その4 3月22日の攻勢
いよいよ鳳城市へと攻撃を開始です。
3月22日 ハマタン鎮 第5砲兵司令部
第5砲兵司令部は日本陸軍第3軍の配下にある全砲兵部隊を指揮する権限を与えられている。その起源は第二次世界大戦まで遡り、第5砲兵司令部は主に朝鮮半島戦線で友軍の砲兵を束ねて優勢なソ連軍に対して火力戦を挑んでいた。日本陸軍にはこのような砲兵司令部が全部で5つあり、各地で火力戦の中枢を担っている。
今回、指揮するのは先行する第20師団の師団砲兵と長射程を誇る野戦重砲兵第7連隊のMLRSと203ミリ榴弾砲だ。他の師団の砲兵はまだ目標に届く位置に無い。第5砲兵司令部の参謀達は前線の観測員からの報告や第20師団司令部からの要望から目標を定め、それを指揮下の砲兵部隊に割り振っていく。それから発射弾数や継続時間などを決め、詳細な砲撃計画を作って、各部隊に送付した。後は指揮官が号令をかけるだけだ。
第5砲兵司令部の司令官である駿河和也中将は見守る部下達、特に配下の部隊と司令部を繋ぐ通信要員達の前で命じた。
「撃ち方はじめ!」
その命令はただちに指定された砲兵部隊に打電された。
鳳城市 中国軍陣地
中国軍の兵士は日本軍の攻撃に備えて陣地に篭っていた。日本軍接近のニュースは届いていたので、兵士達はみんな緊張していた。その時、ヒュルヒュルという音が空から聞こえてきた。
「砲撃だぁ!」
その叫び声が終わる前に最初の一弾が炸裂した。兵士達はあわてて塹壕の中に伏せ、掩蔽壕の下に潜った。激しい砲撃が続く間、兵士達は身を縮めて耐えるしかなかった。この間にできることは何も無い。
その間に第20師団は中国軍の陣地にじわりじわりと接近していた。
市街を見下ろす丘 中国軍司令部
趙建国率いる第31集団軍の司令部にも砲弾は降り注いでいた。幸いにも日本軍は司令部の正確な位置を把握してはいなかったようで、十分に施された防御を突破するほどの激しい砲撃は浴びずに済み、半地下式の司令部は持ちこたえていた。
しかし司令部からケーブルを延ばして離れたところに設置された通信用アンテナは電波の逆探知で位置を特定したようで、激しい砲撃を浴びせられ倒壊した。さらに司令部と配下の部隊とを繋ぐ有線ケーブルも砲撃の為にズタズタになっていた。第31集団軍司令部は前線部隊はもとより、近くにある第91自動車化歩兵師団の司令部とも連絡がとれないありさまだった。
参謀達はパニックに陥っていたが、その中心で趙司令官は整然としていた。
「落ち着け!今が耐え時だぞ。砲撃が終わると同時に通信が回復できるよう準備を進めるんだ」
中国軍陣地
鳳城市もハマタン鎮同様に山に囲まれた盆地で、南からの主要な街道は南西から盆地に入り、市街地を通って北に抜ける。そこで第91自動車化歩兵師団も街の南西部に面する隘路に防備の中心を置いていた。
日本軍の砲撃もそこに多くが集中していて、舞い上げられた砂埃と白煙弾によって陣地に篭る兵士達の視界はほとんど失われていた。
しばらくすると陣地に砲弾が降ってこなくなった。ただ爆音は依然として聞こえてくるので、日本軍が砲撃を止めたわけではないようだ。爆音は背後から聞こえる。日本の砲撃の重点は前線から後方に移ったのだ。陣地の指揮官達はその意味を正確に理解した。
「来るぞ!日本軍が襲ってくる!」
前線の兵士を十分に叩きのめしてから、今度は前線の後ろに砲撃を集中する。これは日本軍と戦う前線の部隊に後方から増援部隊が送り込まれるのを阻止する為の砲撃だ。
すると日本軍が姿を現した。煙の向こうに微かに戦車と装甲車の輪郭が見える。一群の戦車と装甲車が陣地と距離をとったまま、攻撃を浴びせてきた。その間に後方から日本軍の別の一群が姿を現す。最初の部隊の援護射撃を受け、二番目の部隊は戦闘工兵車輌を先頭にして陣地に突っ込んできた。
先頭を進む五〇式装甲作業機はやはり地雷処理ローラーを車体前に装着し、アームには爆薬を吊るしている。その後に車体前に通常の排土プレートを備えた別の五〇式が続く。陣地の前に設けられた地雷原を切り抜け、陣地前に置かれていた障害物―既に砲撃でボロボロになっている―の残りを爆薬で吹き飛ばし、ブレードで蹴散らして、後続部隊の進撃路を切り開いた。
そこへ二番目の部隊の戦車や装甲車がなだれ込んできた。一番目の部隊が相変わらず援護射撃を続けているので、中国兵達はうまく対応できないでいる。戦車が塹壕を蹂躙し、装甲車から降りた歩兵が制圧していく。
攻撃開始から僅か30分で日本軍は最初の防御線を突破した。
中国軍司令部
日本軍が第一線を突破した頃には日本の砲撃も勢いを失っていて、有線電話は張りなおされ、伝令も行き来するようになり第31軍集団司令部は配下の部隊との連絡を取り戻しつつあった。
「最初の線を突破されたか」
趙司令官はそれほど驚かなかった。それは予期されたことであった。強力な日本軍に対して単純な陣地だけで太刀打ちできると考えるほど趙は甘くは無かった。
「第二陣地との電話は回復しているか?」
司令官が尋ねると通信士が頷いた。
「はい。同志」
「ではただちに連絡を」
中国軍陣地
第二線の陣地は山の中にあった。隘路から鳳城市の盆地への出口に面する山地の一角に、十分に擬装され、地中に埋められた陣地があった。その陣地は日本軍の幾度の航空偵察でも発見されず、落ちてきた砲弾にも耐えた。
第一線の陣地から下がってきた敗残兵を収容しつつ、日本軍迎撃の準備を進めていた。隘路の中を市街まで抜ける街道を囲むように配置された火砲、地中の陣地から這い出てくる歩兵たち、車体を完全に陣地の中に隠して砲塔だけを街道に向ける戦車。様々な武器が街道にキルゾーンを形成していた。
すると日本軍第20師団の縦隊が見えてきた。日本軍は鳳城市街を目の前に浮き足立っているようだ。
「十分に引き付けてから撃て」
陣地の指揮官は十分に擬装が施された半地下式の陣地から双眼鏡で日本軍の戦車を監視しながら部下に命じた。車輌ごとに砲塔を別の方向に向けて警戒を怠っていなかったようだが、十分ではない。前身速度は少し速すぎだし、砲塔から顔を出している戦車長の顔は明らかに緩んでいる。
「撃ち方始め!」
中国軍の隠匿した火砲が一斉に火を噴き始めた。
第20師団
鳳城市に向けて一番先を進んでいたのは第78旅団だ。この旅団には師団の戦車連隊の半分と、師団に2個しかない四八式歩兵戦闘車装備の歩兵大隊のうち1個を持つ精鋭で、打撃力の要として期待されていた。そして第78旅団はこれまでのところ、その期待に十分応えていた。
この時、第一線陣地を突破して鳳城市まで進撃しているのは第78旅団の1個中隊で、戦車中隊から戦車1個小隊を抜いて、交換で機械化歩兵1個小隊を配属されていた。中隊規模の諸兵科連合部隊であった。
すると突然、爆音が谷間に轟いた。中国軍の砲兵射撃だ。中国軍は砲兵を盆地を囲む山々の、市街の方を向いた斜面に配置し、巧妙に擬装した陣地を築いていた。進撃してくる日本軍から見ると、山の反対側になる、攻撃の難しい反斜面陣地であった。
日本軍への攻撃に使われたのは各種の迫撃砲と122ミリ榴弾砲で、前者が進撃する中隊に、後者は後続する第78旅団主力に砲撃を行っていた。日本軍部隊の分断を図ったのである。
そして砲撃が日本軍を襲ったのと同時に、隠れていた歩兵と戦車が日本軍の先頭を進む中隊に対して攻撃を開始した。各種対戦車火器と戦車砲の射撃が加えられる。
日本軍にとって幸いだったのは、攻撃が戦車に集中し、歩兵戦闘車の方は狙われなかったということだ。戦車に比べると装甲の薄い装甲車が狙われていては、ひとたまりも無かった。また中国軍の攻撃は奇襲効果を狙ったもので、その精度は低かった。それ故に見た目は派手ながら、外れた弾も多かったし、当たっても頑強な装甲に弾かれたものも多かった。
それでも日本側も無傷というわけにはいかず、四八式歩兵戦闘車の1輌に流れ弾が命中して爆発炎上し、戦車1輌が砲塔の付け根に命中弾を受けて撃破され、1輌が走行不能に陥っていた。それでも日本軍中隊は十分な戦闘能力を保っていた。
残る戦車と歩兵戦闘車がほぼ同時に車体に装着していたスモークディスチャージャーを作動させた。白煙弾が次々と吐き出され、装甲車両の縦隊が煙の中に包まれた。
「支援砲撃を要請する。白煙弾!」
中隊に随伴していた四九式挺身観測車の車内で砲兵将校が叫んだ。すぐに後方の砲兵部隊から日本軍中隊の周辺に白煙弾が撃ち込まれ、中隊は完全に煙の中に消えた。
装甲車の中から砲兵将校は次の指示を出した。
「照準は同一。制圧射撃を要請する」
白煙弾に続いて155ミリ榴弾が次々と周辺に落下し始めた。白演弾で視界を奪われ、榴弾の砲撃を受けて、中国軍の攻撃は弱まった。
ここで日本軍中隊の指揮官は決断を迫られた。普通はここで後退を選択し、仲間と合流して部隊を再編し、再起を目指すものである。しかし、ここで中隊長は前進を選んだ。奇襲が露呈し、相手が浮き足立っている今この時にあえて突撃を仕掛けることを決断したのだ。
「吶喊!」
白煙弾の煙は赤外線に対しても遮蔽効果があり、高性能な熱戦映像装置を装備する日本軍の戦車といえども視界が限られていた。そんな中で先頭車は手探りで前進し、後続車は前を行く車輌のテールランプの微かな明かりを頼りに前へと進んだ。
やがて煙を抜けて、中隊は盆地の中へと進んだ。そこにも中国兵の姿はあったが、まさか日本軍部隊があの状況から突っ込んでくるとは思っていなかったようで、奇襲攻撃となった。戦車砲と機関砲の砲撃で蹴散らすと、さらに奥へと進んだ。
一方、挺身観測車は中国軍の砲兵陣地の背後へとまわっていた。砲兵陣地は確かに入念な擬装が施されていたが、それは日本軍の空中偵察に対するものであり、本来なら味方が居る筈の陣地後方からは発見が容易かった。
「砲撃を要請する。座標は…」
砲兵将校は観測車に備えられている精密機器を使って、すぐに正確な位置を割り出して味方に報告した。すぐに中国軍の反斜面陣地に日本軍の155ミリ榴弾が降り注いだ。
これにより、旅団主力の前進を阻止していた砲撃が止まり、主力が前進できるようになった。鳳城市制圧の突破口が開いたのである。
第5部その7の4を割り込み投稿しました。宮川首相の演説を新規に加えました。改訂前の次話と重複する部分がありますが、今後改訂予定です。