その7 上陸
巡洋艦<阿蘇>
一方、<阿蘇>は半分になった主砲を陸地に向け、対砲兵戦を続けていた。幸い稲葉・荒井組とは別の狙撃班が新たな砲台を発見し、誘導してくれたので、かなり精密な砲撃が行なえた。
「修正、左30ミル!仰角上10!」
狙撃班の観測をもとに射撃を修正し、精度を高めていく。そして、何度目かの斉射の後に、狙撃班から待ち望んだ報せが届いた。
<目標に直撃!>
その報告がスピーカーからCICに流されると、歓声が沸いた。
この砲撃は間接的に最後の1門の大砲をも潰した。自分達以外が撃破されてたのを見て、隠れたほうが良いと将兵達が考えたのである。3門目が<阿蘇>の砲撃で撃破された後、第60自動車化歩兵師団砲兵司令部は残った砲兵を温存するために十分な擬装を施した上で待機するように命じた。
かくして陸戦隊の上陸を妨げる最後の障害は取り除かれた。東の空が白みつつあった頃だった。
大連市街
日の出が近づく時間になって中国軍は最後の攻撃を仕掛けてきた。神楽小隊は弾薬の残り数のことなど忘れて、撃ちまくるしかなかった。
突撃してくる中国兵に激しい銃撃を浴びせる神楽小隊。海軍陸戦隊の夜襲により後方連絡線が断絶し、補給を受けられない中国兵は既に弾薬が尽きているようで、専ら突撃に頼り突破を図ったが、海軍陸戦隊はその度に撃退していた。だが弾薬の方は休息に消耗し、空が白み始めた頃には、どの部隊も弾薬が尽きる寸前だった。
「誰か弾をくれ!弾がなくなった!」
そう叫んでいたのは負傷して後送された小田にかわってミニミ機関銃を引き継いだ雛沢兵長だった。彼はベルト式弾倉に装填されていた弾を全て使い果たし、自分の小銃用の弾倉―四八式小銃の弾倉はミニミにも使えるようになっている―を装填して戦っていたが、それも使い果たしていた。
「ほら!最後の1つだ!」
第一分隊の副分隊長で雛沢の上官である笠松章三等兵曹が弾倉を1つ、雛沢に投げ渡した。
「ありがとうございます!」
雛沢は喜んで受け取ると、ミニミに装填した。
「畜生!こっちも弾切れだ!」
続いて悪態をついたのは第2分隊の小向一郎上等水兵だった。彼は弾を仲間に強請るかわりに手榴弾を敵に投げつけた。
「これを使え!」
神楽は手榴弾を投げて突撃してくる中国兵を吹き飛ばした小向に自分の最後の小銃用弾倉を渡した。そして自分はまたP228拳銃を構えて、発砲した。敵は拳銃でも十分な射程内に入り込んでいた。しかし拳銃の弾倉も最後の1つだけだった。
洋上 揚陸母艦<大隅>
大連市内では山の為に見えなかったが、洋上からは太陽が姿を現しつつあるのが見えた。
星ヶ浦の沖合いに姿を現した水陸両用戦部隊は、3隻の揚陸艦に第1特別陸戦隊の残る2個大隊とその他の支援部隊を載せていて、それを上陸させる準備を進めていた。
計画では1個大隊―第2大隊―が揚陸艇で強襲上陸を行い、残る第3大隊は港で随行する運送船から装備を受け取って上陸するという手はずであった。だがその計画は大きく狂っていた。
まず揚陸母艦<下北>が損傷し、後部のドックが使用不能になった。これで<下北>に乗る陸戦隊は揚陸艇には頼れなくなり、強襲上陸部隊の規模は3分の2になってしまった。
そして運送船の<紀淡>が沈んだことで物資が半分失われた。幸い戦車や大砲のような重装備は全て3隻の揚陸母艦に載せられていたし、手持ちの武器の類は将兵達が携行していたが、これからの戦いに必要な弾薬やトラックなどの車輌を失ってしまった痛手は大きかった。
それでも残る陸戦隊が上陸を果たすことは戦局に決定的な影響を与えることは間違いなかった。
ドック型揚陸艦である<大隅>型には後部甲板の下にウェルドックがあり、そこに25メートル型浮航運貨艇が2隻載せられていた。アメリカ海軍のLCAC揚陸艇をライセンス生産した25メートル型は約70tの積載能力を持つ。
<大隅>と<国東>の4隻のLCACには四四式戦車が1輌ずつ固縛されており、それが上陸の第一陣となる。そして水が抜かれていたウェルドックに海水が注入される。LCACのエンジンも起動し、スカートと呼ばれるゴム引きの船体下部に空気が送り込まれて膨らみ、船体が浮き上がった。最後に外部とウェルドックの間を遮る扉が下に倒れて開き、出撃の準備が終わった。
LCACの推進用プロペラが回り、4隻の四四式戦車を載せたLCACが勢いよく海に飛び出していく。
LCACが出て空になったウェルドックに、今度は格納庫から装甲車AAV-7が進入した。AAV-7は水陸両用の装甲兵員輸送車で、25人の陸戦隊員を乗せてそのまま海に飛び込むことができた。<大隅>と<国東>からそれぞれ第2大隊の1個中隊が5輌のAAV-7に分乗して海岸に向かった。
海岸では既に上陸した陸戦隊の兵士が待ち構えていた。司令部の警備要員たちで、主に後方支援要員を集めて編成されていた。
最初に上陸したのは4隻のLCACだった。エアクッション艇はそのまま砂浜の上に乗り上げて停止した。船首部の渡し板が下ろされ、四四式戦車が降ろされる。戦車を降ろすとLCACはすぐに海に戻り、揚陸母艦へ帰っていった。
それに続いてAAV-7が10輌、砂浜に上陸した。そのうち<大隅>から降りた1輌から上陸部隊である第1特別海軍陸戦隊司令官の有田少将が、<国東>から降りた1輌から同第2大隊の副長―大隊長は<下北>に乗っていたので艦上で足止めを喰っていた―が降り、警備兵に案内されて第1大隊の指揮官である坂田中佐が待つ大隊本部に向かった。
その間に上陸した第2大隊の2個中隊と戦車小隊は集結を完了し、あとは戦場に向かうだけになった。
坂田中佐に代わって上陸した陸戦隊の指揮権を掌握した有田少将はまず上陸した戦車を以って前線の建て直しを図った。各戦車に前線で戦う部隊への補給の弾薬を持たせた歩兵分隊を護衛につけた。護衛の歩兵達は戦車の車体にしがみついてタンク・デサントで戦場へと急行した。
大連市街
神楽小隊はなんとか中国軍の攻撃を撃退したものの、残弾数は小隊全員を合わせても300発を切っていた。神楽小隊長は小銃弾と拳銃弾の双方を撃ちつくし、四八式小銃は今や銃口に銃剣を差して、ただの槍と化していた。
「次が来たら、もう持ちこたえられんな…」
神楽の言葉によく表れているように、小隊の面々を悲壮感が覆っていた。
それを打ち破ったのは聞きなれた水冷ディーゼルエンジンの音だった。振り向くと1個分隊の歩兵を乗せた四四式戦車だった。
「援軍だ!」
小向一等水兵が戦車に向かって叫んだ。
「落ち着け!気を緩めるな!まだ戦闘中なんだ!」
援軍の登場で緩みそうになった兵士達を先任下士官である矢吹一等兵曹が怒鳴った。その間に神楽小隊長は陣地から飛び出して、向かってくる戦車へと駆け出した。
「指揮官は?」
歩兵分隊の分隊長が戦車から降りた。
「自分です。戦車を護衛して、皆さんに弾薬を届けるように言われました」
分隊長の言葉通り、戦車の砲塔の後ろには弾薬箱が積まれていた。
「ありがとう。助かるよ」
神楽は増援部隊の分隊長と握手を交わし、それから戦車によじ登って戦車長―二等兵曹だった―とも握手を交わして、配置を指示した。
弾薬を配り終わり、増援の分隊と戦車も配置についた頃に再び中国軍が突撃してきた。今度は戦車も一緒だった。おなじみの59式中戦車が1輌、中国の歩兵部隊についてきたのである。もし援軍が到着していなかったら、神楽小隊は彼らに蹴散らされていただろう。だが援軍は到着したのである。
まさか相手に戦車が居るとは思わず、堂々と神楽小隊の前に現れた59式戦車は四四式戦車に一撃で撃破されてしまった。後は一方的な蹂躙だった。
神楽小隊は浮き足立っている中国軍に向かって突撃を仕掛けた。戦車が道の中心を走り、歩兵たちは道の左右の端に分かれて、戦車を援護しながら前に進んでいく。
戦車は主砲同軸の7.7ミリ機関銃を乱射し、戦車長もハッチから上半身を出して12.7ミリ機関砲―帝國陸軍では12ミリ以上は砲である―を射撃する。中国兵は慌てて障害物に逃げ込んだ。
一部の中国兵は小銃を戦車に向け発砲し、立ち向かったが、些か無謀な試みだった。自らの主砲と同じ120ミリ戦車砲の射撃に耐える装甲を持つ四四式戦車に小銃による攻撃など無意味だった。当たった弾丸は簡単にはじき返されてしまった。
しかし完全に無意味だったということではない。小銃兵が攻撃を行なって日本兵の視線を集めている間に別の兵士が対戦車火器を準備していたからだ。使い捨ての対戦車兵器である89式対戦車ロケット弾を兵士が構え、砲口を四四式戦車へと向けた。
「RPG!射手を撃て!」
戦車の進行方向右側で歩兵隊の先頭を進んでいた第3分隊副長の曽我三曹は道の反対側の建物の影に対戦車ロケットを構えた中国兵を発見して叫んだ。自身もすぐに四八式小銃の引き金を引いた。
道の反対側からの射撃に怯んだ中国は慌てて建物の影の向こうに引っ込んだ。
「射撃を続けろ!牽制するんだ」
後ろから部隊の先頭に駆け寄ってきた第3分隊長、徳永二等兵曹が見えない敵に射撃を続けるように命じた。そうすればなかなか戦車の前に出てきてロケットを撃つことができない筈である。
一方、道の反対側でも陸戦隊の歩兵隊が前進してきた。戦車の左側を守る歩兵隊の先頭は第一分隊で、敵がその影に隠れている建物の前まで到達していた。分隊長の浦辺二等兵曹は小隊の最年少で、出撃前の空母<大鷲>甲板で小田上等水兵にからかわれていた岡野健吾二等水兵を呼び寄せた。
「これから奴らに手榴弾を投げ込む。援護してくれ」
「わかりました」
それから浦辺は道の反対側を進む第3分隊に手振り身振りで手榴弾を投げ込むことを伝えた。徳永はハンドサインで了解と返事をした。
「撃ち方止め!」
徳永が命令を発すると第3分隊はピタリと射撃を止めた。味方の弾幕が止んだのを見計らって浦辺が手榴弾を片手に突っ込んだ。その後に岡野も続く。浦辺は敵が隠れる建物と建物の間に手榴弾を投げ込み、すぐに引き下がった。すぐに建物の影で爆発が起こり、粉塵が巻き上げられた。
戦車の脅威を排除した浦辺と岡野であるが、逆に彼らが部隊から突出し、中国兵から狙われることになった。
「隊長!前方に中国兵です!」
岡野が放置車輌に銃を向けて叫んだ。その車の後ろには中国兵が陣取っていて、2人に銃口を向けていた。
「戻るぞ」
浦辺がそう叫ぶと同時に中国兵は発砲し、岡野二等水兵が倒れた。
「撃たれました!」
岡野の右足が鮮血で染まっているのを見ると、浦辺は彼の脇の下に手を入れて、引っ張って戻ろうとした。
「援護射撃!」
第一分隊の他の兵士たちが中国兵の隠れる車に銃撃を浴びせ、その間に浦辺は岡野を味方の中へと引き入れた。
その一部始終を見ていた戦車長は砲手に中国兵の隠れる放置車輌を目標に射撃するように命じた。砲手は自動装填装置を操作し、主砲に多目的対戦車榴弾を押し込んだ。それから照準を目の前の自動車に合わせて、発射ボタンを押した。
次の瞬間には自動車は背後に隠れる中国兵もろとも吹き飛んでいた。
戦車と歩兵の連係プレーで海軍陸戦隊は中国兵を蹴散らし、戦線を安定させたのだった。
第5部その7の3を追加。既存の部分と重複する内容がありますが、重複部分は後日に修正予定です。