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世紀末の帝國  作者: 独楽犬
第11部 内陸侵攻
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その2 戦線突破

第86自動車化歩兵師団司令部

 ハマタン鎮の盆地を見下ろす丘の上の地下陣地に築かれた師団司令部。ルー・タオラン師団長は地下陣地から出て戦闘の様子を眺めていた。

 盆地の南側では861連隊と862連隊が韓国軍部隊と日本の挺身連隊に挟まれながら、激しい戦闘を続けていて、その戦闘音が司令部まで聞こえてくる。一方、盆地の北西の端では863連隊が日本陸軍の機械化部隊と戦闘をしているが、その爆音は次第に聞こえなくなりつつあった。敵が味方を制圧しつつある。

 師団長は地下陣地内に戻ると、大机の上に広げられた作戦地図に目を落とした。参謀達が最新の戦況を書き込んでいた。予想通り、危機的な状況だった。

「師団長。状況は芳しくありません。街道の防衛線が破られました」

 参謀長の報告は事前に予測できたもので、ルー・タオランは動じることは無かった。既に次の方策も決めていた。

「よし。部隊を撤退させろ」

 師団長の命令は参謀達も予期したものであった。

「分かりました。撤退の符丁を発信します」

 すぐに師団司令部から“龍巻風(ロンジャンフェン)”という平文の通信が指揮下の部隊に向けて発せられた。竜巻を意味するこの単語は事前に“戦線より離脱し、所定の集合地に集結せよ”という命令を意味する符丁と決められていた。

 通信の発信後、司令部は撤収を開始した。最後まで予備として司令部の手元に残っていた師団偵察部隊は先遣隊として集合地へと確保に向かった。




ハマタン鎮 盆地の南側

 それまで挺身連隊と中国軍部隊は一進一退の攻防を繰り広げ、膠着状態が続いていた。しかし突然、中国軍が持てる限りの火力を浴びせてきたので稲村中佐は驚いた。機関銃に無反動砲、対戦車ロケット、それに迫撃砲が次々と炸裂し、挺身連隊の将兵を襲う。彼らは退かねばならなかった。

 しばらくすると激しい砲撃が収まった。稲村中佐は先頭に立って連隊を率いて山を登っていった。中国軍の迫撃砲は白煙弾も撃ちこんでいたらしく、戦場は白い煙に包まれていた。将兵達は慎重に進んでいった。

 やがて煙の向こうに陣地のようなものがうっすらと見えた。稲村は左手を挙げて、部隊を停止させた。挺身連隊の将兵達は一斉に伏せて、待機した。それから1人の若い中尉を指名した。

「斥候に向かえ。連れて行く者は君に任せる」

 指名された中尉はすぐに何人かの兵士を選ぶと、陣地に向かって物陰に隠れつつ接近していった。ゆっくりと慎重に陣地までの距離を詰め、すぐ近くまで達すると飛び出して、陣地に飛び込んでいった。

 斥候が陣地の中に消えた。稲村たちはいつでも援護射撃が行えるように銃口を向けながら、待ち続けた。銃声はおろか物音1つせず、僅かな時間がひどく長く感じられた。

 やがて陣地の中で中尉が立ち上がって、稲村たちに合図をした。安全であるということだ。将兵達は一斉立ち上がり、陣地へと駆け込んだ。

 そこはやはり中国軍の陣地のようであったが、ものけの殻であった。後に残っているのは死体と壊れた武器だけで、中国軍部隊はどこかへと消えていた。その様を見て稲村は呟いた。

「逃げられたか…」

 中国軍はさきほとの突然の一斉射撃でこちらを退けさせ、その隙に撤退してしまったのだ。

「追撃しますか?」

 後ろから追いついてきた副官が彼に尋ねた。しかし稲村は首を横に振った。

「中国軍は狡猾だ。深追いは危険だ」

 おそらく先ほどの一斉射撃で弾薬の大部分を使い尽くしているだろうが、それでも山中で戦う中国軍は危険な相手に違いない。帝國陸軍は“あの30年”でそれを学んだのだ。手負いの挺身連隊で追撃するのはリスクが大きすぎる。

「それより山の向こうとの連絡を確保しよう。街道へ出よう」




丹東市元宝区 第三軍司令部

 小牧春雄中将率いる第三軍司令部も鴨緑江を渡って中国領内に入っていた。作戦地図に次々と書き込まれる戦況を見る限り、作戦2日目の午前は順調に推移しているようであった。

「閣下!吉報です。挺身連隊が韓国軍第1師団と接触しました。これで前線との連絡は確保されました!」

 この一昼夜、挺身連隊が直面した厳しい状況を前にずっと厳しい表情をしていた小牧中将は参謀の報告を聞いてようやく表情を緩めた。

「ようやく一息つけるな…第78旅団の方はどうしている?」

「敵の防御陣地を突破した後、1個中隊を残して先へと進みました。旅団長は第2統制線まで進みたいと考えています」

 参謀は報告した。第三軍は当面の目標を鴨緑江から瀋陽までの間にある凰城市に定めていて、さらに凰城市攻略までの間にいくつもの段階を設定した。第1統制線がハマタン鎮であり、第2統制線は湯山城鎮に設定されていた。

 湯山城鎮はハマタン鎮と凰城市の間の中間地点にあり、一度分かれた高速道路と鉄道が再び合流する場所である。距離はおよそ20キロだ。第78旅団は敵の防御ラインを突破した勢いでそこまで前進したがっているのだ。

 勢いに任せての前進は危険が伴うが、敵に対応の隙を与えないという利点もある。最初の防御戦を突破された中国軍が次の手を打つ前に一気に前進できるかもしれない。

「航空偵察と特情はどうだ?」

 帝國陸軍は進路上の脅威を確認すべく、あらゆる手段を講じていた。特情とは特種情報の略で、通信傍受による情報収集を示す。

「湯山城鎮までの間に脅威は確認されていません。敵の守備隊が確認されているのは凰城市です」

 参謀の報告を聞いて小牧は決断を下した。

「よし。許可する。だが、無理はするな。抵抗に直面したら無理に突破せず、待機するんだ」




瀋陽へと向かう街道

 再び捜索第20連隊が先頭になった。戦車連隊や捜索連隊は帝國陸軍では大隊規模の部隊なので、第78旅団は捜索第20連隊を含めて4個大隊相当の機甲部隊を配下にしていることになる。この4個大隊が一列に縦隊を組んで、北上していた。

 予想通り中国軍の抵抗はほとんど無かった。第78旅団の迅速な前進に、手を打てなかったのだ。

 一度の交戦もすることなく2時間後には再び広い盆地に出た。ハマタン鎮で一度分かれた鉄道も見えた。湯山城鎮である。事前の情報通り、守備隊の姿は無い。

 第78旅団はすぐに街を占領した。捜索第20連隊と配下の3個大隊を街の四隅に配置し、全周防御の体勢をとって、味方部隊の到着を待った。




ハマタン鎮

 挺身第1連隊は韓国軍師団にハマタン鎮の防備を引き継いでいた。

 連隊に配属された機械化歩兵大隊は指揮下から離れて、ハマタン鎮で第20師団の戦略予備として待機することになった。

 挺身連隊の方も第3軍直属の予備部隊に指定され、空港で空挺旅団の他の連隊と共に待機することになっていたが、稲村中佐はもう出番は無いだろうと考えていた。戦力が半減している挺身第1連隊を再び戦場に投入するとなれば、それは最後の切り札であり、最悪の危機の時としか考えられない。そういう事態はそう起きない筈である。

 というわけで挺身連隊の兵士達は丹東浪頭空港へ移動するためにトラックを待っているところだった。彼らの目の前を第3軍の主力部隊が次々と走っていく。多くがキャタピラーで動く装甲戦闘車両だ。

 第78旅団に続いて進むのは師団砲兵部隊だ。彼らの主力兵器である三一式自走15センチ榴弾砲の最大射程は19キロで、“ハマタン鎮から”20キロ以上先にある湯山城鎮を鴨緑江の対岸から狙うことはできない。第78旅団を火砲の援護の下に置くには、砲兵部隊がもっと前進しなくてはならないのだ。

 それから第20師団の主力部隊、第79旅団と第80旅団が続く。それから師団の後方支援部隊が最後に続く。とりあえず第3軍は第20師団で道を切り開くつもりであった。狭い山の中ではそれ以上、戦力を注ぎ込んでも動きがとれなくなるだけだ。

 大日本帝國陸軍は内陸への進撃のための準備を整えつつあった。




鳳城市

 中国の名山の1つである鳳凰山に見下ろされる盆地の街、鳳城市は緊張感が高まっていた。1月に起きた事件以来、日韓との危機が強まる中で福建省から第31集団軍の司令部が指揮下の部隊とともにやって来て駐屯し、そして今度は敵の日本軍部隊が迫っている。

 多くの住民が北へと脱出したが、30万人近い市民が全員逃げ出すことなどできるわけもなく、市内には多くの住民が残っていて近づいてくる戦争の気配に怯えていた。

 そして市街の森の中に築かれた第31集団軍司令部は進撃してくる日本軍への対処に追われていた。

「第86自動車化師団は山中に後退しました。重装備は放棄し、以後は遊撃戦に移行するそうです」

 ルー・タオランはこの為に、事前に山中のあちこちに物資を備蓄し、長期のゲリラ戦に備えていた。第3軍司令官、趙建国(チャオ ジェングオ)はルー師団長の手腕に感心した。確かに彼は日本軍との正面きっての対決に敗れたが、日本軍との正規戦で勝利を期待する方がおかしいというものだ。ルー・タオランは自分の兵士の損害を最小限に抑え、そして日本軍を1日半足止めした。それで十分である。あとは日本軍の後方を脅かせば、残りの部隊が戦いやすくなる。

「第92歩兵旅団と装甲旅団の方は?」

 趙司令官の尋ねたのは韓国軍部隊を阻止すべく通化市防衛に派遣した部隊である。

「まもなく韓国軍と接触する予定です。後方襲撃も継続して行っています」

 既にゲリラ戦による後方襲撃は韓国軍に対して無視できない損害を与えていた。

「できるだけ長く阻止するのだ。それであとは君だが?」

 趙司令官は司令部内に詰めるもう1人の将官に尋ねた。

「君の師団だが、準備は出来ているね?」

 第91自動車化歩兵師団の師団長は頷いた。次の決戦が迫っていた。

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