の横に、ちゃっかりハートマークなんか描いています。


 この取り組みは、双方にとって、とても良い効果をもたらしています。<加藤家>としても、自分を待っていてくれる人がいるという自信は、すべての事に前向きに取り組んでいけるようになりますし、何より、認知症の進行を緩やかにしているように感じます。

 ここに少しでも長く居てほしい。この生活をキープしていかるように、仕事をコーディネイトする、これもまた、私達の仕事です。一人で食事を取れなくなるほどに、進行してしまっては、次に移らなくてはなりませんので。


 おしゃべりが今一つでも、ここには活躍の場、あります。その一つ、<加藤さん家の晩御飯>を紹介します。


 まずは、家の間取り。一階には、大きめの玄関、簡易シャワー付きの八つの個室、応接室、茶和室、風呂場、色々なトイレ計五個。二階には、十のトイレ付個室、物干し場兼、ビアガーデン。で、台所と食堂は別棟。雨でも移れるように渡り廊下で繋がっています。この廊下を通る前に、必ずトイレを済ませて、手指消毒。これは、徹底しているので、ここを去ることになる時でも、みんな忘れません。


 食事の支度も、もちろん参加してもらっています。みんなで皮むきすれば、楽しいし

「人参は、皮に栄養があるって、テレビでやっていたわよ」

 と、新しい情報に、みんな盛り上がります。

 朝、昼は、テレビを見ながら、まあのんびりと食事を済ませ、片付けをして終わり。そして夕飯は、可愛いお客様が、100円握ってやってきます。

 ここは地域の子供食堂になっているのです。風邪気味の人や、子供が苦手というアキ彦さんは、茶和室で夕飯を食べます。そんなアキ彦さんも、ピアニカの音が聞こえると、食堂に現れます。

「今日はきらきら星習ったの、アマリリスも上手になったでしょ」

 と、得意そうに聞かせてくれる子供達の演奏に、目を細めて、拍手を送ります。

 アキ彦さんは、子供が嫌いという訳ではなく、話せないから苦手なのです。


「あ、今日は人参食べてくれた!ばあちゃんが切ったんだよ、ちっちゃくしたからかな~」

「え~このハンバーグに人参入ってたの?わかんなかった」

 家で孤食になっている子供や、コンビニ食で済ましている子供達にとって、<加藤家>の食卓は、栄養のバランスとともに、心のバランスを整える場所になっているのだと感じます。


「チイばあちゃん、今日は一人で寝なくちゃいけないの、ここに泊まっちゃダメ?」

 と、メグちゃんが、チエ子さんの膝に頬を付けてねだります。数年前に編んだという薄紫の膝掛、こないだファブリーズしたやつに。

 チエ子さんは、ひとしきりメグちゃんの髪を撫でると

「ちょっと待っててね」

 と、車椅子を動かし、そして、

「ねえ、リョウ君、私の部屋の折り紙箱持って来てくれないかしら」

 折り紙箱、そういえば最近、あまり折り紙やってないよな~と思いながら取りに行くと、案の定やはり見あたらず……やっとこさベッドの下から発見。

 箱をチエ子さんに渡すと、膝の上で開き、その中から、千代紙の着物を着たお人形を取り出し、メグちゃんの方に向けて、ぺこんと、お辞儀をさせました。

「はい、これ、ばあちゃんだよ。今日は一緒に寝てあげてね」

 ビックリした顔で、お人形を受け取ると、じーと見つめて

「うん、チイばあちゃんだ、お顔に皺がある」

 と、笑いました。

 他の子も寄って来て

「いいな~私も欲しい」

 チエ子さんは折り紙箱をガサガサしてから

「う~ん、もう品切れ、でもね、今度作るから、約束だよ」


 さあ、ここで、私達の出番です。<約束>、これは、チエ子さんにとって、とても難しい課題です。記憶、ただただ苦手なのです。仕方がありません。そこは、職員が補います。

 私も忘れないようにと、しっかりメモして、明日から、チエ子さんをはじめ、折り紙出来そうな方を集めての、人形作りです。評判が良ければ、夏祭りで販売しようと、又、面白くなってきました。


 <加藤家>でも、「行ってきます」なしで、ふっと外へ出て行く方がいます。はた目には、ふっとですけれど、ご本人にはそれなりの理由、一瞬はあったのでしょう。そんな時は、そっとついて行き、偶然出会ったふりをして

「あれ、加藤さんじゃないですか。ご無沙汰しております。これから加藤さん家の方に行くところなので、ご一緒してもいいですか?」

 などと、笑顔で話しかける。で、着くと、あの<加藤>の表札。間違えない、家だわ、と。

「ただいま」

 すると、

「おかえりなさい」の声が、茶和室から聞こえてくる。

 そう、ここは、加藤さん家です。


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