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<東区役所友の会>職員より

 テレビ電話の前に陣取っている車椅子の女性、マリ子さんは、今日も絶好調。私は、セッティングを終え、パートさん達を見守っている職員、クニ子です。もうかれこれ二年、ここ<東区役所友の会>で、正規職員として働いています。まずは、ここで働くパートさん達の日常を紹介します。


「はい、ボケ相談室、この電話の担当はマリ子で~す」

「もしもし、私は、キクチ アイ子です。今、ご飯を食べるとこです。で……これは何ご飯でしょうか?わからないのよ」

「はい、おにぎりが三つ見えます。中身は、ミツ子さんが食べないとわかりません」

「え、ミツ子さん来るの?」

「ハア?それもわからないな~お昼ご飯食べて待っていたらどう?」

「あ、お昼ご飯ですか。ありがとうございました。何ご飯かわからなくて困っていたの、誰もいないから、心配で心配で、又教えてくださいね」

「はい、いつでもかけてね、待ってま~す」


「はい、ボケボケ相談室、この電話の担当はマリ子で~す」」

「よかった、マリ子さん大変なのよ!さっき泥棒が入ったのよ!」

「え~それって、110番でしょ?」

「でも……何を盗られたかがわからないし~」

「だけど、泥棒がいたんでしょ」

「たぶん、無くなったから、泥棒だと思うのよ、それとも、嫁?」

「何が無くなったの?」

「通帳」

「それって、やっぱ泥棒だよ、どんな人だった?」

「音は聞いたけれど……見てないから……」

「ん~ん、お巡りさん呼んでも、ボケた婆さんって、思われちゃうかも」

「それってやだわ~恥かしい……内緒にしておこうかしら」

「うん、又音がしたら電話してね」

「わかった、ありがとう」


「はい、ボケボケ相談室、この電話の担当はマリ子で~す」

「今、めまいがして、とても辛いです」

「それは大変、横になったらどうですか?」

「寝ていてもダメみたい。天井がグルグル回るのよ。怖いからしがみついていたけれど、疲れて起きたところ。でも、今度は、頭の上のお皿がグルグルまわりだして」

「薬は飲んだの?」

「飲んだのかしら?家の者は出掛けているし……」

「トイレは大丈夫?行ける?」

「あ、今、行って来たところ」

「トイレに行く時、めまいはしなかったの?」

「もちろん、したわよ……めまいはもう癖だから、トイレには行けます!」

「それは良かった」

「良くなんかないわよ、めまいがするのよ!」

「お大事に」

「あ~めまいがする」

「寝ていたらどう?」

「寝ていてもダメみたい」

「薬は?」

「いっぱい飲んでいるわよ」

「それなら安心」

「やっぱり寝るわ」

「おやすみなさい」


 同じことを何度も何度も繰り返し、トンチンカンな、話題がポンポン飛んでいく、そんな会話についていけるのは、同じシナプスの持ち主。私達は、「傾聴」なんて言っても、ついつい我慢をして話を聞いてしまい、なんとか私達に理解できる話に戻そうと、相手の気持ちに気付かず、話を遮ってしまいます。けれど、当事者同士は、エンドレス。全て初めての話であり、話の内容というか、言葉そのものも、ある意味ど~でも良くて、その時の感情を共有することが「会話」になります。これは、認知症と言われていない者には到底無理。私達は、理解できないことに対して、心から悲しみ、お腹の底から笑えないのですから。


 うちのデイ<東区役所友の会>で、一番の働き者はマリ子さんです。彼女はほぼ毎日通って来て、一日合計2時間の目標を達成して、お土産付きで帰ります。まぁ、テレビ電話に向かってない時も、お仲間と話している訳で、どこからが仕事でどこからがオフなのかわかりませんけど。現在一人暮らしの為、「家に帰ると寂しいのよ」と言われます。二年前に大腿骨頸部骨折で入院して、かなり認知症が進行してしまいましたが、ここで働くことで、だいぶ回復してきました。まだまだ一人暮らしが出来そうです。

 <東区役所友の会>は、昔でいうデイサービス、デイケア。認知症や身体障害から、家族不在時の留守番に不安のある方、マリ子さんのように、辛うじて独居という、今後社会資源を使う可能性がある方、家に居られると家族にとって何かと面倒くさい方に、パートタイマーとして、働きに来ていただいています。ゆえに、家に帰れば「今日もお疲れ様でした」となる訳ですし、ポイント貯めてお土産をゲットすれば、孫の喜ぶ顔も見ることが出来ます。

 もちろん、冷暖房完備で、サービスもバッチリ。無料の送迎サービス、入浴サービス、洗濯物を持ってくれば、帰る時までにクリーニングして持たせてくれる。そして何より、食事を含めて、それらの費用は、働くことで賄われています。すなわち、タダ。

 どんな形だとしても、とにかく、ケアされるだけの人ではなく、ケアする側になっている。そこが、昔のデイとの違いです。


 あら、もうこんな時間

「マリ子さ~ん、ミツ男さん、イチ子さん、そろそろ11時半ですよ。エプロン着けてくださいね」

 と、私は三人にエプロンを渡し、エレベーターへと促しました。

「今日もよろしくお願いしますね、いってらっしゃい」

 イチ子さんがマリ子さんの車椅子を押し、ミツ男さんが後に続きます。

 三人のお仕事は、区役所の玄関でお弁当を売ることです。12時からは職員でごった返すからと、近所の人は11時半ごろから買いに来ます。マリ子さんが呼び込みで、ミツ男さんが会計、イチ子さんはタイムキーパー兼、問題があった時の連絡係兼、込んで来た時の袋詰め等々諸々のバックアップ要員。三人一組で、月・水・金はマリコさんチームの担当です。


「あら、鼻水出ているよ」

 お弁当を渡しながら、マリ子さんが心配そうに話しかける。

「そうなんですよ、少し風邪ひいちゃったのかしら、熱はないんですけど」

 三才ぐらいの女の子を連れたお母さんが答える。

「いっぱい食べて早く治してね、お母さんの言うこと聞くんだよ。鼻水出ていたら、リアムカに来られないよ」

 そう、マリコさんは言うと、その小さな手におまけのお菓子を握らせた。

「ありがとう、おばあちゃん、またね」

 可愛い頭がマリ子さんに寄って来て、彼女は愛おしそうにその髪を撫でた。


 <リアムカ>リアルジジババ昔話は、<東区役所友の会>でも人気の高いお仕事です。もちろん、区民の方々にも。

 午前の部は10時から11時半、幼稚園入園前の子供達、寝ているだけの乳幼児も来ます。だいたいは食事を済ませて預けに来ますが、時々ミルクを置いて「お願いしま~す」という常連ママもいます。ちゃんとゲップさせて、ぐずっても動じず、オムツ交換もお手のもの……一応講習会を開いていますが、私なんかより、ずっと扱いが上手い。ただ、今出来ていても、次第に段取りを忘れてしまう可能性を秘めていることは、いつも意識して様子を見ています。そして、今出来ることで、社会と関われるように、ここに出勤したからには、「仕事をした。役に立てた」と思ってもらえるように……これが私の仕事です。

 ちびちゃん達に、本の読み聞かせや、手遊びなど、リクエストに応じていきます。たった一時間半ですが、楽しかったと思ってもらえるように、又来てもらえるようにと、ジジババは一生懸命です。

 でも、時々ですが、やんちゃな子供にじいちゃんがキレて怒鳴りつけることもあります。そこは<友の会>、ばあちゃん達がしっかりガードして、泣いている子供に「○○したかったんだよね、うんうん、じいちゃんは怒りんぼさんだね~さっさとごめんなさいを言って、こっちで遊ぼう。ばあちゃんに、又カッコイイ積み木の怪獣作ってよ」なんてフォローまで入れられる。いけないことはいけないと教えつつ、甘えさせてあげることも忘れない。我が<リアムカ>では、「子供をいっぱい褒めてあげよう」がスローガン。自分たちが上手く出来なかった子育ての反省を込めて、そして、いかに自分たちが楽しい時間を過ごせるかを考えて。

 <リアムカ>に子供を預けている間、母親たちは区役所の用事はもちろん、買い物や美容院、ママ友とお茶飲みと、つかの間の休息を楽しめます。なんだかんだと、家族に振り回されてストレスをため込んでいるお母さんに。可愛いとはいえ、当然のように孫を見させられているおばあちゃんに。<リアムカ>は大好評!とにかく、安い。セキュリティもバッチリ。

 午後の部は3時半から5時まで、幼稚園児や小学生が来ます。こちらは本格的な読み聞かせと寸劇、童謡も楽しめます。ジジババの余興……本間物のジジババ演じる昔話は、リアルな声に動き、間の取り方も絶妙です。臨場感たっぷりで、<大きなカブ>で尻餅をついても危険が無いようにと、ふかふかのマットレスまで用意されています。もちろん、友達とゲームやおしゃべりをして過ごしてもOK。ただし、楽しんでいるお友達の邪魔をしないお約束。

 宿題をやっている子には「えらいね~こんなのわかっちゃうんだ、字が綺麗だねよ、もうできたの、すっごい」と、褒めちぎる。学校で嫌なことがあれば、いつまでもいつまでも話を聞き、「明日はこうするんだ」と、子供から言い出すのをじっと待つ。待つことは得意です。時々、いやしばしば、何を待っていたか忘れますが、目の前のその子のことを、大切に思っていることだけは、忘れません。

 とにかく、<リアムカ>では、笑い声がたえません。それは、お年寄りにとっても、子どもにとっても良い環境に違いありません。そして、子供達が居ない時間は、予行練習に余念がない。今度は何をやろうか?ちょっと先の予定を作ることは、生きる力になり、喜びになり、取りあえず元気でいられていることに感謝出来ます。まぁ、同じ演目をやっても、子供達は喜んでくれますが……「あ、又ここで言い間違いするぞ」って、そこを楽しみにしている子もいますので。


<お花クラブ>も人気のお仕事です。花ガラ摘みや水やりが主な仕事で、ここの区庁舎では、車椅子で作業が出来る高さに植物を置いています。又、花屋からの依頼もあり、ベルトコンベアーで鉢が流れてきます。「綺麗な花びらを使って、染物もやってみたいね」という声が出たので、只今検討中です。

 見事な鉢が来ると絵心を刺激される方もいて、<友の会>で買い取る事もあります。そう、ここの<作品>は年に四回開かれるバザーで大好評!絵画部の他にも、焼き物や織物、編み物、広告紙を使ったゴミ箱等々。特に、去年、百歳のヤスさんが描いた向日葵を買っていかれた方が宝くじに当たったとマスコミに言ったものだから、さあ大変。とても予約をヤスさん一人でさばけるはずもなく……ところがそこはしたたかなお年寄り達、私のほうがきっとご利益があると、自ら売り出した……負けず嫌いというか、まぁ、いい刺激になりました。


 私はもう75歳。そろそろ議員になればと言われていますが、今の仕事が楽しいので、もう少し先延ばしにするつもりです。高齢者幸福党が政権をダッシュして早十年。やっと平均寿命が健康寿命の所へ落ち着きました。働ける高齢者であり続けることも大切ですが、たとえ自由に動けなくなっても「自分は健康だ」と思える精神的な健康が、一番大切だと思います。グダグダとネガティブなこと言っていては嫌われます。精神的な健康、それこそが、周りに迷惑をかけずに、可愛がってもらえる秘訣ではないでしょうか。

 <東区役所友の会>、現役のまま、スーと逝けるように、可愛いお年寄りでいられるようにと、サポートしていく。これが私、クニ子の仕事です。


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