その5 最後の障害
第3艦隊旗艦<翔雀>
揚陸母艦<下北>と海防艦<白沙>へのミサイル命中は第2艦隊の首脳陣に衝撃を与えた。
「軍艦が損害を受けただと!」
第3艦隊司令長官がディスプレイに表示されたデジタル戦況図を見ながら呻いた。勿論、彼も大国の軍隊相手に帝國海軍といえども無傷で済むなどと甘い考えをしていなかったが、これまで幾度の攻撃をほぼ無傷で潜り抜けたことで得た自信は相当大きかったようだ。
「どういう状況なんだ!」
司令長官の問いにオペレーターたちが各艦に問い合わせたが、その答えはなかなか戻ってこなかった。
<下北>と<白沙>の両方で懸命なダメージコントロール作業、消火作業が続けられた。同じく対艦ミサイルの直撃を受けた両艦だったがダメージの度合いは異なっていた。命中したミサイルの威力は同じなので、当然ながら船体の小さな海防艦である<白沙>の方がダメージが大きかった。
とは言っても<下北>の損傷が小さいのかと言われればそうではない。艦の後ろ半分に積載されていた物資や装備はほぼ使用不能になった。特に艦後部に格納されている2隻のエアクッション型揚陸艇LCACが損傷したのは痛かった。これにより<下北>は揚陸艦でありながら、一般の貨物船のように港湾設備に頼らなければ装備や部隊を下ろすことができなくなったのだ。
さらに火災は確実に広がっていた。大量に積載されていた可燃物に引火すれば致命的な結果になりかねない。乗組員たちは“乗客”である陸戦隊員たちとともに必死に消火作業を進めた。<下北>にとって幸運だったのは多くの陸戦隊員が艦内で待機したことだ。自動化が進んだ現代の海軍でもダメージコントロールはマンパワーがものをいう世界なのである。
一方、<白沙>は自動化が進んだ最新鋭艦であったことが災いした。ミサイルの直撃を受けて多くの死傷者を出したこともあり、人手不足に陥っていたのである。<白沙>の中で火災は確実に広がっていた。
艦隊主力は陸戦隊を上陸させるべく作戦を継続していた。機雷は片付けたし、ミサイル攻撃も耐えた。だが中国軍は最後の切り札を残していた。
遼東半島 中国軍陣地
第60自動車化歩兵師団砲兵連隊から1個中隊が師団から離れて、独立行動を採っていた。彼らは海岸沿いの丘の背後に陣地を設け、大連に入港する船を狙える位置に152ミリ榴弾砲4門を配置していた。彼らは丘の頂に派遣した観測員からの報告を待っていた。
すると観測班に繋がる電話が鳴った。指揮官が受話器を取ると、興奮気味の観測員が報告をしてきた。敵発見の一報である。指揮官はすぐに配下の砲隊に射撃準備を命じた。
洋上
ミサイル攻撃の難を逃れた2隻の揚陸母艦<大隅><国東>が護衛艦に囲まれて大連の港に接近しつつあった。すると突然、空中に閃光が走った。強烈な光が海上を行く艦隊を照らし出す。
「吊光弾!」
それから<大隅>のすぐ脇でいくつもの水柱が立った。
「砲撃だ!敵の砲撃だ!」
「回避行動!」
「陸地から砲撃だ!陸地から距離をとれ!」
「逆探に感なし!目視照準でやっています!」
その間にも砲撃が続く。敵は吊光弾で艦隊を照らし出し、それで目標を目視で観測して照準をしているようだ。照準は砲撃のたびに正確になり、水柱は船体に近づいていく。
そして、遂に<国東>の甲板に1発の砲弾が命中した。炸薬が爆発し、甲板に穴が開く。その被害は大きくなかったが、砲撃はさらに続いていた。
巡洋艦<阿蘇>
「対砲兵戦用意!」
艦隊の中で最大の砲戦能力を持つ2隻の巡洋艦が陸地に向けて、その15センチ砲を向けた。
「海岸に目標を確認できるか?」
「赤外線センサーで海岸を走査していますが、発見できません」
部下の報告を聞いた艦長は海図台の上に広げた遼東半島の地図を見つめた。海岸の背後に丘がある。おそらく敵の砲兵はその背後の直接確認できない影に隠れ、観測員の指示に基づいて間接射撃をやっているのだ。だとすれば、まず観測員の目を塞がなくてはならない。
「丘を狙え!白煙弾と榴弾を交互に撃って敵の観測員を制圧するんだ!」
「主砲、撃ち方はじめ!撃て!」
連装2基、計4門の155ミリ砲が順番に火を吹く。僚艦<妙高>も砲撃を開始した。海岸近くの丘の上で幾つもの爆発が生じ、そして白煙弾から吐き出された煙に包まれていく。どうやらそれで砲兵の観測に支障がでたようで、中国軍の砲撃の精度がどんどん落ちていった。
それを確認した艦長は次の行動へと移った。敵砲兵の撃破である。その為には敵の位置を探る必要がある。
「パイオニアを発進させろ」
艦の最後尾、ヘリコプターが離着艦する飛行甲板の後ろに小型のカタパルトが設置されていて、そこから小型の無人機を射出することができた。日本海軍は着弾観測用にRQ-2パイオニア無人偵察機を導入しており、<阿蘇>には2機搭載されていた。
そのうち1機がカタパルトに載せられ空中に射出された。<妙高>からも1機、同じように射出された。パイオニアは赤外線カメラを装備していて、夜間でも鮮明な映像を母艦に送ることができた。ただ、最新のテクノロジーを駆使しても十分に擬装が行なわれた大砲を見つけるのは難しいことであった。2機の無人偵察機がそれぞれ割り当てられた地域を舐めるように探し回ったが、なかなか見つけられなかった。
遼東半島
一方、中国軍の砲兵も2隻の巡洋艦を自らの最大の脅威だと見なした。消えかけている吊光弾に代わって新たな吊光弾が発射され、巡洋艦が照らし出された。観測員は巡洋艦の砲撃に妨害されながらも微かな視界の中に敵を見つけ出した。
4門の大砲が2隻の巡洋艦に対して2門ずつ向けられた。<阿蘇>と<妙高>の近くに水柱が立ち始めた。
巡洋艦<阿蘇>
砲撃は<阿蘇>にとって脅威だが、その一方で道しるべになった。砲弾を発射するときに生じる閃光が目印になるから。<阿蘇>の赤外線カメラは1門の大砲が発するその閃光を捉えた。
<阿蘇>艦長はパイオニアを大砲の上空を旋回させるように命じた。そして<阿蘇>はパイオニアの観測データを基に照準を行なった。
「撃ち方はじめ!撃て!」
4門の155ミリ砲が野砲の陣地に向けて砲撃を開始した。しかしパイオニアを介して得た目標の情報は高精度とは言い難く、初弾はかなり離れた野原に着弾した。だが、着弾点と目標とのズレを計り、修正を加えていくので砲撃は次第に正確になっていく。だが、それは中国側も同じことだ。
一方、中国側も正確になりつつある海軍の射撃を見て、観測者の存在に気づいた。
「中国軍が防空レーダーを作動させました。探知されました」
パイオニアを操縦するオペレーターが報告した。パイオニアに仕込まれた逆探知装置が中国軍の防空レーダーを探知したのだ。
「射撃をしてきました」
対空機関砲がパイオニアに向けられている。その曳光弾が引く光がパイオニアの赤外線カメラにも捉えられた。
「観測を続けるんだ」
その間にも照準が修正されて、砲撃の正確さが増していく。遂に1発の砲弾がカメラの捉えた砲兵陣地に命中した。
「やった!」
<阿蘇>のCICは歓声に包まれた。だが、次の瞬間には途絶えた。船体を激しい衝撃が襲ったからだ。
「第一砲塔に着弾!」
<阿蘇>を狙っていたもう一方の152ミリ榴弾砲が放った砲弾が<阿蘇>の砲塔に直撃した。使用した砲弾が榴弾だったこともあり砲塔を破られることは無かったが、それでも被害は甚大だった。
「被害の詳細が明らかになりました。砲塔が旋回しません。油圧機構も損傷。修理が必要です」
応急対応班長の報告に艦長は呻いた。
「第一砲塔は使用不能か!」
それにより<阿蘇>の砲撃力は半減してしまった。だが戦いを止めるわけにはいかない。
「次の目標が見つかるまで、牽制射撃を続けるんだ!」
第3艦隊旗艦<翔雀>
艦隊司令官は苛立っていた。
「なぜ制圧できないんだ!相手は数門の野砲なのだろ!」
単純な火力の比較では日本海軍側が勝っている筈だし、さらに連合艦隊では第二次大戦やその後の支那内戦において艦砲射撃で絶大な効果を挙げたという自負がそれを補強した。
司令官の怒鳴り声が指揮所内に轟く。周りの幕僚やスタッフたちは気圧されて黙り込んでしまっている。1人を除いて。
「海軍砲は直接照準射撃を前提にしていますからね。相手が間接照準射撃を行なってくる直接目視できない野砲なら手間取るのも当然でしょう」
綾野少佐だった。彼女の言うように海軍の艦砲は基本的に水平射撃を前提にシステムが構築されている。対艦戦闘にしろ対空戦闘にしろ、基本的に自艦のレーダーなりなんなりが捉えた目標を直接攻撃するもので、間に障害物がある状況で第三者の観測データに基づく間接射撃というのは考慮されない。それだけ距離の離れた敵が相手ならミサイルの領分だ。
対地射撃についても同様で、<阿蘇>の艦砲は海岸で上陸部隊を待ち受ける陣地を排除することを目的としている。
「時間をかけて確実に見つける以外に方法はないでしょうね」
だが艦隊司令官は我慢できないようだ。
「陸戦隊の砲兵隊で叩けないのか?」
司令官の問いに幕僚の1人が恐る恐る答えた。
「陸戦隊の司令部に問い合わせてみませんと」
幕僚はそう言って通信士のもとへ急いだ。綾野はその様子を黙って眺めていたが、たぶん司令官の要請に陸戦隊は応えられないだろうと思っていた。今、彼らはそれどころではない。
運営による新たな規制への対応の為に大規模修正を実施しました。詳しい内容は省きますが。
本日、遅ればせながらストライクウィッチーズ劇場版を見てきました。思いっきり“次”を意識した最後でしたね。アニメ第3期やるんですかね?
とまぁ、そんなこんな連載再開です。