その5 入城
中国軍の砲撃が弱まり、日本軍が撃ちこんだ煙幕が薄まったところで第78旅団の主力が前進してきた。先遣部隊に続いて鳳城市中心部へと繋がる隘路を進む。
隘路の陣地に残る中国軍が日本軍を阻止すべき攻撃を仕掛けてきた。歩兵が持つ対戦車兵器が放たれ、陣地に身を隠す戦車の主砲が火を吹く。しかし、一度露見した奇襲がうまくいく道理は無かった。
発砲によって生じる熱は四四式戦車や四八式歩兵戦闘車の熱線映像装置に容易に捉えられ、中国軍は攻撃を行う度に激しい反撃を受けることになった。
高性能な火器管制装置による射撃は正確に中国軍を捉えた。中国軍の戦車は59式戦車で、四四式戦車の120ミリ主砲を至近距離で弾き返す防御力など望むべくも無く、また歩兵達は機関銃と多目的榴弾の餌食になった。
第78旅団の戦闘装甲車輌は1つずつ中国軍の拠点を粉砕し、確実に前進していった。走行装置を破壊されて、立ち往生していた先遣中隊の四四式戦車も回収された。
一方、陣地内に攻め込んだ中隊は円陣防御を敷いていた。戦車8輌と歩兵戦闘車3輌が円を描くように停車し、外側の砲塔を向けている。2個分隊に減った歩兵達も歩兵戦闘車を降りて、装甲車両の前へ出て、障害物に隠れて敵歩兵の接近に備えていた。
すると中国軍の59式戦車8輌が陣地を出て、突撃してきた。
「撃ち方はじめ!」
突撃してきた中国戦車に砲を向けられる4輌の四四式戦車が一斉に主砲を射撃した。4発の120ミリ砲弾は瞬時に4輌の59式を撃破した。残りの4輌は次弾が飛んでくる前に、建物などの障害物の背後に姿を隠した。
「畜生、どこから来るんだ?」
中隊長は見えない敵に舌打ちした。彼は四四式戦車の防御力に自信を持っていたが、奇襲を受けて弱点を突かれれば万が一ということもある。それに一緒に行動する歩兵戦闘車の方は旧式戦車と言えども戦車砲に対処する術は無い。そこで中隊長は歩兵小隊の指揮官を呼び出した。
「敵の戦車を探してくれないか?」
歩兵小隊長は要請を快諾し、外周を守る歩兵達を前進させた。
歩兵隊は二手に別れ、周辺を警戒しつつ建物と建物の間を進んでいった。そして、片方の分隊が裏道に1輌の59式戦車が停車しているのを発見した。
「対戦車戦闘用意!」
分隊長が命じると、すぐに分隊に1人ずつ居る対戦車手がカールグスタフ無反動砲を用意した。他の兵士達もそれぞれの武器を用意する。
「よし!いけ!」
対戦車手と弾薬手、それに護衛1人が飛び出した。残った4人は銃口を戦車に向けた。
「援護射撃!」
3丁の四九式小銃と1丁のミニミ機関銃が斉射を戦車に浴びせた。分厚い装甲の表面に火花が散った。そのような攻撃で戦車にダメージを与えることは当然ながら出来なかったが、注意を惹くことはできた。
砲塔が援護射撃を浴びせた4人の方を向いて、主砲同軸機関銃が浴びせられる。援護射撃を中断して4人は物陰に身を隠した。
その間に対戦車手を中心とする3人は戦車の背後に回りこんでいた。
「対戦車榴弾装填!」
対戦車手がカールグスタフを構え、弾薬手が81ミリ砲弾を砲身の後ろから装填する。
「後方安全確認!クリア!」
弾薬手が構えられたカールグスタフの背後に誰も居ないことを確認し、対戦車手の肩を叩く。それから弾薬手はカールグスタフの砲身に手を伸ばし、支えた。
「発射!」
対戦車手がその号令と同時に引き金を引いた。猛烈な後方爆風とともに砲身から対戦車榴弾が発射され、一直線に戦車の砲塔後ろに向かって行って、命中した。対戦車榴弾が爆発し、高圧のメタルジェットが59式戦車の装甲を穿った。戦車は銃撃を止め、動かなくなった。
「目標、撃破!」
一方、別の歩兵隊も1輌の59式戦車を見つけたが、まさに防御円陣に突入しようとしているところで、カールグスタフを構える暇も無く、ただ警報を発することしかできなかった。
戦車が突入したのは、防御円陣でもっとも脆弱な部分、3輌の四八式歩兵戦闘車の前面である。
強襲してきた戦車に対して四八式歩兵戦闘車が出来たことは少なかった。2輌は回避行動をすることにし、急発進をした。1輌は備えられた三九式重対戦車誘導弾で迎え撃った。
四八式歩兵戦闘車は砲塔の左右に1基ずつ三九式重対戦車誘導弾の発射装置が装着されている。そのうち1門の蓋が開き、砲塔が突入してくる戦車の方を向く。次の瞬間、ミサイルが誘導用のワイヤーを後ろに惹きながら発射され、59式戦車へと向かう。
対する戦車もミサイルを発射した四八式歩兵戦闘車に主砲を向け、発砲した。有線式ミサイルの誘導を続ける必要があった四八式歩兵戦闘車は回避もままならなかった。
双方の弾が相手に命中したのはほぼ同時だった。100ミリ砲弾は戦車に比べれば装甲が薄い歩兵戦闘車を簡単に吹き飛ばし、ミサイルの方は車体に命中して59式戦車の走行能力を奪った。
その間に残る2輌の四八式歩兵戦闘車が動けなくなった59式戦車の側面にまわりこんで、横から35ミリ機関砲を叩き込んだ。その威力は戦車砲にこそ劣るものの、旧式戦車の走行の薄い側面を叩くには十分だった。突入してきた59式戦車は多数の35ミリ砲弾を受け、炎上した。
中隊長はまた眼前で仲間を失い、絶句していた。残る2輌の59式戦車が後退しているという歩兵隊からの報告が入ったのは、その直後だった。先遣中隊はとりあえず危機を脱した。依然として主力から孤立していたが。
上空
その頃、山々の上空を飛ぶヘリコプターの一群があった。ブラックホーク強襲ヘリコプターが山の上を這うように、超低空で北へと向かって飛んでいた。その光景は作戦初日のハマタン鎮への空挺作戦を思い出させたが、乗り込んでいるのは別の兵士達だった。
ハマタン鎮攻略に参加して大損害を被った挺身第1連隊は後方にまわって待機中で、丹東市の空港を占領した挺身第2連隊は占領任務を継続中である。そして空挺第1旅団は第3の部隊を戦場に投入した。挺身第5連隊である。
挺身第5連隊は、第二派として続く為に待機中の挺身第6連隊とともに鳳城市攻略に向かう地上部隊を援護する任務を帯びていた。しかし、その目的地は鳳城市では無かった。ヘリコプターの一群は鳳城市を越えて、さらに北を目指した。
鳳城市市街の盆地
第78旅団はようやく隘路の中国軍を突破し、鳳城市の市街が広がる盆地へと突入した。ようやく孤立していた先遣中隊と合流したが、まだ市街を占領したと言える状態では無かった。
市街を取り囲む山々には、まだ多くの中国兵が居て、突入した日本軍部隊に対して迫撃砲攻撃を浴びせていた。
旅団長の決断は北上だった。一気に盆地の北側へと抜け出て、次の目標までの進撃路を確保することだった。残る敵兵の掃討は機械化歩兵部隊を中心とする後続部隊に任せることにした。かくして第78旅団は街の北へと向かった。
第78旅団に続いて進撃してきたのは、後続の第79旅団であった。第79旅団は機械化歩兵大隊3個と戦車連隊1個の混成部隊であった。彼らの任務は北へ向かった第78旅団の跡を継いで、盆地を守る中国軍部隊を掃討することだ。
そこで森林や市街地での歩兵中心の戦闘を想定して、第79旅団は師団直轄の戦略予備兵力である機械化歩兵大隊1個―ハマタン鎮での戦闘で挺身連隊の増援に向かった機械化歩兵大隊である―を配属され4個大隊―日本陸軍では戦車連隊は大隊規模の部隊である―編成とし、戦車連隊を中隊ごと分割して3個歩兵大隊に各1個中隊ずつ配属し、直接支援を担わせることにした。戦車連隊は4個中隊編制なので1個中隊余るが、それは旅団偵察隊とともに旅団司令部直轄の予備戦力として扱うことにした。
というわけで機動打撃専門の機械化師団の部隊ながら、歩兵戦闘の準備を整えて戦場へと進入した第79旅団は早速、三方へと分かれて戦闘に突入した。
第79旅団に属する歩兵第79連隊第1大隊―連隊の名を冠しているのは伝統的、慣例的なもので、大隊は旅団司令部の直接の指揮下にある―は、鳳城市の市街地がある盆地の入り口であり、今自分達が通ってきた隘路を守る中国軍の残存兵力を掃討するべく動いていた。
まず配属された戦車中隊の四四式戦車が前を進み、大隊迫撃砲中隊の150ミリ迫撃砲が支援射撃を受けながら中国軍の陣地に120ミリ主砲をつるべ撃ちしていた。その後ろでは歩兵達が二六式装甲兵車改を降りていた。
二六式改は装甲兵員輸送車を改造したもので、20ミリ機関砲を装備して火力がアップしているとは言え装甲は薄く、歩兵達はそれを降りて自分の足で戦場を走り回れることを喜んでいる節があった。
歩兵部隊は戦車を追い越して前面に出た。後ろから二六式改が追随し、20ミリ機関砲を浴びせて中国軍の反撃を封じる。戦車も使う武器を主砲から同軸機関銃と車長ハッチに取り付けられた12.7ミリ機関砲に切り替え、牽制の射撃を浴びせる。
その銃撃の下を潜って、歩兵達は120ミリ主砲が穿った陣地への進入路へと向かった。そして分隊ごとに突入していった。手榴弾が投げ込まれ、至近距離で銃撃戦が交わされ、そして銃剣やナイフを駆使した激しい白兵戦まで展開された。
一方、戦車や装甲兵車、それに自走迫撃砲は攻撃をする目標を変更していた。それは今まさに日本陸軍歩兵隊が突入して戦闘を繰り広げている周辺だった。榴弾を撃ち込み、機関砲の斉射を浴びせて、中国軍が増援部隊を送り込むのを阻止しようというのだ。
その作戦は功を奏しつつあった。歩兵第79連隊第1大隊は確実に中国軍を制圧し、占領地を広げていった。それは第79旅団の他の大隊も同じであった。中国軍は次々と後退していき、どんどん後方の陣地へと引き下がっていった。
まもなく第20師団司令部は鳳城市市内に入り、占領を宣言した。
第100部まで後3話!
(改訂 2012/9/21)
誤字を修正