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国会を去る者より

  私の場合、認知症の進行よりも、癌の進行の方が早かった。まだまだいけると思っていたのに、残念でならない。だからと言って、無駄な抵抗はしない。痛みを取り除いてくれさえすれば、残りの時間を、その時出来うる最高の贅沢で過ごそう。固形物が許されれば、最高のトンカツ、衣をはがしても食べたい。普通のおかずをドロドロにしてまで食べたくない。最高のアイスクリーム、伊勢海老のムース、最高のビシソワーズ等々、どうせ少ししか食べられないのだから、思いっきり贅沢してやる。私の分を用意する為にと、妻も一緒に……子供を撮った動画や懐かしい音楽を聴きながら、思いっきり贅沢な時間を過ごしてやる。

 今日、最後の仕事を終え、国会を後にした。この花束を、後ろに投げれば、空でほどけて、後に続く者の胸を飾るだろう。そんなセンチな気持ちになったのは、この空のせいか。

 時代は動いた。私は「一票」として、その綱を引っ張っていったのだ。二年間……沢山の法案を通した。全てはこの国の為、この国の未来、子や孫、まだ見ぬ子孫の為。まだまだ、変えていかなくてはいけないことは、ある。やっと、方向転換出来たばかり。これからも、「一票」であり続けたかった。我々高齢者が増えたせいで、経済破綻が起き、日本が衰退したなんて言わせるものか。お荷物扱いされて、「尊厳」なんてうわべだけ。我々は、そんな存在ではないことを、私はこの国の「一票」に込めた。

 今や国会は、高齢者幸福党員による平均年齢75歳超えの時代。国会内の認知症罹患率も、かなり上がってきている。が、問題はない。ここまで来るには色々あったが、結果を残していることは、明らかだ。

 認知症と診断をくだされた人間が、議員になって良いものか?党員を増やすために行ったキャンペーンは、なかなかだった。そりゃそうだろう、ボケに政権を任せられるかということだし、それを許せば、高齢者幸福党の台頭は目に見えている。既存の党が黙っているはずがない。

 あの時は、痛快だった。散々認知症のことを、無能どころか、社会に対する障害呼ばわりした議員先生方。言わせるだけ言わせてから、こっちは一言「では、皆さん、皆さんが認知機能に障害を負っていないか、テストしてよろしいですね」と。あの、豆鉄砲喰らったような顔、今でも思い出すと笑えてくる。

 秘書という方々も「認知症!」と怒鳴られている昨今、「記憶にありません」「忘れました」から始まって、聞くに堪えない暴言、素人だって言わない失言の嵐。ちょっと思い通りに事が進まないからと、怒鳴り散らし、八つ当たり。いるべき場所に待機できずに、徘徊。人の金だと思ってか、理性の無い豪遊。これって、れっきとした認知症ですよねってこと。

 後は、世間の信頼を受けるだけ。。こちらは、考え抜かれた政策が物を言った。日本をどう導くのか、どのようにして救うのか。基本方針は、しっかり定まっている。そこに向かうアイデアは、広くネットで公募し、施行すればどうなるのかを、AIがシミュレーションしていく。まだまだ、AIの答えに対する不透明性、質問から答えが導かれるまでの過程が見えないことに対する不安により、躊躇する意見が多かった。が、あの頃の政治、AI以上の不透明性!まつりごとは、国会内で決まるのではなく、あくまであそこは、お披露目の場。決めるのは、どこぞの料亭やゴルフ場だったりする訳で。

 「新党」立ち上げから、第一党になるまでの過程は、既にAIによってシミュレーション済み。彼女は秒単位で進化していくから、どっかの政党のように、読み間違えることは、ない。

 認知症フリーとなってからの党員数増加は、凄まじいものだった。投票率の増加も又しかり。在宅寝たきり状態の方々、施設入所の方々、これ全て人間として、介助を受けながらの投票可能になったのは、大きいだろうか。又、老人介護関連の仕事経験者からは、絶大の支持を受けた。今すぐこの状況を変えないとホントにヤバい、現場の声を聞いてもらえる……実際に介護に関わっている方々の危機感、煽るまでもなかった。

 私の「一票」、崖縁にいた日本を踏みとどまらせて、ギリギリの所で方向転換。ふ~って感じだ。

 今やっと、健康寿命の所へ実際の寿命が近づいてきた。健康寿命=平均寿命-介護期間なので、介護期間が、限りなくゼロに近づきつつあるということだ。あと少し……国会やデイで働いている人数を加えれば、学校を卒業した年齢以上の就労率、実に八割越え!あの当時では考えられない数字だ。健康保険やら年金、危機が叫ばれていたのが嘘のよう。病院の待合室は、年寄りの社交場なんて言われてた……今や、身体の不調は、心の健康で吹き飛ばしている。そう、我々は活躍の場を得て、「社会の役に立っている、生きる価値のある人間なのだ」と、誇りを持って生きている。

 「高齢者虐待」の解釈を広げていったのは、改革を進める促進力になった。我々が「これは、虐待だ」と感じるものは、良かれと思って行われているとしても、要らぬお節介であり、する側の自己満足に他ならない。たぶん、みんな気付いていたのだろう。賛同を得るのは、スムーズだった。


 ・認知症による嚥下機能低下の場合は、胃瘻手術ならびに、その後の管理、全てに掛かる医療費は、保険適応外の十割負担とする。


  認知機能の低下により、食べることを忘れてしまった方は、口を開ける、動かす、飲み込むも、出来なくなる。又、食べ物が、食道ではなく、気道に入って肺炎になるという、誤嚥性肺炎も起こす。すなわち、口からの栄養、水分摂取が、口や喉の疾患による一時的な不可能ではなく、認知機能の低下によって、出来なくなってしまうのだ。それに対して、行われるのは、胃瘻。胃瘻とは、皮膚の上から、胃に向かって穴を開けて、管を通して、そこから、栄養や水分を入れること。高齢者の場合、延命措置といえる。昔は、保険適応なので、「取りあえず」的な、胃瘻造設も多かった。


 これは、革命的だった。

 病院、介護施設のベッドは空き、保険料の大幅な節約につながった。そして何より、我々はもう、胃瘻にされてしまうかもしれないという恐怖に、怯えなくて済む。胃瘻の現実を、社会にさらけ出し、更に、今後されてしまうかもしれない世代に、その可否を問うた。自分達の親を胃瘻にした世代……でも、あの頃は、それしか選択筋が無い時代だったのだ。ドクターに「肺炎は治りました。しかし、誤嚥性肺炎のリスクは高いので、口からの食事は難しいです。胃瘻にしますか?それとも、餓死させますか?」拒むことなど、出来やしない。親殺しにされていまう。悲しい、悲しい選択だったのだ。やっと、この呪縛から逃れることが出来た。


 ・食事介助に際して、声掛け、軽い刺激をしても開口しない方に対して、無理矢理スプーンを押し込む行為を虐待とする。


 これもまた、革命だった。

 元々、介護職員は疑問を持っていた。スプーンをねじ込むことによる、唇や舌の傷。嚥下の確認に時間を取れずに、ついつい詰め込んでしまってアップアップ状態にさせてしまうこと。そもそも、食べたいと思っているのかもわからない。自分達が行っているこの介助は、当事者にとって、望ましいことなのか?自分ならば、こんなことされたくないという行為を、しなくてはならないというストレス、いや、これに慣れっこになっている自分に対する、恐怖。

 家族に、食事介助の現状を見てもらったのも、良かったのだと思う。「拷問だ」という家族もいて、これはやめようという風潮が一気に広まった。

 ゆえに、食事を認識できず、口を開けなくなった時点で、お看取り。温かい、優しい時間が、本人・家族に保証される。


 その他にも、無駄は徹底的に排除していった。もっと、必要な所に使べき、我々は、幸福を願っているのだから。

 介護施設における、食事破棄問題も検討された。

 お盆に一杯の食事に溜息をついている。そもそも、「こんなにたくさん食べれませんから」と。「私、朝は少食なのよ」と、朝は毎回残す。どれだけの食事が、毎回毎回捨てられてきたことか?「この歳になって、嫌いなものを食べろって、無理言うな!」でも、「もったいないな」と、いつも罪の意識に苛まれる……

 そこで、この問題にいいアイデアが寄せられた。


 食事量半分以下が丸二日続けば、半量に変更。半量を完食できれば、元に戻す。半量が半分以下ならば、そのまた半量に減らしていく。


 もちろん、食事形態の見直しや、高カロリーゼリーやビタミン・ミネラルの付加も試されるが、基本、食べてもらえない物は、出さない。子供じゃないのだから、今更好みは変えられない。成長期じゃないのだ、衰退期、穏やかに着地する準備しているのだから、ここで邪魔するなってところか。

 この方法で、食事破棄問題は軽減された。その分、食べたい物を個別でリクエストする機会は増え、食事に対する満足度はアップ。施設生活で、一番の楽しみは、何と言っても食事。その満足度がアップしたということは、喜ばしいことだ。正に、高齢者幸福党の真骨頂!

 更に、少し太っていた方が健康寿命を伸ばせるというのは、あくまでも施設入所前のこと。介護負担軽減の為には、やはりスリムのほうがいいに決まっている。ただし、骨の吐出による褥瘡リスクが高まらない程度に。分厚い脂肪は、心臓や肺を圧迫し、腸の動きを制限してしまう。免疫を高めるための栄養は必要だが、余計な脂肪は着けるべきではない。


 我々は、あらゆる無駄と戦ってきた。それは時として、高齢者にとって辛い選択であったこともある。しかし、結果として、全ては高齢者の幸福に繋がっていく。


 そう、我々は、高齢者幸福党なのだから!

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