その1 快進撃
ハマタン鎮北側の丘 第86自動車化歩兵師団司令部
ルー・タオラン師団長は地下陣地の中に造られた司令部を出て、戦場を見渡せる場所に立っていた。双眼鏡で盆地の反対側を見ると、山中でいくつもの激しい爆発が起きているのを観測できた。
「やっているようだな」
最新の報告によれば配下の部隊は日韓の部隊をうまく阻止しているようだった。だから彼は激しい爆発を満足げに眺めていた。
その時、慌てた伝令兵がルー・タオランのもとへと駆け寄ってきた。
「緊急事態です。新たな日本軍が現れました」
九連城からハマタン鎮へと向かう道
捜索第20連隊はかなりの快速で進むことができた。道路は十分に整備され、アスファルトで舗装されていた。待ち受けていた敵は少数の警戒部隊だけですぐに撃退された上に、アスファルトに覆われた場所では地雷は埋められず、地雷原は舗装が剥がされていたので分かりやすく容易に排除できたのも快進撃の要因だった。
地雷原を見つけると車列は停止する。戦車が円陣を組み、歩兵は装甲車を降りて周辺を警戒する。その間に配属された戦闘工兵部隊が前に出る。
まず五二式地雷処理車―二六式装甲兵車に地雷処理用ロケットのランチャーを搭載した車輌―がロケットを道の先に向けて発射する。ロケットは一定間隔で爆薬が括りつけられたケーブルを引きながら飛んでいき着地し、その直後に爆薬が爆発して地雷を誘爆させるのだ。
それであらかたの地雷を処理した後は、地雷処理用ローラーを装備した四四式戦車が地雷原へと進み、生き残った地雷を処理するのである。
その瞬間を狙って中国軍部隊が襲ってくることもあったが、真正面から攻めてきた韓国軍に注力していて、不意を突かれた中国軍が投入できる戦力は少なく、強力な機甲部隊を前に簡単に撃退されてしまった。
どの車輌にも赤外線熱線映像装置が装備されているし、捜索連隊の四四式戦車は初期型なのでアナログだったが、四八式重装甲車にはデジタル式の射撃管制装置を搭載していて、かなり精密な観測、照準能力を持っていた。砲兵の援護も無く突撃してくる中国歩兵はまさに射撃訓練の的に等しかった。35ミリ機関砲と120ミリ戦車砲の射撃を前に中国の攻撃は潰えた。
林の中を抜けて、盆地を南北に横切る川の前に出た。そこには挺身第1連隊の兵士が出迎えに来ていた。
ハマタン鎮 盆地の東の端
捜索第20連隊の先頭を進むのは第1装甲車中隊の樋口軍曹の四八式重装甲車だ。川を渡る橋が見えた。その向こうに挺身第1連隊が立てこもる市街地が見える。そして橋の前で手を振る友軍の将兵が居た。
樋口の装甲車が停車し、後続車もそれに続く。そして山口大尉を乗せた中隊長車がやって来て樋口車の横に並ぶ。
部下達が砲塔を四方に向けて周囲を警戒する中、山口大尉と樋口軍曹は装甲車を降りて出迎えの兵士のもとへと駆けて行った。
「捜索第20連隊の山口だ。状況は?」
出迎えの兵士は簡単に状況を説明した。南の山中へと攻撃を継続しているが、膠着状態にあるという。
「分かった。後続する機動歩兵大隊が挺身連隊の指揮下に入る。我々は進撃路を抑える。分かったな。ここを通るぞ」
山口と樋口は兵士に説明をした後、自分の装甲車に舞い戻った。それから捜索第20連隊は挺身連隊の援護に向かった機械化歩兵大隊と別れ、市街地を突っ切って、盆地の西側にある高速道路のインターチェンジへと向かった。
盆地の西側
中国軍も黙って捜索第20連隊を通すつもりは無い。最後まで残っていた122ミリ榴弾砲と重迫撃砲をつるべ撃ちして進撃を阻止しようとした。
一方、捜索連隊も黙ってやられているわけではない。自走160ミリ重迫撃砲も配備されているし、砲兵連隊本部から対迫撃砲用の電波評定機が配属されていたので精密な砲兵支援が受けられる。彼らはすぐに中国軍の砲兵部隊に対して撃ち返した。
味方の砲兵隊が対砲兵射撃を行なっている間に捜索連隊主力は一気に前進した。インターチェンジまで達すると、今度はそこから北へ、瀋陽へと通じる街道を北上して盆地の出口を目指した。
ハマタン鎮がある盆地の西北の隅、そこが盆地の出口であり、山々に挟まれた隘路を瀋陽まで通じる街道が通っている。第86自動車化歩兵師団は第863連隊の主力をここにおいて防備を固めていた。捜索連隊は戦車中隊を先頭に配して防御線の位置を探り、可能ならば突破しようと考えていた。
まず中国軍の前哨陣地とぶつかった。機関銃と対戦車火器の攻撃―幸い外れた―を受けた捜索連隊はすぐにスモークディスチャージャーを使い煙幕を張って後退した。それから十分な距離をとって120ミリ主砲と35ミリ機関砲のつるべ撃ちを浴びせた。
同時に装甲車から斥候兵や歩兵が降りて、街道を挟む両方の山へと入っていった。陣地を三方から包囲しようというのである。幸い目標は前哨陣地だったので幅は広くなく、すぐに歩兵隊は側面に回りこめた。
側面からの脅威と激しい砲撃に耐えかねて前哨陣地の中国兵は後退した。そこを突いて捜索連隊の主力は陣地を突破して、中国軍の主陣地に迫った。
盆地の南の端
一方、機械化歩兵大隊の援護を受けた挺身連隊は第861連隊及び第862連隊への攻勢を強めた。
ますます士気が上がる日本軍部隊に対し、中国軍部隊は相手が増えたのに加え、捜索連隊が第863連隊に攻撃を仕掛けて拘束してしまい増援が期待できなくなったどころか、退路が遮断される危険が生じてしまったことで次第に弱気になりつつあった。
盆地の北西 中国軍主陣地前
捜索連隊は遂に第863連隊の主陣地に達した。しかし主陣地の方はさすがに捜索連隊が単独で突破するのは難しかった。
主陣地は地雷や障害物が入念に組み合わされ、十分な兵力が配され、さらに幅も広く下手に飛び込めば十字砲火を喰らうことになる。
連隊長の椿大佐は敵の主陣地を明らかにし、火力で拘束して他方面への増援に向かうことを阻止した時点で前衛部隊としての役割は十分に果たしたと判断した。捜索連隊は距離をとって重火器で牽制しつつ、主力部隊の到着を待った。
捜索連隊に続いて第20師団の主力部隊も九連城経由で続々と前進しつつあった。
先頭を進むのは第78旅団で、2個戦車連隊と1個機械化歩兵大隊が配属されていた。この時、両戦車連隊はそれぞれ戦車中隊1個を機械化歩兵大隊へ送り込んで、交換で機械化歩兵中隊を受け取り大隊規模の戦闘群を編成していた。
捜索連隊が第863連隊に拘束のための攻撃を繰り返している間、第78旅団は陣地突破の準備を整えていた。先頭は配属された工兵中隊で、機械化歩兵大隊とともに陣地に穴を開ける。そして、その穴に2個戦車連隊が縦一列に並んで突破するという作戦である。中国軍の砲兵をあらかた始末した友軍砲兵も支援してくれる。
攻撃は砲撃から始まった。参加したのは砲兵第20連隊の三一式155ミリ自走榴弾砲72門で、ロケット砲を除いた師団砲兵の総力だった。中国軍の陣地は激しい爆煙に包まれた。
中国兵が陣地の中に隠れて動けなくなっているうちに、工兵部隊が前進してきた。先頭は五二式地雷処理車で、再び爆薬を装着したケーブルが繋がれたロケットが発射された。爆薬が爆発して、地雷原の中に一筋の道が出来る。この時、4輌の地雷処理車が出動し、4本の進撃路を切り開いた。
次に前に出たのも、やはり工兵の車輌だ。足回りは四四式戦車のそれだが、車体の上に砲塔が無くて代わりに巨大なアームが搭載されている。また車体前部には地雷除去ローラーが装備されている。これこそ帝國陸軍工兵が誇る戦闘工兵車輌である五〇式装甲作業機だ。
四四式戦車のシャーシを流用したこの装備は、普段は車体前部に排土板を装備し、車体上部のアームの先には油圧シャベルは装着されているが、状況に応じて装備を交換でき、この時は前者は地雷除去ローラーに、後者はマジックハンドが装着されていた。そしてハンドの方は小包のようなものを吊るしているワイヤーを掴んでいた。
これらの装甲作業機は砲撃が終わると同時に、地雷処理車が切り開いた進撃路を戦車や歩兵戦闘車の援護を受けながら突き進んだ。勿論、中国軍側も反撃をしてくるが、さきほどの砲撃の衝撃から反応は鈍く、さらに戦車や歩兵戦闘車が激しく砲撃を浴びせてくるので、なかなか有効な反撃はできなかった。精々、小銃や機関銃の弾丸が装甲作業機の表面で火花を散らすくらいで、戦車譲りの装甲を誇る五〇式装甲作業機の敵ではなかった。
4輌の装甲作業機は陣地に築かれた障害物の前に達すると、アームを障害物の上に伸ばした。マジックハンドが開き、小包が障害物の上に落下する。設置を終えると装甲作業機は後退して障害物と距離をとった。
「爆破!」
少し離れた工兵中隊の本部車輌―二六式装甲兵車―の中の指揮官が叫ぶと、手にしたリモコン装置のボタンを押した。同時に障害物の上に投下された小包が爆発して、障害物を吹き飛ばした。爆薬で障害物を排除し、突入のための穴を用意したのだ。
「突入!」
その穴に向けて機械化歩兵大隊が装甲車に乗ったまま突撃して行った。先頭を行くのは歩兵中隊と交換で配属された戦車中隊で、排土板を車体前部に取り付けた四四式戦車を先頭にして突入した。
戦車の排土板で障害物の残骸を押しのけ、主砲や同軸機関銃で中国兵を蹴散らしつつ陣地に突入した。歩兵戦闘車がその後に続き、障害物を突破した後に中から歩兵達を吐き出した。日本陸軍は中国軍の主陣地を占領しつつあった。